『敦盛は、のことが好きなんだぜ。』
将臣から聞かされた、敦盛の想い。
死んでしまうという敦盛。
自分に、何ができるのだろう。
もしも、その『何か』のために、この世界へきたのだとしたら―――?
〔 そして約束の運命へ −第十四話− 〕
は夜の庭へ降りた。
答えを、どこかに見つけようとして。
がその音を聞き分けたのは、それをこの世界にきてから絶えず聞いていたからだったからかもしれない。
風にのってかすかに聞こえてきた、青葉の音。
とても弱々しく、普段の敦盛の腕前とは程遠い。
でもこれは、青葉の音。
敦盛の奏でる、笛の音。
は青葉に導かれるまま、歩みを進めた。
それが、運命だった。
が敦盛を見つけたとき、彼はもう笛を吹いてはいなかった。
青葉を手に持って、濡れ縁に身体を下ろして月を見あげていた。
月の光が青白く敦盛を照らしている。
その姿は、今にも消えてしまいそうに儚く見えた。
声をかけることがはばかられて、は濡れ縁の下に身を潜めていた。
同じように月を見あげると、の目にまた涙がこみあげてきた。
空だけは、自分がいた世界と何も変わらない。
月光は、こんなにも優しく二人に降り注ぐ。
「・・・・・ふ・・・・、え・・・・っ・・・・っ」
ついにの口から嗚咽が漏れた。
敦盛がその声に驚いて下を見れば、がうずくまり泣いていた。
「!どうしたのだ、こんな夜更けに。・・・まさか、経正兄上がなにか・・・?」
はうずくまったままで首を振った。
敦盛は病床の身体を動かして、の傍へやってくると手を差し伸べた。
「そのような薄着では風邪をひく。」
手を引かれるまま濡れ縁に上がると、敦盛はを布団で包んだ。
しばらくはの嗚咽だけが、静かな夜に漏れ聞こえていた。
ようやくそれが落ち着いた頃、敦盛が意を決して口を開いた。
「今日、経正兄上が私のところへ来た。大切な、話があると。」
が敦盛のほうへ顔を向けると、敦盛はぎこちなくほほ笑みを返した。
「を、私のもとへ嫁がせると言う。驚かないでくれ。私たちの世界ではこんな婚姻が普通だ。
好きでもない、顔も知らない相手に嫁ぐし、迎えるのだ。」
すでに将臣から聞いていたは、大して驚きもしなかった。
敦盛はそれを、声も出せないほど驚いているのだと思った。
「だが、はこの世界の人ではない。私は貴女にそんなことを背負わせたくはない。
兄上には私がなんとしても断るから、もしもにそんな話が聞かされても、気にしないでくれ。」
「・・・・もう、将臣から、聞いた。」
ぽつん、とこぼされた言葉に敦盛のほうが驚いた。
下を向いているからは、どんな感情も読み取ることはできない。
「そうか。・・・、大丈夫だ。貴女が変わる必要はないから。」
が顔をあげた。
雲ひとつない空の月を、ぼうっと見つめている。
美しい、と敦盛は思った。
普段はとても幼く、可愛らしく映るが、このときはとても美しいと思った。
「でも私・・・・、帰れないもの。」
『六波羅の竹取』が、月を見あげてつぶやいた。
若竹色の衣装から『かぐや姫』の連想で名づけられた通り名。
月に帰りたくなかったかぐや姫。
月のむこう、遙かなる時空のその先に想いをはせる。
に、その通り名はふさわしくなかったと敦盛は思った。
「が、元の世界に想う人があることを、私は知っている。こんな話になってしまって、すまなかった。」
敦盛の表情に闇が差した。
「私の命は永くない。近く死んでしまう私に嫁ぐことのほうが、には不幸だ。」
自分の死期を知っても、それでもなお敦盛が優先したのはの気持ちだった。
それが揺るがなかったから、敦盛は今こうして穏やかにと向き合うことができていた。
「敦盛?」
「は、そのままでいいのだ。私の命は尽きるのだから。」
敦盛が死んでしまうと聞かされたとき、はすぐに受け入れることができなかった。
それほどに予想のしていないことだった。
今だって、は本気で敦盛の死を受け入れているわけではない。
まだどこかで、それを嘘だと否定する自分がいる。
それなのに、この敦盛の様子はどうだろう。
まるでもう、自分の死は当たり前だというように受け入れ、超然としている。
にはそれが、たまらなく不愉快だった。
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