将臣の腕の中では、が泣き崩れていた。
の背を優しくさすりながら、将臣は思う。
この縁談をに薦めるのは、決して敦盛だけのためじゃないと。
将臣が守りたいもの。
唯一ひとつ残った。
を守るための縁談なのだ。
敦盛があとどれくらい生きられるのか、わからない。
けれど一度他人に嫁いだことで、敦盛死後はへの縁談は減るだろう。
敦盛が死んだからといって、を尼にする気はさらさらない。
将臣は本当に主体でしか、この縁談を考えていなかった。
敦盛には悪いとは思う。
思っても、将臣が優先するのは何よりだった。
その兄のような思惑が、敦盛の実兄経正の思いと、利害が一致しただけだ。
せめて想う人と添い遂げさせてやりたいという、経正の想いと。
〔 そして約束の運命へ −第十三話− 〕
将臣は泣き続けるの背を、いつまでも撫でていた。
そんなことで気が済むのなら、いつまででも泣けばいいと思った。
俺が、そばにいてやる。
お前を守ってやる。
「。俺は、守りたいものが四つになった。」
「うっ・・・つ!」
「譲と、望美と、と、平家だ。俺は平家一門を、この世界の家族を守るぞ。」
「・・・、まさっ・・・ぉみっ・・・!」
しゃくりあげ、の口からは満足な言葉は出てこない。
将臣はの身体を、さらに強くかき抱いた。
「俺は決めた!だからも決めてくれ。頼む・・・!」
いつまでも、いつまでもは泣き続けた。
将臣はそれを支え続けた。
おそらく本人にも、寝てしまった自覚はなかっただろう。
泣きながら、は目を閉じた。
将臣は泣き声の中に寝息を感じて、ようやくの身体を開放した。
布団の中におさまってもなお、はしゃくりあげて泣いていた。
「ごめんな。こんな方法でしか、を守れない。」
の額にかかる髪を撫であげて、将臣は独り言をつぶやいた。
「にとっちゃ、酷だよな。譲を忘れろなんてさ。」
の額に添わせていた手を、将臣はギリっと握りしめた。
***
泣きすぎて、どれだけの時間をそうしていたのかわからない。
けれど確実に辺りは暗くなっていた。
人の気配も薄れていたから、夜も更けてきたのだと感じた。
将臣の姿も部屋にはなかった。
鏡をのぞくと、赤い目をした自分がこちらを見ている。
は腫れぼったいまぶたを、冷やした布で押さえた。
「頭、いたい・・・。」
ガンガンと頭が音を立てているようだった。
人の限界を超えて泣いたの身体は、全体で悲鳴をあげていた。
将臣に告げられた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
『この世界で生きていく覚悟』
生きていくうえでの目的を忘れず、その覚悟を決めた将臣。
は将臣を、本当に強いと思った。
将臣は簡単に自分のテリトリーに他人を踏みこませない。
逆に仲間と判断すると、これ以上なく保護欲を発揮する。
将臣は昔からそういう人間だった。
家族同然に扱われているこの状況で、将臣が平家を守ろうとしないはずがない。
平家の未来を知る者として、やれるべきことは多いはず。
もしかしたら平家の滅亡を阻止するために、この世界に連れてこられたのかもしれない。
そう思えば、この世界で生きる覚悟も決まるだろう。
それでも・・・・。
この想いは、どこへやればいい・・・?
ずっと抱えてきた譲への想いは、簡単になんて消えない。
譲が望美を好きだとわかっていても、消えてくれなかったほどのこの想い。
だから、ずっとこの想いと付き合っていこうと決めていた。
それなのに。
将臣の言ったことは、薄々気づいていたことではあった。
もう帰れない。
もう逢えない。
否定的な言葉ばかりが、再び頭の中をぐるぐるめぐる。
「私だってわかってた。・・・わかってるんだよ、将臣。」
うやむやなまま、忘れてしまえればいいと思った。
覚悟を決めることと、考えることを避けていた。
学年ではひとつ違い。
年齢ではほとんど2歳違う将臣。
四人の中でも特に兄貴分の将臣だったが、それにも増して今の将臣は遙かに年上に思えた。
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