「敦盛に嫁いでくれないか?」
〔 そして約束の運命へ −第十二話− 〕
は目を見開いた。
とても信じられない言葉を告げられた。
将臣を押しのけ、将臣の顔を驚愕した顔で見た。
将臣はその表情からひとつも逃げずに、の目を見た。
「この時代、女がどういう扱いだかは知ってるだろ。貴族の女が好きな男のところへ嫁ぐことはない。」
「でも・・・、私、貴族なんかじゃ・・・。」
「『六波羅の竹取』。の通り名だ。」
「なに、それ?」
「舞姫として、お前はこの京で評判なんだ。『六波羅の竹取』はその名の通り、平家の保護を受けてる。
しかも清盛のえらいお気に入りだ。そこいらの貴族の娘より、お前はよっぽど手に入れたい存在なんだよ。」
は愕然としてその言葉を受け入れた。
興味本位だけで結婚を申し入れる男たち。
正室と、側室。
それが許されてしまう時代。
何よりも優先すべきは家と家のつながり。
現代では理不尽な、ありえない話が、ここでは当然のように存在する。
「もう何度、清盛に話を蹴ってもらったかわからねぇ。時代が変われば、を守りきれるかだってわからねぇんだ。」
清盛に何度も呼び出され、そのたびに将臣は「断ってくれ」と頭を下げた。
「我もまだまだ手放す気はない」と、清盛もはなから相手にしてはいなかったが。
時代が動けば、それすらわからない。
「せめて俺は、を想ってくれてるヤツと一緒になってもらいたいんだ・・・!」
かすれた声で、いつしか将臣のほうが涙混じりの声になっていた。
「あの世界にいた頃、俺には守りたいものが三つあった。」
「みっつ・・?」
「譲と、望美と、お前だよ。。」
「私、たち・・・。」
「俺の何を犠牲にしても、俺が守ってやるつもりだった。けど今、俺だけじゃは守れない。・・・情けねぇな。」
はそんな将臣の言葉には、ただ首を振った。
将臣がいてくれることで、とても心強いのだ。
将臣がいてくれなければ、こんなにも暖かい日々はなかったはずだ。
「でも・・・私、将臣はいてくれないと・・・いやだよ?」
の言葉に、ようやく将臣の目がふっと笑った。
「そっか。・・・ごめんな?」
「どうしてごめんなのかわかんないよ。それに・・そんなの敦盛だって嫌だと思う。」
「言っちまいたくはなかったんだけどな。敦盛は、が好きなんだぜ。」
はそのあとの言葉を、驚きで続けることができなかった。
けれど将臣の中には、あの日の記憶があった。
***
奉納樹を探して行方不明になったを保護した敦盛が、比叡の寺で将臣に聞いたこと。
「『ゆずる』とは、の大切な人なのだろうか。」
「譲は、俺の弟だ。なんで知ってんだ?」
「山の中、意識が朦朧としていたが、私を見てそう言った。『譲がきてくれた。あいたかった。』と。」
「そ・・か。」
将臣は思い出さないようにしていた弟と、同級生の幼馴染を思って少し寂しそうに笑った。
「助けたのが譲ではないと知って、泣いていた。」
「しょーがねぇなぁ。・・・悪かったな、敦盛。嫌な思いさせて。」
「いや。私は気にしていない。それよりも、がかわいそうだ。想う人に逢えないことは、つらいだろう。」
まるで自分の悲しみのように告げる敦盛。
目を伏せ、自身を抱きしめる姿に、将臣は慈愛の笑みを浮かべた。
「お前、本当にが好きなんだな。」
自然と口にしてしまった言葉は、敦盛を慌てさせた。
「ワリ。どうもこういうことは察しが良くてな。」
冷やかす様でもなく将臣が謝ると、さすがに赤い顔ではあったが敦盛はふぅ、と息をついた。
「に想い人がいることはわかっていた。私は、この想いをうちあける気はない。」
「この時代は恋愛感が特殊なんだと思ってたが、敦盛見てたら安心したぜ。人を好きだって想うのは同じなんだな。」
カラカラと将臣は笑った。
茶化すでもなく真面目に聞いてくれている将臣に、敦盛は警戒心を解いた。
敦盛のいつもの表情に多少柔らかさが加わって、「いい男だよな」と将臣は思う。
おそらく、あの時だ。
本気で将臣がの相手に敦盛、と思ったのは。
だから、これはもう同情なんかじゃない。
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