女房たちに止められても、は敦盛の看病を続けた。
敦盛がときおり目を開けたとき、を見ると安心したように笑うからだ。
少しでも気分が変わればと、汗をかいた身体を拭いてあげもした。
服を脱がせようとすると、抵抗する敦盛の姿はほほ笑ましくさえあった。
がいるだけで敦盛の気が和らぐのが、女房たちにもみてとれた。
古くから敦盛につく女房たちの気持ちは、経正と同じだった。
『せめて、敦盛さまの想いを受けてはもらえないだろうか』
と。
〔 そして約束の運命へ −第十一話− 〕
夜が訪れ、その日も敦盛が寝たことを確認してから、は部屋に戻った。
「クマ、おいで。」
敦盛の部屋からの部屋に引越しをしてきたクマが、ちりんと鈴の音をたてた。
紐に、小さな鈴を通しただけの首輪。
がクマにつけてあげた物だった。
「きっと元気になるからね。そしたらまた、敦盛の部屋に帰ろうね。」
「にゃぁお」
自分を落ち着かせるために、クマを抱きあげて声をかける。
大丈夫。
一の谷にさえ行かなければ、敦盛は死なない。
こんなところで、病死はしない。
「・・・ふぅ」
いつものように言い聞かせ、息をつく。
「、いいか?」
将臣が部屋に来たのは、そのときだった。
「将臣。どうしたの?」
「あぁ。・・・うん、いや。に、大事な話があるんだ。」
将臣が自分の髪をがしがしとかく。
言いにくいことなのだと、その癖からは思った。
の前に座る将臣。
は自然と正座をして、将臣の言葉を待った。
「。お前、まだ元の世界に帰れると思ってるか?」
「・・・・。」
「この世界にきてからもう半年以上だ。ここにきた理由も、帰る手段も、なんにもわかんねぇ。」
「うん・・・。」
聞きたくない、話したくない。といつも避けてきた話題だった。
将臣とで、それについて話したことは一度もなかった。
それはただ、帰れない事実を確認するだけの話になると、わかっていたから。
「はっきり言う。俺は、帰れることはもうないと思ってる。」
びくっとが怯えた。
今までクマをあやしながら、将臣の顔を見ずに誤魔化していた。
その手を止めて将臣を見れば、とても真剣な顔でを見ていた。
「まさ・・・。」
「俺は、この世界で生きていくしかねぇんだって思ってる。」
帰りたくて戻りたくて、泣いていた日々があった。
いつしか時間を重ねて、少しずつでもそれは薄れていって・・・。
剣の稽古や舞の稽古。
覚えることの多さに、それは救われていた。
それが住む場所を与えてくれた平家一門のお陰であることは、もよくわかっていた。
一門の輪の中に受け入れてくれたことは、感謝のし様がないほどだ。
「敦盛は死ぬ。」
「なっ・・・?!」
突拍子もなく言われた言葉に、思わずは大声をあげた。
先ほどまでとは変わって、しっかり将臣を見据える。
「そんなはずないよ!だって敦盛は一の谷で・・・ッ」
「平敦盛が一の谷で討たれて死ぬのは、俺たちの世界の歴史だ。」
「そうだよ、だから!」
「だから違うんだよ。俺たちの知ってる歴史と、ここは。」
ムキになるに、冷静に言葉を返す将臣。
その姿はとても対照的だった。
「そ・・んな・・・。敦盛・・・!」
「それでもここは、俺たちの知る歴史と似すぎてる。源平の争乱は間違いなく起こるだろ。」
呆然とするに、将臣はたたみかけるように話を止めなかった。
「俺は、平家滅亡をなんとしても止める。それが俺にできる恩返しだと思ってる。」
「・・・・将臣・・・・。」
「ここで生きる決意を、俺はした。にも決めてもらいたいことがある。」
の両腕を将臣の大きなてのひらがつかむ。
は将臣と目を合わせられなかった。
敦盛が、史実と違い病で死ぬという。
将臣は、帰れないことを認めてしまった。
この世界で生きること。
元の世界に帰れないこと。
望美に、家族に、もう会えないということ。
そして。
「・・・譲に、もう会えないこと、・・・認めなきゃ、いけないの?」
ずっとずっと好きだった幼馴染。
たとえ譲の想い人が望美でも、諦めきれなかった想い。
こんな形で気持ちを終わらせなければいけないと、どうして考えられただろう。
「が譲を好きなこと、俺は知っていた。今だってそう思ってることくらいわかっている。」
突然将臣のてのひらに力が入り、そのまま顔が見えないようにを抱きしめた。
「でも、言わせてくれ・・・!」
将臣の鼓動が聞こえる。
ものすごく、速い。
呆然とするに、非常ともいえる言葉が告げられた。
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