滞りなく、儀式は執り行なわれた。
平家一門の繁栄を龍神に祈願し、が奉納する舞を舞うと、空気が重みを増した。
踊り終えたは、いつもより身体に負担を感じた。
五行の気を放出するのにも、いつも以上に気が必要だったように思う。
それがどうしてなのかを知るのは、まだ先のこと。
なぜならこの儀式は、平家一門の栄華のため、龍神に呪詛をかけるものだったのだから。
〔 そして約束の運命へ −第十話− 〕
早生まれのをのこして、敦盛が16を迎えた頃、ついにほころびが始まった。
それは、予想もしていなかった史実とは異なる運命だった。
いつものようにの部屋で笛を吹いていた敦盛が、胸をつかんで苦しみ、倒れたのだ。
「敦盛?!敦盛っ!」
「だい・・・っ」
声は言葉にならず、うめき声がただ、漏れた。
クマが不安そうに敦盛の周りをぐるぐる回っては、鳴き声をあげている。
が敦盛の腕に触れると、敦盛はすがりつくようにの手を握った。
予想以上の強い力に、も痛みを感じた。
敦盛は冷や汗を浮かべて、必死に痛みに耐えている。
は声の限りに叫んだ。
「お医者さん!早くっ!!」
***
診療が終わり、発作の治まった敦盛は、ぐったりとして布団に横たわっていた。
激痛に耐えた疲れからか、敦盛は眠っていた。
敦盛が倒れてから、は片時もそばを離れなかった。
「敦盛・・・・。」
は敦盛の手を握り、涙をこぼした。
がこの世界にきてから、一番親しく付き合ってきたのが、敦盛だった。
同じ年。
錫杖を借りたこと。
舞の稽古の笛。
クマの世話。
何かにつけて二人は一緒にいた。
そうして敦盛が、いつでもそばに当たり前にいてくれたのだと思い知る。
こうして涙をこぼして、傍にいることしかできないことが、にはもどかしかった。
***
無常にも、敦盛とのいないところで敦盛の病状が伝えられた。
その病状にめまいを覚え、気の優しい惟盛は倒れた。
「冗談じゃねぇ。なんだよ、そりゃ!」
惟盛を支えながら、将臣が怒鳴り声をあげた。
「・・・・儚い、な。」
知盛が鼻で笑う。
それは敦盛に対してではなく、運命に対して。
「一門の旗頭の一角となる敦盛が・・・。我の少ない命を、わけることもできぬか?」
珍しく気弱に清盛が言うも、診察した薬師は首を振った。
「胸の病では末期の症状です。・・・若い方は特に進行も早い。」
言いにくそうに付け加えると、頭を下げた。
「残念ながら、手の施しようがありません。」
敦盛の父経盛が、無言で部屋を後にする。
残りの者は、それを見ていることしかできなかった。
子に先立たれるとわかった者に、かける言葉は見つからない。
「重盛と同じと言うか・・・?なんとしたことだ。」
「なぜです?なぜです?!あんなに優しい子が・・・なぜです?」
惟盛が誰の目もはばからず涙を流して泣き崩れた。
経正は呆然と座り込んだまま、立ち上がれない。
将臣は眉間にしわを寄せ、苦渋の表情で目を閉じていた。
「しばし伏せる。誰も起こしてくれるな。」
あの清盛でさえそう言い残すと、部屋を立ち去った。
自身が子を失った経験があるゆえに、耐えられることでなかった。
知盛は何も言わずに退出していった。
羽織を脱ぎ捨てていったところを見ると、剣でも振るう気なのだろう。
3人だけとなった部屋は、ただ惟盛のすすり泣く声だけが聞こえていた。
誰もが敦盛を救う方法を探し、絶望していた。
やがて経正が、何かを決意して口を開いた。
「将臣殿。お願いしたいことが、ございます。」
「・・・あぁ。」
「さんを、・・・・敦盛に嫁がせてはいただけませんか?」
将臣は経正の顔をまじまじと見た。
経正が真剣な顔で将臣を見返している。
将臣は大きくため息をついた。
そうして、自分の髪をくしゃっと掴んだ。
「・・・言うと思ったぜ。」
将臣にもすでに、決意していたことがあったのだ。
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