雨音の中に人の声を感じとった敦盛は、不思議な光景を見た。
柊の木の根元に、五行の気の光。
かすかに煙のような姿を見せるものは、龍。
「龍神・・・?」
具現化した龍神などが見えるはずもないのに、見えた気がした。
五行の光に胸騒ぎを覚えて、近づけばやはりそこにがいた。
雨に濡れ、力なく横たわるが。
〔 そして約束の運命へ −第九話− 〕
「!」
駆けより抱き寄せると、の身体がぐったりと敦盛にもたれかかった。
「、しっかり!」
敦盛が自分が着ていた羽織でを包むと、は弱々しく目を開けた。
「ゆずる?」
焦点の定まらないの目が、敦盛を見てそう言った。
敦盛の心臓が、何かに握りつぶされているかのように悲鳴をあげた。
敦盛は何も答えずに、を抱きとめる掌に力をこめた。
「ゆずる・・、きて、くれた?・・あいたかった・・・」
が無邪気にほほ笑んだ。
敦盛はそんなの顔を見ることもできずに、無言でを抱きあげた。
比叡の寺に宿を借りていたため、の身体をすぐに暖めることができた。
寺の者にも診てもらったが、肺炎などはおこしていないということで安心をした。
六波羅の邸にも使いをやり、の無事を知らせた。
すぐに将臣もくるだろう。
ひととおり落ち着いてから、敦盛はの元を訪れた。
きちんと仕切られた部屋の戸を、音を立てないように開く。
静かに入室すると、ついていた女房と目が合った。
「は?」
「まだお気づきになりません。けれど呼吸は落ち着いてきたようでございます。」
「そうか。」
「・・・・・?」
小声での会話だったが、やはり人の気配を感じたのかが目を覚ました。
「。すまない、起こしたか。」
は敦盛の顔をじーっと見た。
「あつ・・も・・?」
まだたどたどしい言葉で、敦盛の名を呼ぶ。
それでも意識が戻ったことに敦盛は安堵し、うなずいた。
が、は敦盛から目をそらし天井を見上げた。
「ゆ、め・・・?」
一言小さくつぶやくと、の目から涙がつ、と伝った。
女房は何かを察したように、無言で頭を下げ退出した。
は流れた涙を隠すように、敦盛から顔をそらした。
「〜〜・・ぅ〜・・っ」
隠そうとしても堪えきれずに、嗚咽が漏れる。
「・・・。」
の身体に手を伸ばしかけ、敦盛はすんでのところで思い留まる。
「私は隣の部屋に控えているから、何かあったら呼んでくれ。」
そう言って立ち上がろうとした敦盛に、が顔を向けた。
やはりその顔には、幾筋もの涙が伝っていた。
見て欲しくはないだろうと、敦盛はの顔を見ないようにした。
「所用で遅れたが、将臣殿もまもなくこちらへ来るとのことだ。」
「・・・私をここに連れてきてくれたの、敦盛?」
涙混じりの声でが尋ねる。
「・・・・あぁ。」
「そ、か。」
それだけ言うとはまた天井を向いてしまった。
敦盛はいよいよ退出しようと腰をあげた。
身体を起き上がらせるため床に付いた敦盛の手に、の手がそっと触れた。
「ここに、いて?」
触れた手との言葉。
そのどちらにもに驚いて、敦盛はの顔を見た。
「独りは、いや!」
「。」
心配そうに声をかけても、はいやだいやだと首を振るだけで。
握った敦盛の手を離そうとはしなかった。
「お願い・・・!敦盛・・・。」
新しい涙を流されて訴えられてしまえば、敦盛はそれ以上断ることなどできない。
「・・・わかった、。ここにいる。だからもう泣かないでくれ。」
敦盛の返事を聞いて、ようやくは「よかった」と力なく笑った。
そして一度照れたように笑うと、敦盛にお礼を言った。
「あのね、敦盛。お願いついでにもういっこ、いい?」
「あぁ。」
「手、このまま握ってていい?」
「あ・・・あ?!」
肯定しかけて敦盛は問い直した。
照れたように、それでも笑みを浮かべながらが言った。
「だって、敦盛の手、あったかい。」
敦盛の沈黙を了解と受けとったは、にっこりと笑った。
の表情とは逆に、敦盛はぎゅ、と唇を噛み締めて感情を押し殺した。
別の名を呼ばれたあの時と同じ、心が苦しかった。
はきっと、敦盛のぬくもりに別の誰か、そう『譲』を重ねている。
わかってはいたが、それでも敦盛には「だめだ」と言うことができなかった。
あきらめられない想いを抱えたのは、このとき、敦盛も同じだったから。
数時間後、ようやく比叡に到着した将臣が目にしたもの。
それは、手をつないだまま眠ると敦盛の姿だった。
二人の無防備な姿を見て、将臣はため息と苦笑いをこぼした。
「ったく。オニーチャンとしては、多少複雑だぜ?。」
察しのいい将臣は、とっくに気づいていた。
の譲への想い。
敦盛のへの想いにも。
それでも二人が無事だったことに、笑いがこみあげてくる。
将臣は二人の近くに座り、両手でそれぞれの頭を撫でた。
「よく無事だったな、お前たち。」
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