「一門の繁栄を、龍神に祈願する。」
清盛が一門を集めて告げたのは、まだ春を迎えきらない肌寒い季節だった。

それは一種のお祭りごとのように、盛大に準備がされた。
一門が総出で祈願するという儀式には、も将臣も出席を許可された。
清盛から当然のように奉納の舞手を任されたは、連日稽古に明け暮れた。










〔 そして約束の運命へ  −第八話− 〕










「客人というよりは、すっかり平家一門ですね。」
の舞を確認しながら、惟盛が言った。
。もう少し五行の気を放出できますか?無理はしなくていいですが。」

初めてこの世界で舞ったときのように、は舞の中に気の力をとり入れていた。
気の力を放出させながら、その気を舞でも表現する。
五行すべての気を出せるだからこその舞。
その稀有なる能力が、の舞に神々しさを加えている。

だが、単に気を放出するといっても、体力は実際に消耗する。
五行の気の光を演出の一部とするの舞は、それだけでかなり体力を必要とした。

「惟盛さま、これくらいでどうでしょうか?」
剣の稽古の賜物か、はさきの舞以上の気を楽々放出した。
「すばらしい。、わたくしに教えられることはもうなさそうです。」
惟盛は両手でに拍手を送り、にっこりと告げた。
その動きひとつが、優雅。
自分がその域に達するとは、まだまだ思えないだった。




***




!どこにいる!返事をっ!」
雨の中、敦盛は懸命にの名を呼んだ。
の行方がわからなくなってから、もう数時間は経っている。
つまりはもう何時間も、山の中で雨にさらされていることになる。
いくら体力のあるでも、この環境では厳しいだろう。

!どうか私に声をっ!」
自身も雨に打たれながら、敦盛は必死に声を張りあげた。



刻は半日前にさかのぼる。
舞の後に奉納する樹を探して、は自ら山を訪れた。
昔は舞手自身が奉納されたというから驚きだ。
今は舞手の祈りを樹にこめて、それを奉納することが慣わしとなっていた。

樹は舞手が好きに選んでよいと知ったは、早速行動した。
大切な儀式で、自分を舞手に選んでくれたこと。
日頃甘えっぱなしで、お世話になっていること。
それらに対するお礼を、自分なりにしたいという気持ちからだった。

惟盛は「舞は心で伝えるものです」と言った。
の心で舞うのなら、その舞に見合う樹を選べるのはやはり、自分しかいないと思った。
そうしては比叡のそばの山まで、一人でやってきたのだった。


山中を歩き回るうち、は柊の樹を見つけた。
「こうなる前まで、クリスマスの話をしてたんだっけな。」
硬い柊の葉を手で撫でながら、は懐かしさに目を細めた。

去年のクリスマス。
柊にリボンを結び、譲の頭に飾って笑った。
望美に「譲ちゃん、かわいい!」なんて昔の呼び名で呼ばれて、恥ずかしさに頬を染めた譲。
面白がってその日は結局ずっと「譲ちゃん」と呼んでいた望美。

けれどには、どうしてもそう呼ぶことができなかった。
「譲ちゃん」と呼んでいた、恋を知らないあの頃に、戻れないことを知っていたから。
がそう呼んだところで、譲が望美のときほどの反応を見せてくれるとも思えなかった。
そのことが哀しいから。

あきらめることができるのなら、とっくにそうしていた。
あきらめることなんてできないから、はこの気持ちにどこまでも付き合うと決めていた。
それなのに・・・・。


「望美。・・・譲。私はここにいるよ。」
は柊の枝をひとつ、手折った。
柊を見つけたときに、奉納樹はこれにしようと決めた。

枝を数本束にして、紐でくくる。
「よーし、完成。」
勢いよく立ち上がったとき、足が落ち葉にとられた。
湿った落ち葉に足を滑らせ、身体が傾く。

は運悪く地面のくぼみに落ちた。
身体を激しく打ちつけたは、そのまま意識を失った。



***



冷たさに身体を震わせて意識を取り戻したとき、あたりはすっかり闇に覆われていた。
寒さに神経が麻痺しているのか、起き上がることもできない。

「さむ・・・い。」
は両手で自分を抱きしめた。
ガチガチと震えが止まらない。

柊の葉が頬にあたり、かろうじて痛みをに与えた。
ぼやける視界が手に持った柊を、あの日譲の頭に飾ったものにダブらせる。

「ゆずる・・・・。ゆずる。」
朦朧とした意識で、は譲の名を呼んだ。

『まったく。しかたないな、は。』

こういうとき、譲はいつもそう言って手を貸してくれたから。
こういうときは必ず、将臣や譲や望美が助けてくれたから。
だからきっと、今も・・・・・。

「たすけて・・・っ!・・・ゆずる・・・」
今の自分に出せる一番大きな声で、は言葉を発した。




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