こうして過ぎていく日常。
がこの世界にきてからしばらくは平穏が続いた。
その間には、剣の腕も舞の腕もあがった。

の舞は扇を使わず錫杖を使う。
その一風変わったの舞は、京でも評判となっていたほどだった。










〔 そして約束の運命へ  −第七話− 〕










。この薄絹は・・・?」
敦盛はの部屋に広がる風景に、それだけ言うと言葉を失った。
先に来ていた将臣は強引に敦盛を引き入れると、広がる薄絹を指差した。
「敦盛、どれがいい?」

それだけでは到底理解できない敦盛は、将臣の顔を見返した。
将臣はニヤリと笑う。

に着せて脱がすんなら、どれがいい?」
「まっ・・・!将臣殿っ?!」
とたんに真っ赤に反応した敦盛を見て、将臣はしてやったりと笑った。

「ばっかおみーっ!!」
の強烈な張り手が将臣の背中に飛んだのは、そのすぐ後だった。



***



「イメージはね、アラブの踊り子。」
気を取り直したが言うも、すぐに将臣が元に戻す。
「そりゃいいや。露出が高くてエロじじいが喜ぶ。」

そう言った将臣の頭を、今度はグーでごーんと叩くと、は冷たい目を向けた。
「最近欲求不満気味?セクハラ発言ばっか。」
部屋の隅でいじけだした将臣をよそに、は敦盛に笑顔を向けた。

「あのね。せっかくだから、舞のときの衣装を作ろうと思ったの。」
は自分が書いたデッサンを敦盛に見せた。
「この時代だから生地なんて手に入らないと思ったのに、さすが平家だね。」

敦盛はから渡された絵に、ますます絶句した。
女性にあるまじき、肌が露出している。
腹周りに生地はなく、胸周りにも一枚布が巻かれているだけに見える。
敦盛には、したり顔でこれだけの絹をに渡した清盛の顔が目に浮かんだ。

「・・・・・おじ上。」
うなだれる敦盛の前で、は女房たちと楽しげに生地を手に取っている。
それをほほ笑ましく思い、笑みが漏れたとき、敦盛の胸に痛みが走った。

うずくまるほどの強い痛みではない。
一瞬感じた違和感の後、その痛みはすぐに消えていった。
何事かと思う間もなく、に話しかけられているうちに、そんなことは忘れてしまった。



。こちらの若竹色などは?」
「あ、敦盛もそう思う?私もそれが一番いいかなぁって、思ってたんだ。」
言葉とはうらはらに、は少し悲しげだった。
それを察知した敦盛は、が無理に自分の意思に合わせているのだと思った。

。私の意見など、気にしてくれなくて良いのだが。」
生地を敦盛から受け取ったは、悲しそうな顔のままでそれを否定した。

「違うの。本当は女の子って、ピンクとか好きだから。」
「『ぴんく』・・?」
「薄桃色って、言うのかな。これ。」
そう言ってが指差したのは、暖色系の色。
確かに、女性が好んで着物に選ぶ色だった。

「昔から、こっちの色は望美の色だった。」
の、姉上の?」
「そういや、そうだったな。」

将臣がピンクの生地を手に取る。
望美の笑顔がすぐにでも浮かんでくる、その色。
子供の頃から決まっていた。
望美はピンク、と。

『どっちがいい?』と聞かれれば、望美は絶対『ピンク』と答えていたし、もそれでいいと思っていた。
それが望美のいない今の世界でも、身体に染みついている。
「離れてるのに、『ピンクは望美』って思ってる自分が、なんかおかしくて・・・。」

いないことが当然の、今。
いることがあたり前だった、昔。
そんな狭間に立たされたとき、に淋しさが押し寄せる。
敦盛はなんと言葉をかけたらいいのかわからずに、ただの横顔を見つめていた。

が抱きしめる、若竹色の絹。
その色に、が何を思い出しているのか、知っているのは将臣だけ。
その色は、自分の弟の特徴的な髪の色。




***




裁縫担当の女房がの衣装を仕上げたのは、実に翌日のことだった。
ものめずらしい服に、創作意欲が掻きたてられたのだそうだ。

試着したに、将臣は「似合う似合う」と声をあげた。
が、敦盛などは直視できずにいた。
「敦盛、錫杖貸して。」
にせがまれても、まったく真逆の方向を見ている有様だった。

初めて舞ったときから、は必ず敦盛の錫杖を使った。
別のものでも試したらしいが、一番これがいいとが言ったからだ。

見たことのない舞衣装に身を包み、舞うの姿は堂々としていた。
稽古を続けたことへの、自信の表れだろう。

その衣装からの姿を見ることができずにいた敦盛も、次第にの舞に魅せられていった。
まるで、異世界の神の光臨の舞のようだった。
の舞は、今まで以上に人の心を惹きつけた。


美しい。
敦盛は純粋にの舞を見ている。
その舞も、姿も、どれもが敦盛の心をとらえて離さない。


   私は、こんなにもに惹かれている。
   私は、のことが、こんなにも。
   好き、なのだ。





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【あとがき】
 あっつん、自覚した模様。
 原作でも自覚するのは早かったと思うのです。
 それを言葉に出来ないだけで。
 だからじれったい(笑)