「私、いきます!」
が剣を持って目の前に立つのを、家来人は唖然として見ていた。
経正は「おやおや」と、不謹慎にも少し楽しそうにそれを見ていた。
慌てて止めようとしているのは、敦盛。
「いけない、。あなたは女性なのだから。」
けれどもは敦盛に対して、にっこりとした笑顔をむけた。
「敦盛、それって男女差別。」
この時代では当然なのだと、誰がに教えられるのだろうか。
〔 そして約束の運命へ −第五話− 〕
事は守衛に任せてもいいのだが、それをまとめる知盛が今日は留守にしていることを、は知っていた。
世話になっている自分にできることがあるのなら、それをしたい。
はそう考えたのだ。
当然困惑した家来人だったが、それよりも早く現場に行かねばという気持ちが勝ったらしい。
案内するようにを誘導した。
の後ろには、敦盛も錫杖を持ってついてきた。
***
「放せって!俺は別になんにもしてねぇよ!」
両脇を固められて、不審者が叫んでいる。
は人垣をすり抜けて前に出た。
「放せよ!」
その声に、は言葉を失った。
その姿に、は目を疑った。
とらえられていた者は、がよく知る紺色の髪をしていた。
「まさ・・・ぉみ?」
ようやくしぼり出せたのは、彼の名。
遠く遠く離れてしまった、幼馴染の有川将臣。
もう会えないかもしれないと思いはじめていた、『元の世界』の。
「将臣!将臣!」
「・・・ウソだろ・・?・・か?!」
を見つけた将臣の顔は、幾分かやつれていた。
それでもその中に安心した表情が生まれていく。
「将臣!」
他に言いたいことはたくさんあるのに、名前しか出てこない。
は縁台から庭に飛び降りて、将臣にしがみついた。
「・・・!お・・まえ、よく・・・!」
それだけを言うと、いつの間にか両腕を開放された将臣が、グッとの頭を抱き寄せた。
も将臣の背に手を回し、すがりつくように泣いた。
離してしまえばまた、どちらかが消えてしまうのではないかと、不安だった。
***
「将臣は、私のいた世界の幼なじみです。」
騒動が一段落して、と将臣は清盛の前にいた。
聞けば将臣は、こちらの世界にきてから三日と経っていないらしい。
服装も刀も、気がついたときには自分にあったと言った。
なにもかも現代と変わらない姿でがここにきたこととは対照的だった。
「将臣、か。・・・名は平、ではないのか?」
「俺は有川将臣。親戚にだって平姓はいないぜ。」
いつもと変わらぬ口調で将臣が言うと、控えていた御家人から非難の声が上がる。
清盛に対して敬語も何もなく話したことが原因だ。
ところが清盛は、満足そうに大きく笑った。
「我に対するその物言い。まったくそっくりだの。」
清盛の言葉に古株の御家人たちがうなずく。
「といい将臣といい、我の老後を楽しませてくれる。行き場がないならここに落ち着け。」
あっさりと出た滞在許可に、ぽかんとするのは将臣だけでない。
と将臣は清盛が浮かべた笑顔の訳がわからず、顔を見合わせた。
***
「似ておられるそうだ。」
「誰に?」
とりあえずの部屋に敦盛を引っぱり込み、三人は話をしていた。
「清盛殿の亡くなられたご嫡男、重盛殿に。」
「知ってる!病気で亡くなられたんだよね。」
が歴史の授業を思い出しながら答えた。
「あぁ。兄上が言っておられた。若い頃の重盛殿に、表情まで似ておられると。」
「へーぇ。それで清盛はあんなこと聞いてきたのか。」
は将臣の顔を見た。
重盛の顔なんて知らないから、やっぱり将臣にしか見えない。
がこの世界に、もう三ヶ月もいることを知って、将臣は驚いていた。
最初から無事に平家の邸で保護されていたことを話すと、安心したようだった。
「ま、早い話がタイムスリップってやつか。けど、俺らの知ってる過去じゃない。と。」
確認してくる将臣に、はただうなずいて返した。
「タイムスリップのうえパラレルワールドかよ。これ以上ねぇな。」
腕を組んで笑いながら、将臣が言った。
この状況を、まるで楽しんでいるかのような言い方だ。
「適応早すぎ。ホント単純なんだから。」
があきれたように言った。
には、知る由もなかった。
この将臣の余裕は、がいたからだということを。
の存在が、ひとりさまよっていた将臣を、真に救ったのだということを。
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