「それで、熊野のクマ?」
なんともひねりがなくて率直。
敦盛らしいといえば、それまでだけれど。

「その幼馴染は『熊野の名を刻んだ、良い名だね』と言ってくれたのだが。」
「よっぽどの熊野スキーだね、それは。」










〔 そして約束の運命へ  −第四話− 〕










くすくすとが笑って言うと、敦盛がぽかんとした様子で聞いた。
。熊野『すきぃ』とは、どういう意味なのだ?」

は敦盛の言葉に苦笑いした。
こんな言葉はこの世界にはなかったか、と。

「熊野が大好きだってことだよ。」
そう言えば言葉を理解した敦盛は「あぁ」と笑う。
「そうだな。彼の心はいつも、熊野と共にある。」

郷土を愛する敦盛の幼馴染。
その話で元の世界を思い出してしまったの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。


!私は、あなたを泣かせるつもりでは・・・。」
心配する敦盛に、ぶんぶんと手を振って否定する
は嗚咽をこらえるように、口元に手を当てた。

「ちがうの!敦盛のせいじゃない。ちょっと前から元の世界を思い出してたから・・・。」
の言葉に、敦盛の顔が曇る。


ここではない、遠い場所。
がそんな場所からきたのだとわかってはいたが、敦盛にはピンとこない。
せめてわかるのは、が故郷に帰れないということ。

敦盛の心が、キリキリと音を立てていた。
いつもとはまるで違う表情で、敦盛の知らぬ名を恋しげに呼んだ
あの時もこうして胸が締めつけられたのは、の悲しみに共感したからだろうか。
それとも・・・・。

沈黙を破って、クマが「にゃあ」と柔らかく鳴いた。
間の抜けたその声に、がふっと笑った。
「クマにまで、なぐさめられちゃった。」

はまたクマを撫でた。
「敦盛、またクマと会わせてね。」
「あぁ。よろこんで。」

はそのまま目を伏せて、背中越しで敦盛に「おやすみ」と告げた。
「おやすみ。。」
敦盛も背を向けて自室へ戻ろうと動いたが、すぐに足を止めての部屋をかえりみる。


『逢いたいよ。・・・・譲。』

最初に聞いたの言葉が、敦盛によみがえる。
憂いを含んだ瞳が、切なげに揺れていた。
そのときのは、これまで敦盛が見たこともない表情をしていた。

「ゆずる、・・・とは、誰なのだろう・・・?」
の代わりにクマが、「にゃあ」と鳴いた。





***





あの日の夜から、敦盛がの部屋を頻繁に訪れるようになった。
クマを連れ、笛を持って。

ひとしきり会話をした後は、敦盛の笛に合わせてが舞を練習した。
この世界に学校などはなかったから、自分で何かをやろうとしなければ何もない。
知盛との剣術の稽古と、惟盛との舞の稽古。敦盛との舞の練習。
それがの日常になっていた。





***





「おや、こちらでは宴の最中ですね。」
「兄上。」
「経正さま。」

いつものようにの部屋で舞の練習をしていると、敦盛の兄の経正がやってきた。
「熱心ですね、さん。」
「いえ、これくらいしかできることがないので。」
経正に優しくほほ笑まれて、は照れながら答えた。

「次に舞うときには、恥ずかしくないようにしたいだけです。ああ見えて惟盛さまはスパルタだし。」
「『すぱるた』?」
またもや聞きなれない言葉がから出てきて、兄弟はそろって首をかしげた。
「教え方が厳しい、ってことです。」
が補足すると、二人は「ああ」とほほ笑んだ。

「惟盛殿は、完全な形をお求めになるお方だから。」
「それだけさんに才能があるのでしょう。」
いつものように経正の褒め殺しが炸裂したとき、にわかに人のざわめく声が聞こえてきた。

「何事ですか?」
廊下をバタバタと走ってきた家来人をつかまえて、経正が問う。
「これは経正殿!不審者が侵入したとの報告があり、ただいま向かうところです。」

慌てながらも家来人が付け加えた。
「所有している太刀が非常に大きく、名のある武士ではないかと。」

は経正の後ろで、自分の剣をぎゅっと握り締めた。





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【あとがき】
  この兄弟、めちゃくちゃ好きです。
  ってか、経正ルートが裏ルートでどうして存在しないんだと憤りました。
  あったらぜったい迎えたい、経正恋愛エンディング。
  コンプ目的じゃなくて。