錫杖を剣道の竹刀のように構え、楽の音にあわせては舞った。
舞、というより、それは武芸に近いものだった。

剣道の型を構え、錫杖を竹刀のように振り下ろす。
錫杖についている鈴が、しゃん、と音を奏でる。
制服という不可思議さも手伝って、の姿は神秘的なものと感じさせた。










〔 そして約束の運命へ  −第三話− 〕










しゃん、と顔の前で錫杖を振ったとき、さらに異形なものが出現した。
錫杖からゆらゆらと、紫の煙のような光が立ち昇る。

「見事な水気だ。」
周りからは褒め称える声が聞こえたが、当のはそれどころでない。
「ちょっ・・・これなに?!」
誰にも悟られないように、一人驚いてみる。
知っている言葉で表現すれば、まるで魔法だ。

褒め称える声がざわめきに変わったのは、次の青白い光が揺らめいたとき。
「木気!なぜふたつ・・・?」
「いや見ろ、今は火気だ!」

その後も黄、緑、と五つに色を変え、それはまたの身体に戻っていった。
清盛は扇子の奥で、にやりと口を吊り上げた。




が出したのは、この世界に流れる五行の力だった。
通常、人はひとつの気の力しか持たないという。
それが、はすべてを備えていた。

舞においても「筋がいい」と褒められて、実は今は舞も習っている。
稽古をつけてくれているのは惟盛だった。
彼が得意とするのは優雅な恋の舞だったが、それはまだ早すぎるとぴしゃりと言われた。
ゆえには好戦的な戦いの舞から習っていた。


充実した毎日を過ごすだったが、夜になると思い出してしまう。
元の世界。
家族。
大好きな、あの人を。

その日は、月のきれいな夜だった。





***




雲ひとつない夜空に、ただひとつ輝く蒼白い月。
この月を、誰かが同じように見つめているだろうか。

「逢いたいよ。・・・・譲。」

思わずがその名前を口にしたとき、庭の草がガサと音を立てた。
の手が、枕もとの刀に伸びる。
正真正銘、人を切れる刀だ。

外国からの輸入品だというその刀は、からすれば西洋のものだと思えた。
竹刀に似ている柄は、の手になじんだ。

ガサ、とまた草が揺れた。
ののどが、ごくりと鳴った。

「にゃう!」
「へ?」

草むらで音を立てていた侵入者が、がばっとに飛びついた。
「ねこ?」
「うにゃあん・・・」

呆気にとられるをよそに、猫は我が物顔だ。
の胸の中で甘えている。



「すまない、。」
「敦盛?」
猫に続いて顔を出したのは、と同じ年の敦盛。
いつもは後ろで結い上げている髪も、夜着の今は下ろしている。

「こんな時間に失礼なのはわかっていたが、クマがこちらに飛び込んだものだから・・・。」
「クマ?・・熊っ?!」
血相を変えて慌てるに、敦盛は思わず笑ってしまった。

「慌てないでくれ、。その猫の名だ。」
敦盛はの胸に擦り寄って甘える、猫を指差した。

はぽかんとした顔で、自分の手元の猫を見た。
「猫が・・・クマ?」
敦盛はそんなの表情にふふ、と笑う。

「おかしいだろうか。惟盛殿にも『もっと優雅な名はないのですか?』と言われたが。」
敦盛が猫のクマを受け取ろうと、の部屋の縁台に近づく。
の手から敦盛の手に返されたクマは、今度は敦盛に甘えて顔を擦り寄せた。


「かわいい。敦盛、猫なんて飼ってたんだ。」
敦盛は猫ののど元を撫でながらに答えた。

「幼少のころ、私は熊野で育った。その地を離れるときに、幼馴染がくれたのだ。」
話を聞きながらも、敦盛に抱かれるクマののど元を撫でた。
クマは気持ちがよさそうに、ゴロゴロとのどを鳴らして甘えていた。





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