「なんだ、あれは。」

宴の最中だった。
居合わせた人々は空を指差した。
空が歪み、何かが流れ出してくる。

「人だ!」
その空間の歪みから姿を現したのは、奇妙な服装の少女だった。
少女は舞殿の真上に現れ、落ちてきた。

楽を奏でていた敦盛は、重衡に抱きかかえられた少女から目が離せずにいた。
その少女こそ、春日
が降り立ったのは、栄華極まる平家の、まさに最後の盛りのときだった。










〔 そして約束の運命へ  −第二話− 〕










「・・・・来いよ。」
「せっ!・・やあっ!」

声に合わせてカンカンと、木の乾いた音が響く。
がこの世界にきてから恒例となっている、知盛との朝稽古。
がきてから二ヶ月。
木刀による二人の手合わせは、女房たちがハラハラと見守る中で行われている。

「なかなか。・・・上達したじゃないか。」
合わせた木刀の向こうで、知盛が獲物を見つけた獣のように笑った。

竹刀より重い木刀に、最初こそ戸惑ったものの元は同じ太刀。
木刀を支えるの腕も、ふらつくことが少なくなった。
剣術の心得は剣道で養っていたため、慣れてくれば太刀の鋭さは並みの兵より上だった。

それでも力で知盛に押されてしまえば、支えきることが出来ない。
重なっていた太刀を押し返されると、は後ろにふらついた。
その頭上に知盛の容赦ない太刀が、勢いに重みを増して迫ってくる。

「いけません!」
「おやめになってください知盛さま!」
さま逃げてー!」

悲鳴と金切り声が、見ていた女房の口々から発せられた。
声にあわせたように、の頭上すれすれで知盛の剣が止まる。

「あ・・・・。」
衝撃を予想して目をぎゅっとつむったは、こつん、という軽い衝撃に目を開けた。
すでに戦意を喪失した知盛が、あきれたように木刀を担いでいた。

「ずいぶんと・・・、味方が多い。」
「はぁー・・・。もう、みんな。口出し無用って言ったのにぃ。」
が振り返って不満げに声をあげた。
文句を言ったはずなのに、女房たちからは黄色い歓声があがる。

出家していない女性で、髪を短くしている者はこの時代にいない。
加えては、美少年とも美少女ともとれる、両性に好まれる顔立ちだ。
現代でも着慣れた袴を身に着け、剣の稽古をするはすでに、女房たちの憧れ的存在だった。





***





元の世界が恋しくて泣く毎日は、一週間で終わった。
家族に会いたい。
帰りたい。

譲にあいたい。



あの日、自分のいた世界で最後に見た光景。
先に消えた将臣と譲。
うずくまって震えていた望美。
聞こえた鈴の音。

この世界のどこかに、その三人もいるのではないかという期待。
それもいつの間にか薄れていった。
何度目を覚ましてもここはたどり着いた異世界で、京の六波羅にある平家の邸。

恐ろしいほどのいた世界の史実に似通っているこの世界。
が、そのまま過去に飛ばされたと思えない点が、ひとつ。

の世界にはなかった気の流れ。
それが目に見え、操れる。
それは異世界からきたにも、例外でなかった。
それどころかは、こちらの世界の人の気を超越していた。
その力があったため清盛に気に入られ、この邸に破格の客人扱いで身を置かせてもらっている。




がこの世界に来た日。
舞殿に降りたを見るなり、清盛は「舞え」と命じた。

「天から舞い降りた天女であれば、我を楽しませてくれるのであろう?」
歳を召してもなお、威圧される存在感。
史実と変わらない姿の、平清盛。

事が尋常でないことだけはすぐに悟った
が覚悟を決めるのは早かった。

「鈴・・・。そうですね、鈴のついた杖があればお貸しください。」
凛として言ったに、紫の髪の公達が錫杖を手渡した。





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