「ゆーずるー!」
弓道場から剣道場へ続く道の先で、見慣れた幼馴染の少女が譲に手を振っている。
譲と同じような袴を身に着けて、髪型までもが譲と似ている。
「朝練おわり?着替えたら一緒に教室行こ?待っててね!」
譲の答えも待たずに自分の用件を告げると、はさっさと更衣室へ入ってしまう。
「・・・・まったく。いつだってマイペースなんだから。」
慣れたことのようにため息をつくと、譲も制服へ着替える準備を始めた。
〔 そして約束の運命へ −第一話− 〕
「それでね、望美は今年もあの店のケーキがいいって言うんだ。」
「そうか。先輩は、ずいぶん気に入っていたみたいだったからな。いいんじゃないか?」
制服に着替えた二人は、肩を並べて教室へ向かう。
はまた少し背の高くなった譲を、上目づかいにニラみつけた。
「せんぱい、ねぇ・・・。」
その言葉に譲は、ズレてもいないメガネを細い指先でくいっと押し上げた。
困ったときや照れ隠しのときの、譲のクセ。
「なんだよ。間違ってないだろ?」
「ワザとらしいんだよ。いかにも距離おいてます、って感じで。」
「だって似たようなもんだろ?『将臣くん、譲くん、望美お姉ちゃん』だったのが、今じゃ全員呼び捨てじゃないか。」
「譲だって私のことは呼び捨てじゃない。・・・それがますますワザとらしい。」
最後の部分はまるで自分に言い聞かせるようで、譲には届いていなかった。
望美に距離をおく譲。
には変わらない譲。
それが何を意味するのか、わからないはずがない。
外見はまるで双子のように似ている姉妹の、あきらかにロングヘアーの方に譲は惹かれているのだ。
教室へ入ってしまうと、二人の会話は自然と終わった。
友達の輪の中に入っていく譲と。
しっかり者で頼りになる二人のまわりには、絶えずクラスメイトたちの姿があった。
***
有川家と、春日家。
隣同士の家にはそれぞれ、同じ年の子供がいた。
有川家の兄弟と春日家の姉妹は、幼少の頃からずっと一緒に育った。
ちゃっかり系で要領のいい兄と、面倒ごとはすべて抱え込む弟。
とにかく意志の強い姉と、なぜかその後始末をする妹。
なぜか上の子に下の子が振り回されるのは共通していた。
まるでひとつの家族のように育った、と言っても限界はある。
年を重ねるにつれ、男の子は男へと成長し、女の子は女へと成長する。
四人は、まさにこの時期を迎えようとしていた。
変化は、起こるべくして起こったのかもしれない。
***
「譲。次、移動教室だよ。一緒に行こう?」
いつもなら同姓の友達と連れ立っていくのだが、この日はクリスマスの打ち合わせがあった。
望美から『譲くんの了解をとること』と命令の下っていたは、譲を誘った。
「望美がね、クリスマス仮装したいんだって。」
「へぇ。」
「あ、他人事。譲もだよ。」
「は?」
やっぱりメガネをかけなおした譲の、珍しくも間抜けな顔に、はぷっと笑った。
「将臣は乗り気だったみたいだよ。まったく、ハロウィンと勘違いしてると思わない?」
ひととおりが笑ったところで、校舎と校舎をつなぐ外廊下へと出た。
「雨だとここ通るの寒いよねー。」
「は髪が短いから、よけいに寒そうだよな。」
譲の言葉に、はむっとして顔を背けた。
が髪を切ったのは、高校へ入学してすぐだった。
それまでは望美と変わらないほどのロングヘアーだった。
切った理由なんて、譲には言いたくない。
「それでねー、今年もケーキはそこにしようと思うんだ。」
聞き慣れた声に顔をあげると、向かいの校舎から将臣と望美が連れ添って出てきた。
二人を見つめる譲の横顔を見て、は後悔した。
あんな譲の顔は、見たくない。
―――― シャン ――――
雨の中に、鈴の音がひとつ。
耳に聞こえた、と言うより心に響いて聞こえてきて、はあたりを見回した。
「え・・・?・・譲?」
は目を疑った。
今さっき隣りにいたはずの譲が一瞬かすんで見えて、その姿を完全に消したからだ。
前を向くとやはり、将臣の姿も同じように消えていた。
「何が起こったの?」
唯一姿が見えている望美も、先ほどとは別の位置でうずくまっている。
その小さな姿から、泣いているように見えた。
「ねぇ、のぞ・・・っ?!」
望美に駆け寄ろうとしたの足元がぐらり、と揺れた。
歪んだのは足元ではないと、すぐに気づく。
望美、校舎、雨・・・。
自分がいるこの場所が歪んでいく。
―――― シャン ――――
鈴がまたひとつ、の心に響く。
「助け・・・。譲・・・」
の脳裏に、大好きな譲の顔が浮かんで・・・・・消えた。
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