サイが非常口のドアを開くと、たくさんのモルゲンレーテ職員が避難しているところだった。
「なにがあったんですか?」
「コロニーが攻撃されてる。ザフトが攻めてきたんだ。」
「えぇっ?!」
一同に驚くのは、当然のこと。
中立の国に生きている自分たちに、戦争は無関係の世界で起きていることだったから。
その中で、顔色が変わったものが、二人。
金髪の少女は「やっぱり」とかぶりを振った。
の目が「どうして」と冷たく変わった。
先に身をひるがえしたしたのは少女のほうだった。
がその後ろ姿を無言で追いかける。
「ちょっ・・!待って!」
キラが声をかけたが、二人とも振り向かない。
「キラ?!」
自分たちに続いてこないことを心配して、トールがキラに声をかけた。
キラはすでに二人を追って2、3歩駆け出していた。
が、トールの声に振り向くと、「あとで必ず行くから!」とだけ言葉を残して、あとは振り返らずに走り出した。
〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.07〜 〕
「待って!」
鍛え方が違うの足は、すぐに少女に追いついた。
右手を掴んで引き止めると、振り返った彼女の顔は泣き出しそうに歪んでいた。
「さっき、『やっぱり』って、言ったね?どうして?」
「・・・お前には、関係ない。早く戻れ!私には確かめることがあるんだ。」
「君こそどこに行くつもりなんだよ。早く避難しないと!」
追いついたキラが言ったときに、すぐ近くで爆発が起こる。
その爆発のせいで、戻る道がふさがれてしまった。
もう前に進むしかない。
「戻れない・・・!」
キラが瓦礫の山を見てつぶやいた。
少女は『破壊されている』事実を前にして、その場に崩れ落ちた。
「どうして・・!だから私は、こんなことになってはと・・・!」
一番冷静なのはだった。
さっき『ザフトが攻めてきた』と聞いたときから、不思議なほど冷静でいる自分を自覚していた。
危機感が違う、といったらそれまでかもしれない。
が、の頭の中では物事がものすごいスピードで展開していた。
今、この状態がなにを伝えているのか。
数少ない情報の中から整理する。
この少女の言う言葉の意味。
キラに与えられていた、モルゲンレーテの仕事。
モルゲンレーテの軍事開発力。
ザフトにはあって、地球軍にないもの。
「・・・むかっていたのは、工場区だね?」
「うん。行こう。工場区ならまだ避難できるところがあるはずだよ。」
とキラが両方から支えて、彼女を立ち上がらせる。
また遠くで爆発の音が聞こえた。
キラが少女の左手を、が右手を持って走り出す。
近づくほどに聞こえてくる爆発とは別の音。
には聞き覚えのある音だったが、隣を走る二人にはまだそれは聞こえていないだろう。
聞こえていたら、こんなふうに危険に飛びこんでいくマネなんてできないだろうから。
その音は、人が思うより軽い音。
キャットウォークから下に広がるその光景の中で、誰もが手に持っている。
銃を撃つ音。
見慣れたパイロットスーツ。
赤と緑。
それは間違いなくザフトのもの。
「地球軍の・・・新型モビルスーツ・・・!」
とキラの間で、それを目にした少女が崩れ落ちた。
「『地球軍』」
は言葉を繰り返した。
今の時点で彼女の言葉を信じるだけの証拠があるわけではなかった。
彼女がなぜそれを知っていてここにいるのかもわからない。
けど、その言葉は偽りのない真実に聞こえた。
そしてここにいるザフトの兵士は、間違いなくクルーゼ隊なのだろう。
「お父様の裏切り者ォ・・・っ!!」
「なっ?!」
思わずは彼女の口をふさいで、その場にしゃがみこんだ。
さっきまで彼女が立っていたところを、銃弾がすぎていく。
「こんな状態で声出したら撃たれる!」
小さく彼女を戒めると、彼女はの目を見てコクコクうなずいた。
素直に聞き入れてくれたその姿に、はふっと笑顔を見せた。
「ほら、あっち。シェルターがある。」
キラがと少女を起き上がらせて、三人はまた走り出す。
通信ボタンを押すと、内部と会話できたが、あと一人しか避難できないと言うことだった。
「それなら、一人だけでも!女の子なんです!」
キラが必死に叫ぶと、シェルターの入り口が開いた。
「早く入って!」
キラとで彼女をシェルターに押しこむ。
「え・・っ?私?!」
少女は目を見開いてを見た。
はその目に笑った。
「大丈夫。」
「いやっ、でも、私は・・・!」
「いいから入れっ」
キラが押し込むと、彼女はよろけてシェルターに背中を打った。
「でもっ!お前たち・・・!」
彼女だって、ここに残ることがなにを意味するのかわからないわけじゃない。
涙目になりながら、にうったえた。
「コーディネーターだから。」
「え?」
「私たち、コーディネーターだから。」
安心させるために、は笑った。
「・・・お前・・・」
「うん。」
の横で、キラも笑っていた。
彼女の力がふっと抜けたのを確認して、はシェルターの扉を閉めた。
彼女はまだ何か言っている。
でも、扉が閉まってしまえば何も聞こえない。
キラとは、シェルターがロックされることを互いに確認した。
「ごめんね。キラのことまで言っちゃった。」
「いいよ。僕こそごめん。本当はだって避難しなきゃいけないのに。」
「平気。キラと一緒だから。」
その言葉に深い意味はないと知りつつ、こんな状況下だと言うのにキラの胸が高鳴った。
「左ブロックの、シェルター・・・・?!」
さっき内部に避難していた人に聞いた、まだあるというシェルター。
その場所にまさに向かおうと顔をあげたとき、爆炎で視界が揺れた。
煙りがいらだつほどにゆっくりと流れて消える。
その向こうに、二人が目指すものはもうなかった。
「シェルターが!」
キラが愕然と叫ぶ。
はため息をついた。
こんな状況で、ラウが容赦しないことはわかってる。
「でもさー、私もここにいるんだなー。」
キラに聞こえないようにはつぶやいた。
「危ないうしろっ!」
がラウの考えを思考していると、隣でキラが叫んだ。
キラの目は真下の銃撃戦を見ていて、その声はそちらに向けて放たれたもの。
とっさにでてしまった言葉に、罪はないかもしれないけれど。
キラの一言でモルゲンレーテ職員に扮した地球軍兵士が助かり、それを狙っていたザフト兵が死んだ。
キラはモルゲンレーテの職員の服を着ているから、地球軍とは思っていないのだろう。
けれどにはわかっていた。
ザフトが攻撃をためらっていない時点で、ここにいる者たちは地球軍であろうと。
「走って!」
がキラの手を引いて走り出す。
避難する場所がないからと、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。
「どうする気?!」
「戻れないなら、進むしかないでしょ!」
言いながらは下に続く階段を探したが、見当たらない。
残念ながら残骸らしきものだけを発見するだけで終わった。
は口の中でつぶやく。
「行くしかない?でも・・・。」
下ではまだ銃撃戦が続いている。
でも、いつまでもここにいるわけにいかない。
ラウのことだから、必要がなくなれば現場を一掃するだろう。
は場にそぐわない笑顔でキラを見た。
「キラ。飛べる?」
「・・・・空は飛べないよ。って、そうじゃないよね?」
キラがこんなときにも冗談を言うので、の表情もなごむ。
「空を飛ぶんじゃなくって、ここから落ちる!」
笑顔でが言うと、予想していたキラも苦笑いで答えた。
「確かに。落ちるより飛ぶって言うほうがいいかな。行こう。」
キラがすでに手すりに足をかけて、に手を差し伸べる。
はそのキラの手を取ると、勢いをそのままに身を投げた。
飛び降りた先はモビルスーツの上で、同時に銃声がして女性がしりもちをついて倒れた。
「あっ!」
「キラっ!!」
が引き止める手は間に合わなかった。
きっと考えるより先に、キラの身体が動いたのだろう。
キラは右腕を撃たれた地球軍女性に駆け寄る。
は届かなかった手をギュっと握りしめて、ナイフを振りかざしてむかってくる赤いパイロットスーツを着たザフト兵に向かっていった。
勘違いされて、キラが刺されてしまう。
それだけは防ぎたかった。
ナイフを振りかざして、今にもキラに襲い掛かるザフト兵。
「だめっ!!」
「キラ・・・?」
「アス・・ラン・・・?」
動きを止めたザフト兵の腰のあたりに、が抱きつく格好になり、の耳に届くのはどちらも知った声だった。
「え・・・?」
頭の上からを呼ぶ声。
が、状況は待ってくれない。
気を取り直した女性がアスランに向かって銃を発砲。
アスランはナイフで威嚇したまま、の身体を左手で固定して後退した。
地球軍女性とキラには、が人質にとられたように見えたのだろう。
すぐに発砲が止んだ。
地球軍女性はそのまま隣に立っていたキラを、モビルスーツのコックピットへ押し込んだ。
「キラっ!」
アスランに抱き寄せられていたは、顔だけ動かすのが精一杯でキラが見えない。
顔が向けられていたとしても、すでにハッチは閉じられていて見えるはずもなかった。
「キラは地球軍の指揮官とモビルスーツの中だ。」
「人質?!」
「いやそうじゃない。とっさにキラは指揮官を助けようとしていた。民間の少年と思われて助けられたんだ。」
「キラ〜ぁ・・・。」
「でもどうしてがこんなところにいるんだ。」
アスランがの拘束を解いたとき、目の前で機体が立ちあがる。
「くそ・・・っ」
めずらしくアスランが悪態をついて、もう一機のモビルスーツのコックピットへ移る。
「も乗るんだ!」
アスランがコックピットの中から声をあげた。
その声のとおりに2歩、踏み出しただったがふと足を止めた。
「だめ。行けない。」
「どうして?ここが危険なことくらいわかるだろう?!」
「うん。わかる。指揮官はラウ。容赦はしない。でも、今日ラウからメールがきたの。きっと、まだなにかある。」
「!」
「行ってアスラン!キラをお願い。」
アスランの口からキラの名前が出た。
それを聞き逃すではなかった。
アスランとキラが知り合いなら、話が早い。
はコックピットに顔をのぞかせて、バイザーに隠れて見えないアスランの目を見ようとした。
「私は平気。あとで必ず会いに行く。」
「・・・・わかった。」
渋々うなずくアスランに、はてのひらをむけた。
アスランはそののてのひらに、自分のてのひらをパン、と合わせた。
を地上に残して、アスランの乗る機体も動き出す。
2機が工区内を出ると、ガランとした静寂が残った。
ラウは、このヘリオポリスで地球軍の新型モビルスーツが密造されている情報を掴んだ。
命令は機体の強奪または破壊。
もちろんラウはがヘリオポリスにいることを知っている。
そして、モルゲンレーテに入れることも知っている。
そのラウがに要求した『手土産』。
この状況でクッキーやらおまんじゅうやらでないことは確かだ。
ラウがいう手土産は、モビルスーツ。
アスランたちに知らされている以外に、まだあるということを暗に示しているのだとは考えた。
「ここではない・・・。別の場所?」
はとりあえず倉庫の外を目指した。
「ふにぃ〜・・・。」
が歩き出したとき、場違いな声とともに足首をつかまれた。
「ぅわっ・・っ!」
早足で歩いていなかったのが幸いして、は転ばずになんとか耐えた。
の足首を掴んでいたのは、これまた赤いザフトのパイロットスーツ。
「ちょーっと失敗しちゃったんだねぇ、僕は。」
「ラスティ?!」
はしゃがみこんで、ラスティを助け起こした。
「ほーんとラッキ。、なんでこんなトコいるの?」
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