「俺の血のにじむ努力は・・・?」
ディアッカがトホホと涙目でつぶやいた。
が、誰一人知らん顔。
答えてくれる心優しい人は、もういなかった。
着るつもりなんて毛頭なかった赤服。
それを着る努力をしたのは、ひとえに彼女のため。
それなのに。
「くうぅぅっ!ー!帰ってきてくれーっ!!」
ディアッカの声は宇宙へ消えた。
〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.06〜 〕
「〜♪〜♪」
鼻歌を歌いながら、は芝生の上を歩いていた。
両手に抱えているのは教科書。
内容はもう頭の中に完全に入っている。
これはアカデミーに入学する前、家で勉強していた教科書と同じ。
にとっては懐かしいものだった。
学生生活というのは、初めて。
もちろん、それと似た生活はアカデミーでしていたけれど。
アカデミーは軍人養成学校なのだから、空気がまるで違う。
ここは、完全に学を得るために勉強する場所だった。
アカデミーを卒業してから、ヘリオポリスにはいた。
ヘリオポリスは地球にある中立国家オーブの人工衛星だ。
コーディネーターだのナチュラルだのといった争いを好ましく思わない人たちが、この国家に多く身を寄せていた。
もちろん、この国にいれば戦争に巻きこまれることもないだろうといった考えを持つ者も少なくはなかった。
はクルーゼの強い勧めで、このヘリオポリスにある電子工学のカレッジに編入した。
アカデミーでも突起した才能を見せた電子工学の知識を極めることは、将来のザフトにとって非常に有利だとクルーゼは言った。
アカデミーでも常に周りに人を集めたの魅力は、もちろんここでも健在だった。
そして、編入生とはいえ、の知識は在学生のそれとは比べ物にならなかった。
***
「キラ?」
カレッジの中央広場で、カチカチとパソコンを叩いていたゼミの仲間を見つけて、は声をかけた。
キラ・ヤマトはゼミ仲間唯一のコーディネーターだ。
キラの開いていたパソコンをのぞきこむとそこには、地球でのザフトと連合の戦闘の様子が映し出されていた。
ヘリオポリスに地球からの映像データが届くのには、約一週間かかる。
つまり、今キラのパソコンに「LIVE」と表示されていても、これは先週の出来事だ。
「カオシュン?」
地球の地理が、全くと言っていいほどわからないは首をかしげた。
「うん。本土の近くになるね。複雑な人もここにはいるかも。」
コーディネーターである自分たち。
いくら中立といっても、人の感情は千差万別。
中立だ、平等だといっても、やはり移住してきたコーディネーターを良く思わない者もいる。
そんな無駄ないさかいにがまきこまれないように、キラはさりげなくそう言った。
「そうなんだ。 ・・・ 戦争、か。ここにいると忘れちゃうね。」
にこ、と笑顔で言ったにキラは曖昧な笑顔を浮かべた。
「オーブは中立だからね。」
「?」
その笑顔の意味が良くわからなくて、は不思議そうにまた笑った。
月からオーブにきたばかりの頃は、キラも純粋にオーブを「戦争のない平和な国」と思っていた。
けれど、それは一時しのぎに過ぎないのだと徐々に感じた。
サイやトールのように、本当にキラをなんでもないただの友人として扱ってくれる人もいる。
が、カズイのように「そりゃできるよね。キラはコーディネーターだから。」と言う人もいるのだ。
すべてを許しあって、認め合っている国というわけではないのが現実だ。
「キラーっ?」
「ぅ・・・わぁっ!」
ちょっと自分の考えにトリップしていたら、がキラの顔をのぞきこんでいた。
ものすごく顔が近い。
キラはオーバーなほどにのけぞって、後ろに倒れた。
はポカーンとそんなキラを見てから、くすくすと笑った。
「キラ、こーんな難しい顔してたよ。」
こーんな、と言いながら自分の目を指で吊り上げる。
「なんか難しいのやってるの?」
目元から指をパッと外すと、たちまちまた笑顔になる。
表情がくるくる変わって面白い。
キラの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
初めて顔を合わせてから、妙に呼吸が合った。
女友達なら、キラにも同じゼミの仲間にミリアリアはいた。
けれど、彼女と親しく話せるのは男友達のトールが間にいるから。
がくる前はミリアリアの後輩のフレイをかわいいなと思っていたけど、と会ったらそんな想いは吹っ飛んでしまった。
勝手にかわいいと思ってたくせにすぐに吹っ飛んでしまったなんて、本当に身勝手だけど仕方ない。
こんなふうに自然に、さりげなく傍にいられる存在の、やわらかさに勝るものはないと知ってしまったから。
こんな空気を持った存在と出会ったのは、初めてだった。
「カトウ教授からの依頼でね。」
「あれ?じゃ、これも?」
が一枚フロッピーディスクを取り出す。
「さっき預かったの。カトウ教授から。キラに追加って、渡してほしいって。」
「えぇ〜えっ!またぁ・・・?」
フロッピーディスクをから受け取りながら、キラはがっくりうなだれた。
「こっちだって終わってないのに。」
キラから、ぶつぶつ素直に文句が出る。
「はい。いいこ、いいこ。」
小さい子供にしてあげるように、がキラの頭を撫でた。
キラは開いていたパソコンを閉じて、から受け取ったフロッピーディスクをかばんにしまった。
は歌うように「いいこー、いいこー」とキラの頭を撫で続けている。
「、いいかげんにやめてよ。」
少し顔を赤く染めてキラが言った。
さっきから通り過ぎていく人の笑みが痛い。
「はーい。ねぇ、なんなの?これ。課題?」
手をパッと広げて降参のポーズをとり、はキラに聞いた。
「違う。教授のモルゲンレーテの仕事の一部。OSの解析。」
「えぇー?仕事まわされてるの?ちゃんとお金もらってる?」
「もらってるわけないじゃない?ほとんど横暴だね、僕に言わせると。」
片づけの終わったキラが立ちあがる。
「さ、行こっか。」
レンタルエレカの乗り場にくると、キラとの前に三人の女の子がいた。
そのうちのひとり、赤い髪をしたフレイ・アルスターが二人に気がついた。
と目が合った途端、あからさまに目をそらす。
もちろんキラもその態度に気がついて、を見た。
フレイの態度には悪意すら感じたのだ。
幸いなことに、フレイたちはすぐに来たエレカに乗って行ってしまった。
「なにかあったの?」
心配げに聞くキラに、は気にしていないと笑顔で答えた。
「なんかね、彼女コーディネーターが嫌いなんだって。」
「へ・・ぇ、そうなんだ。」
キラはいろいろな意味で胸をなでおろす。
つまりあのままあこがれ続けていても、先はなかったというわけだ。
「この前ミリィと一緒にいるときにね、ひょんなことからそんな話になって。
『コーディネーター』が嫌いなんじゃしょうがないよね。『私』が嫌われたんじゃないし。」
「あ、そういう解釈になるんだ。」
「乗らないのなら、先によろしい?」
キラとが話しに夢中になっている間に、後ろで待っていた人がいたらしい。
突然声をかけられて、二人は両脇に避けた。
「はい!ごめんなさい。」
「お先にどうぞ。」
とキラの間を人が通り過ぎ、二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
「一台分出遅れたね。急ご!」
キラとを乗せて、エレカはゆっくり走り出した。
「あれ?ラウから・・・。」
こんな時間にメールがくるなんてめずらしい。
しかもケータイに。
不思議に思って優菜はメールを開く。
『と会えることを楽しみにしている。手土産は忘れずに。』
「?」
どうしたんだろう。と、は首をかしげた。
メールの送信が、プラントとヘリオポリスでは1週間はかかる。
それなのにこのメールは、今日送られたものだ。
「近くにきてる・・・?でも・・・。」
なんの用事で?
ラウが本当にに会うためだけにこんなメールを送らないことはわかってる。
ラウは基本仕事人間だから、こんな近くにいるとすれば間違いなくザフト関係のことだろう。
しかも手土産の要求なんて、ますますらしくない。
さっきのキラのPCでも見た、今の戦争の現状。
開戦当初より激化し、感覚がマヒしだしていることは容易に想像できる。
加えて、キラが何度となく依頼されているカトウ教授からのデータ解析。
モルゲンレーテは、オーブの軍事工廠だからラウの狙いはそこ?
でもオーブは中立だし。
「うーん・・・・。」
「?」
腕組みをして難しそうに顔をしかめて考えてしまったを、さっきのお返しとばかりにキラがのぞきこむ。
「うん?」
ぱちっとが目を開けると、顔のすぐ前にキラの顔。
「うわっ」
が、自分が招いたことに驚いてのけぞったのはキラのほうだった。
「・・・失敗した。」
「?」
「なんでもない!・・・どうしたの?考え事?」
「うん。家族からのメールだったんだけどね、相変わらずつかみ所がなくて。」
「へぇ・・・。」
そのあとも、口の中でぶつぶつとつぶやきながら考え中の。
キラは、まだどきどきして止まらない胸を認めながら、を見ていた。
エレカは順調にモルゲンレーテの工場区に入っていった。
***
「こーんにーちはー♪」
ガッチャ、とドアが開いたのと同時に、が楽しげに挨拶をする。
まるで子供みたいと笑いながら、キラがそのあとに続いた。
「あ、キラ。やっときたか。」
パソコンのモニターから目を外して、サイが顔をのぞかせた。
「コレ教授から預かってる。追加とかって。」
「まーたぁ?・・・さっきからも渡されたばっかりなのに。」
フロッピーディスクを受け取りながら、キラががっくりと肩を落とした。
「ね、一緒に見せて?手伝えるかもしれない。」
キラが立ち上げたパソコンの横に、並んで見ようとが歩いて行く。
と、教授の個室のドアに寄りかかって立つ見慣れない顔。
「?こんにちは。」
目が合ったのでが挨拶をすると、相手は会釈をして返してきた。
「だあれ?」
サイに顔を寄せてヒソヒソ声で聞く。
「ん。教授のお客さん。ここで待ってろって言われたんだって。」
ものすごく険しい表情で、教授の部屋の前に立っている客人。
カズイなどはその雰囲気に飲まれてびくびくしている。
「ふぅーん。・・ね、そんなところに立っててもつまんないでしょ?一緒にお茶飲もうよ。」
サイから向きなおったが、金髪の客人に声をかけた。
「えー!僕の作業の手伝いはー?」
キラがの提案に、不満げに声を漏らした。
「いーじゃんいーじゃん。お茶のあと。お客様はおもてなししないと。ね?」
「え・・いや、私は・・。」
「あ、やっぱり女の子!カーわいィ♪」
彼女の手を取って椅子に案内したが言った。
外見からは性別の判断がつかなかったのが本音だったが、手を握ることでは確信を得た。
「もー、はこう、って決めたらこうだから。観念して一緒にお茶してあげてね。」
ミリアリアも苦笑いでそう言った。
「はいはーい、お茶飲む人ー?」
もう紅茶の缶を開けたが聞くと、見事に全員の手が挙がった。
「結局みんな飲むくせに。」
がケタケタ楽しそうに笑っている。
鬼気迫るような表情で立っていた金髪の少女も、そんなにふっと笑みを漏らした。
キラは、緊張していた空気を一気に変えてしまったに見惚れていた。
ブランド物でもなんでもない紅茶だったが、はちゃんと全員分のカップを暖めていた。
紅茶はこうやって淹れること。とレイに指導されたことを忠実に守っている。
「♪〜、♪〜・・・・?」
声が聞こえた気がして、は鼻歌を止めた。
きょろきょろと見渡すが、を呼んだらしき人はいない。
みんな個々に作業をしている。
『――――― ! ―――――』
「?」
もう一度、今度ははっきり聞こえた。
ひとり、というよりは複数の声が混ざった感じで。
さらに電波のノイズまでも混ざってきているような。
「?!」
けれど次の瞬間、そんなことも忘れてしまうくらいの衝撃に襲われた。
ドォンッ、と大きな音。
立っていられないほどの大きな揺れ。
それが同時に襲ってきた。
「なにっ?!」
「きゃぁっ!!」
「隕石か?」
ガガガ、と揺れは続く。
地球にはある地震も、スペースコロニーにあるはずもなく、こんな揺れを体験するのは初めての者ばかりだった。
「平気?けがは?」
ペタ、と座りこんでいたのところに、キラがやってきて助け起こす。
「ん。平気。ありがと。キラは?」
「僕も平気。みんなは?」
顔をあげてぐるりと見回したキラに、仲間達はそれぞれ手を振って答えた。
「とにかく避難しよう。」
サイが先頭に立って外に出る。
トールがまだ震えているミリアリアの肩を抱いて歩き出す。
カズイが恐る恐るその後に続いた。
「平気?」
は一緒にお茶を飲み損ねた少女を振り返る。
「あぁ。私は平気だ。・・・そんなことより、これは・・・っ」
拳を握り締めて、歯を食いしばる。
一瞬消えた険しい表情が、彼女に戻ってきていた。
「ここはもう出よう?きっと教授もすぐには来ない。」
がうながすと、彼女は険しい表情のままでうなずいた。
そんな二人を最後まで見守って、キラもその部屋を出た。
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