「なんか今日のアスラン、変。」
いつものように談話室。
心ここにあらず、といったように本を開いているだけのアスラン。
目線は本には向いておらず、壁の一点をぼぉーっと見ている。
はそんなアスランを横目に見て、ラスティに声をかけた。
明日は休暇だというのに、なんだろうあの覇気のなさは。

「明日、重要なお達しがあるらしいよ。」
こそこそ声をひそめて、それでもなぜだか嬉しそうにラスティが言った。
「お達し?」
が聞き返すと、ラスティがうなずく。
「そ。婚約の話♪」

「こんにゃく?」
「・・・・。それ定番すぎて、つっこみたくないんだけど。」
呆れたようにラスティが言った。










〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.04〜 〕










ラスティとに見られていることにも気づかずに、アスランはどこまでもぼーっとしていた。
なぜ?なぜ自分が婚約?
しかも相手はあのラクス・クライン。
いくら芸能関係に疎いアスランでも、彼女のことはよく知っている。
愛くるしい容姿に、予想を裏切らない歌声。
父親に代表評議会議長シーゲル・クラインをもち、自身も平和を謳いあげる。
最初は穏健派による政治利用が目的のデビューだったが、彼女はその域を超える人気を得た。

そんなアイドルと自分との、婚約。
確かにアスランの父親は代表評議会議員を務めるパトリック・ザラだ。
父親同士の交流はあるのかもしれないが、自分はまったく面識がない。
ずっとプラントで育った同じ議員を親に持つニコルたちは、面識があるらしいが・・・。
幼年時代を月ですごしてきたアスランには、個人的には何も知りえない相手だ。

「あー・・・・。」
ため息とも、うめき声ともいえる声がアスランから漏れる。


「重症だな。」
ディアッカが頬杖をつきながら言った。
アスランがこんな醜態をさらすことはまずない。
面白がって残りの全員はアスランを観察していた。

「あ、また頭が落ちましたよ。」
「支えてあげなよ、イザーク。」
「なんで俺が?!」
「トモダチだから?」
「ラスティ。それ、疑問系だし。」

好き勝手話している仲間の声は遠く、アスランの意識は数ヶ月前の過去に飛ぶ。
あれは、アカデミーに入学して間もない頃のことだった。



***



マイクロユニットを造ることは、アスランにとって大好きな作業だった。
パソコンにむかって作図することも、実際の部品を組み立てることも楽しくて仕方がなかった。
アカデミーに入学する直前、ユニウス・セブンにいる母からメールがきた。
自分の研究に必要な、こんな機能のあるものは造れないか、という依頼だった。

アスランは奮起した。
何かと仕事で忙しい父と母。
その忙しさを目にして、子供心に自立を誓っていたアスラン。
聞き分けが良くて、優秀で、迷惑をかけないこと。
それは同時に親に甘えられない子供、という図式を生み出した。

甘えられずに育った子供は、頼られることで自分の存在を維持した。
本来の立場は逆であっても、頼りにされることで自分は親に必要とされているんだと喜んだ。
しかも今回自分の得意分野で頼られた、ということは大きな喜びだった。

アスランは、母が求める以上の付加価値をつけてマイクロユニットを構想した。
が、いざ造り出してみると簡単には調達できない部品が出てきてしまった。
取り寄せにも思ったより時間がかかり、部品を手にしたのはアカデミーに入学してからだった。



その日、部品を受け取ったアスランは教官室から弾むように部屋に向かっていた。
早くこれを取り付けて、マイクロユニットを完成させたい。
その一心で、浮かれながら中庭を横切っていた。
だから、いつもなら絶対に起こさないミスをした。
曲がり角で人とぶつかって、大切な部品を落としてしまったのだ。

「あーっ!」
ぶつかった相手、がアスランの手から散らばっていく部品を見て大声をあげた。
「ごめんーっ!アスラン!」
「あ・・・いや・・・。」
ぶつかった反動でしりもちをついてしまったアスランは、腰をさすりながら立ち上がった。
が体当たりしてきたような勢いでぶつかったため、アスランのほうが衝撃が大きかったのだ。

は散らばってしまった細かい部品に気がつくと、すぐに拾い集めだした。
中庭は人工芝が敷かれていたため、草の間に入ってしまって見えない部品も多くあった。
「ごめんね、アスラン。全部覚えてる?」
目を凝らして芝生の間を見ながら、がアスランに聞く。
「あ・・あぁ。不足してた分の部品だから、なにを持っていたかは把握してる。」
「そっか。よかった。じゃ、拾ったの確認してね。」

そうして二人で部品を集めだしたが、どうしてもひとつの部品を見つけることができなかった。
「・・・・ないね。」
「どこまで飛んで行ったんだ?」
「本当にごめんね、アスラン。大事なものでしょ?今日使うんだよね?課題?」
「いや、そうじゃなくて。母に頼まれた物を造っているところだったんだ。」
「お母さんに?」
「本当はアカデミーにくる前に完成させておきたかったんだけど、部品が足りなくて。」
「じゃあお母さん、楽しみに待ってるんだ?」
「楽しみ・・・。どうかな。あれば便利、くらいだと思うけど。」

会話を交わしながらも探し続けるが、やはり見つからない。
。もういいから、ありがとう。部品はまた注文するから気にしないでいい。」
「え・・でも私、時間は平気だし、もう少し探すよ。」
「いや、本当に大丈夫だから。これだけ部品があればずいぶん進められるし。」



そう言うとアスランは、を残して部屋に帰った。
あとは同室のラスティが呆れるほどの熱中ぶり。
あっという間に、今の部品でできるところまで完成させてしまった。
手が暇になってしまうと、アスランは恨めしそうにパソコンを叩いた。

今日無くしてしまった部品が、どこを探しても在庫切れで、手に入らない。
造りはじめる前にも確認した画面と、変わらない内容を表示している画面。
入荷予定も未定のまま。

「これじゃ最初から造り直したほうが早そうだ。」
そうボヤいて立ちあがる。
最後にもう一度、無くしてしまった場所を探そうと思った。


中庭にくると、アスランの持っている懐中電灯のほかに、ちろちろと灯りが動いていた。
「・・・・なんで・・・?」
アスランは呆然と立ち尽くした。
がもうひとつの灯りに気づいて振り向く。

「アスラン!あとね、ここだけだから。きっと見つかるよ!」
中庭の、ほんの一角を指差してが笑った。
「当たりをつけても見つからないから、全部探すことにした。」
決して狭くはない中庭。
「ここを、一人で?」

「うん。だから時間はあるって言ったじゃん。・・あったーーー!!!」
、静かにしないと・・・!」
アスランのことでは騒いでしまったというのに、アスランは思わず注意してしまった。
それでもは気を悪くすることなく、手を口に当てた。
「あ、しまった。でもでもっ、これでしょ?!ね?!アスラン!」
声を潜めて、でも興奮は押さえきれずにがアスランに部品を差し出す。
のてのひらに小さくのっている部品を、アスランは摘まみあげた。

「あぁ、これだ。」
こんな時間までが探していたことにまだ驚いていたアスランは、ただ呆然とそう答えていた。
「よかったー。これでお母さんに届けられるね。」
「本当に・・・こんな時間まで、一人で?こんなもののために?」
「こんなものじゃないよー。これがないと完成しないでしょ?」
「そうだけど・・・。でも、俺はもういいって言ってたのに。」
「言ったけど。大事なものじゃなければ、アスランあのとき走ってないでしょ?」
ににっこり笑って言われたアスランはハッとなった。

そんなところで自分の心情を察していたなんて、考えもしなかった。
長い時間、一人で探して大変だっただろうに、はただ笑顔でアスランを見ている。
アスランの心臓が、少し早くなった。
の笑顔は、もう見慣れてきたはずなのに、初めて感じる鼓動だった。

「アスラン?」
から見たら、部品をじーっと見たままで固まっているアスラン。
どうしたのかと気になる。

「アスランー?部品壊れちゃってた?」
言葉で聞いているだけでは答えがないので、はアスランのてのひらに触れてもう一度聞いてみた。

その瞬間、アスランは今が夜で本当に良かったと思った。
顔全体がものすごい熱をもって、心臓が飛び跳ねるのがわかったから。
「い・・・っ、いや、まったく問題ない。どこも、壊れてない。」
「そう?よかった。」
「本当にありがとう、。実はこの部品がもう品切れで注文できなかったんだ。」
「うわ、危なかった!あ、お礼はヘンだよ、アスラン。ぶつかったのは私。」
笑いながらがそういうので、アスランからも笑みが漏れた。


「あーあ。またイザークに怒られちゃうなぁ。」
「イザーク?」
の口からイザークの名が出た途端、アスランの胸の高鳴りが止まった。
押しつぶされそうな、締めつけられるような、痛み。
そんなことには気づかず、話を続ける。

「私ね、アカデミーに入る前にイザークともこうやってぶつかったんだよね。
 だから、アカデミーではちゃんと前見て歩けって言われてたんだ。」
「そ、うだったのか。」
「それなのに、まったく同じでアスランとぶつかっちゃった。」
面白そうには笑ったが、アスランは同じように笑えなかった。


それは、アスランが初めて感じた恋の痛みだった。


「ねぇ、これからアスランの部屋に行ってもいいかなぁ?私、アスランの造ったヤツ見たい!」
すぐにが声を弾ませて言ったので、アスランの胸の痛みが和らいだ。
アスランの部屋で、完成されていくマイクロユニットを見てが感嘆の声をあげる。
最初は「すごいすごい」を連発していただったが、すぐにその構造へと質問がうつる。

アスランの気持ちは、ようやく完成させられたマイクロユニットを前に興奮状態だった。
それが完成させられたことによるものなのか、それともその完成を一緒に喜んでくれているのせいなのか。
どちらなのかはわからなかった。
ただ。
自分が大好きなものを、同じような価値観で見てくれる人は、が初めてだった。



***



何もかもを投げ出して、アスランはアカデミーの自分の部屋のベッドに飛びこんだ。
まだ数ヶ月しか馴染みのないベッドなのに、家のベッドよりも身体が馴染んでいる。
「はぁ・・・。」
久しぶりの休暇は、なんというか、身体も心も休まらない休暇だった。
いろいろと。


婚約は本当に告げられて。
そのままクライン邸に挨拶に行き。
ピンクのお姫様と、紫色の髪の子供の話を・・・。
って、どうして話がそこまで飛躍するんだ?!

ぐるぐるぐるぐる。
自分の身に起きたとは思えないことばかりを思い出す。
目を閉じてやっぱりアスランが「うーん」と唸っていると、すぐ近くに人の気配を感じた。
「?」
人の気配に目を開けると、アスランの本当に目の前に笑顔のがいた。
いや、むしろあまりに近すぎて、アスランにはの目しか見えていなかった。

「なっ・・?!なっ、に?」
アスランのベッドの端に、ちょこんと両手をかけて、にこにことはアスランをのぞきこんでいた。
「アースラン。休暇どうだった?私はね、レイのチーズケーキ食べて、ラウとチェスやった。大満足!アスランは?」
「・・・・俺?」

にこにこと、いつもとまったく変わらない様子の
その顔を見てアスランはようやくホッと息をついた。

まぁ、いいか。

アスランはの笑顔を見ながらそう思った。
今はただ、名ばかりの婚約者。
これから本当に婚約して、結婚するのかはわからない。
それなら未来が決まるまでは、誰を好きでいてもいいんじゃないか?
彼女の笑顔がここにあれば、それでいいんじゃないか?
今はまだ、が誰のものになるわけじゃない。
後悔するのは、そのときでいい。


アスランはそんな想いで、の笑顔を追っていた。





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【あとがき】
 やっぱり後悔するの前提なんだね、アスラン(笑)
 彼の落ち所って、ここしか思いつきませんでした・・・。
 マイクロユニット。
 とりあえず全員、何かしらのきっかけをつくってちゃんに恋させようと思っています。