ビリビリと殺気立っていた。
生徒と同じように、教官たちからも同じ殺気立ったものが漂っている。
今日はアカデミーの、各コース対抗大運動会が開催される日だった。
〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.03〜 〕
定番の100メートル走。
玉入れ。
借り物競争。
騎馬戦。
その他にさすが軍人学校。
爆発物処理競争。
敵基地侵入競争。
雪合戦ならぬ射撃合戦。
(実弾使用だと死んでしまうので、インクを入れた銃弾による)
情報操作競争。
(別名ハッキング競争)
これらの生徒の成績が、その年のコース責任者の教官の評価にも繋がる。
教官たちが殺気立っているのもそのためだ。
パイロットコースでは基本、全種目トップ通過が目標にあげられる。
そこに絡んでくるのが、まず整備士コースによる爆発物解体競争のトップ争い。
機械いじりを得意とするコース分野だけに、これだけは負けられないと全力でこの種目のトップを取りにくる。
そしてCICコースによる、ハッキング競争のトップ争い。
これも情報操作部門を得意とするコースだけに、教官の熱の入れようもただ事でない。
競技開始直前、パイロットコース担当主任教官が生徒達を集めた。
「わかっているな、お前達。」
目が完全にすわっている。
ここは戦場だろうかと思う者までいた。
「パイロットコースたる者、負けることは許されないぞ。」
生徒一人一人の目を見て、教官が告げる。
と、教官の目に飛びこんできた場違いな笑顔。
・だ。
この際もう何でもアリだと、教官はにやりと笑った。
「?」
目が合った途端にその笑いを受けてしまったは、笑顔のままで首をかしげる。
「総合MVPをとった奴には、・から祝福のキスが贈られる!」
「はぁあ?!」
「うおーーーーーぉぁっっ!!」
の奇声は、クラスメートたちの雄叫びにかき消された。
クラスメートたちがギラギラと獣の目になってしまったのを、は気のせいだと思いたかった。
「死守してやる・・・!私がMVPとるんだからっ!」
誰も聞いてくれないので、はひとり気合を入れた。
「大丈夫ですよ、。僕っ・・僕がとりますからっ!」
ニコルが後から声をかけてきた。
が、真っ赤な顔で後半部分のセリフを言うと、あっという間に逃げてしまった。
はその後ろ姿をきょとーん、と見送った。
そのスピードなら100メートル走トップ間違いなしなのに、もったいない。
「優しいなぁ、ニコル。」
その真意はまったくといっていいほどには伝わっていなかった。
***
100メートル走は、6人一組。
なぜか同じ組に並んだ、いつもの顔ぶれ。
「なんでみんな一緒かなぁ?」
足元の土をならしながら、が言う。
チーム戦がほとんどの中、これは個人戦。
ここで決着を早めにつけておかないと、MVP獲得にひびいてくる。
という心理戦などには、まるで気づいていない。
「間違いなくこのグループがトップタイムだから。も速い奴と走ったほうがいいって。」
「祝福の〜、キスは〜、ボクの〜ものぉ〜♪」
ディアッカが言う横で、ラスティがのん気に自作の歌を歌っていた。
「勝手なこと言って・・・・。」
あきれたように、がラスティを見た。
そんなリラックスした雰囲気の右側と対照的に、まったく会話のない左側。
念入りに手首足首をストレッチしているイザーク。
足元を確認して、軽くジャンプをして身体を慣らすアスラン。
スタートの姿勢を確認しているニコル。
(もちろんクラウチングスタート)
周りからは集中力を削いでやろうと、大きな野次が飛んでいる。
「そんなことぐらいで、俺のモチベーションが下がるものか。」
イザークが外野を見て、見下すように言葉を吐き捨てた。
「俺は速い俺は速い俺は速い・・・・」
「念仏でも唱えているんですか?アスラン。うるさいですよ?耳障りです。」
ニコルの身体から黒いモノがにじみ出て、それを目にした外野の野次が一瞬止んだ。
「位置について!」
教官の声に、一斉に引き締まる顔。
「用意・・・・!」
号砲が鳴り、スタートの速さはほとんど一緒で飛び出していく。
「うっわ、異常だよ!」
残り20メートルでラスティが悲鳴をあげた。
「一着、イザーク・ジュール!二着、アスラン・ザラ!」
順位が挙げられて、次にタイムが書きこまれていく。
三着以下はほとんど同着でディアッカ、ラスティ、ニコル、と続いた。
「速すぎ!男子平均、遥かに超えてるじゃん!」
ラスティがのタイムをのぞいて言った。
「でも負けた・・・。」
まだ肩で息をしながらが答えた。
が、その後を走った組の一着のタイムですら、の記録を抜けないのだ。
その前をいった自分達の組の一着二着がバケモノだ。
「どうだ、アスラぁン!」
勝ち誇ったように、イザークが自分のタイムをアスランに突きつける。
アスランは一瞬むっとした顔を見せたが、すぐになんでもない風を装った。
「おめでとう、イザーク。だが競技はまだ始まったばかりだから、足元をすくわれないようにな。」
「なにをぉっ?!」
「まあまあまあ!これからはチーム戦なんだから、仲良くいこーぜ?」
二人の間にディアッカが割って入り、事なきを得る。
「次は玉入れだよー?ダブルスコアで勝とうね!」
タイミングよく、がみんなを呼んだ。
***
爆発物処理競争は、リレー形式で行なわれる。
一人がつまづいてしまうと、そこで競技が止まってしまうというシビアなものだ。
しかも後半になると解体処理物の難易度が上がる。
当然走る順番で、最終順位に影響が出てくる。
そしてその順番を決めるのは生徒自身だ。
ここでひと騒動起きた。
事前の話し合いで決まっていた競技順。
が、MVPをめぐって最終走者を希望するものが続出。
力ずくでアンカーの襷を奪われそうになったニコルが、ついにぶち切れた。
「みなさん、自分の実力をわかって言ってるんですか?」
ニコルの言葉に、一斉に止まるケンカ。
胸ぐらをクラスメートにつかまれながらも、笑顔で言葉を発している姿は『恐ろしい』の一言だ。
最終走者の解体物のレベルは、それまでの物とは比べ物にならない。
毎年コースによってはリタイヤすら出る。
「僕より早くアレを処理できる自信のある人?」
笑顔で問うニコルに、答えられる者はいない。
「平和的解決ですね、すばらしいです。」
胸ぐらを掴んでいた手をフッと振り払い、ニコルは颯爽とスタート地点へむかった。
まだ体勢を直せないでいるクラスメートたちへ、最後の一言を投げ捨てる。
「そうそう。途中で止まったとき、どうなるか・・・。わかっていますよね?」
クラスメートたちは一斉に首を縦に振った。
「わかっていればいいんです。これでこの競技もトップですね。」
ニコルの言葉どおり、爆発物解体処理競争リレーはパイロットコースが圧巻の強さを見せつけて終わった。
ちなみにニコルのタイムは歴代最速だったという。
***
その後もパイロットコースは順調にトップを取り続けた。
タイムや成績においても、ほとんど歴代最高を記録した。
射撃合戦では、アスランとイザークの二人だけで敵コースを全滅。
敵基地侵入競争では、侵入経路確保におけるラスティとディアッカの活躍が目立った。
そしてCICから挑まれるハッキング競争。
圧倒的な強さを見せたのが、。
CICコースのパソコンを、次々にウイルスで破壊。
メインコンピューターから、あっという間に情報を盗み取った。
そんな中、借り物競争を前に、妙なウワサが広まった。
どうやら、借り『物』、ではないらしい。
借り『者』であるのではないかというのだ。
しかも。
「好きな男って書いてあったぜ?!」
ウワサはあっという間に広がる。
どうやら準備を手伝ったという生徒が、見てしまったらしい。
しかも各コースで、一度は必ず置かれるらしい。
ということは、パイロットコースでそれを引くのは・・・。
「男って限定されてるんだから、に当たる!」
一同騒然となった。
何の因果か、この競技で最終組に走ることとなった。
ウワサはこの最終組の直前になって、あっという間にパイロットコースに広まってきた。
「さて。は誰を呼ぶだろう?」
ラスティが腕組みをして楽しそうに笑った。
「よもや、自分だとでも思ってるんですか?」
ニコルが冷ややかな目で言った。
「?なにしてるんだ?アスラン。」
ディアッカが急に横でストレッチを始めたアスランに声をかけた。
「いや、いつでも走れるように。」
当然のように答えたアスランに、呆れてものが言えないディアッカだった。
「クルーゼ隊長やらレイやらを探しに行かないことを願うばかりだ。」
半分冗談、半分本気でイザークが言った。
そんなことをされたら、この種目を落とすことにもなる。
スタートの合図とともに、一斉に走り出す。
予想通り(男子の中でも)が一番に置かれている紙を手に取った。
紙を見たは、一瞬の迷うそぶりも見せずに顔をあげた。
が見た方向には、いつものメンバーの顔ぶれが勢ぞろいしていた。
すでに一歩ふみ出していたアスランを、ニコルが止めている。
あっという間にがやってくると、大声で叫んだ。
「イザーク!!」
突き刺すような周りの視線と、予想もしていなかった事態にイザークは息を飲みこんだ。
が、何かを考えている余裕もない。
何しろこれは競争なのだ。
「早くしてっ!」
の声に弾かれるように前に進み出るイザーク。
「ほらっ!」
がイザークの手を握る。
駆け出す二人。
残された者たちは複雑な心境で見送った。
「あーあ、どうしよう。ボク次の射撃の授業で的を間違えちゃうかも〜。」
「間違えて撃つなよー?撃つのは的。」
ディアッカが言いながらも笑っている。
が、ラスティとディアッカの言葉はまだかわいいほうだった。
アスランの頭の中では、回路がカタカタと出来あがっていた。
このペットロボットは夜中にイザークの部屋に侵入してイザークを・・・。
「最後は武器だな。」
小さくつぶやいたアスランの言葉に、隣のクラスメートが震えあがった。
ニコルの口づさむメロディー。
それはかつて悪魔が演奏したという魔のメロディー。
かなりダークにほほ笑むニコルに、今日胸ぐらをつかんでしまったクラスメートは泣き出した。
「わーい、一着!」
一位の旗を握りしめて、がぴょんぴょんと跳ねていた。
イザークはそんなを唖然として見ている。
なぜ、自分?
は俺が好きなのか?!
MVPは取る気満々だったイザーク。
が、それは勝負事は負けたくない(特にアスランに)というイザークの強い気持ちから。
別にのキスがもらえることで奮起したわけではない。
(少しはあったかもしれないけれど。)
それなのに、予想もしていなかった借りモノ競争でのイザーク指名。
知らなかった。
が自分に好意を寄せていたなんて。
「・・・。そのっ・・俺、は・・・。」
そう考えてしまうと、高鳴りだす心臓。
悪い気なんて、当然しない。
は自分ともタメを張るほどの実力者で、自分より優る点もある。
そして、かわいい。
「突然でごめんね、イザーク。イザークの組も終わったばっかりだったのにねー。」
「あ、ぅ・・・い、いや。」
「でもイザーク以外にはゼッタイ考えられなくて。」
そう言いきられてしまうと、もうなんと返していいのかわからない。
イザークは真っ赤になるのを隠すように、手を顔に当てた。
すると。
「だって、『髪のキレイな人』だよ?!イザーク以外いないよね!」
「は?」
一瞬イザークの頭が考えることを拒否した。
今、はなんと言った・・・?
「アスランは剛毛だし、ラスティとディアッカはくせっ毛。ニコルは天パだから。」
イザークの思考が停止した。
はイザーク自慢の髪の毛に触れる。
「ほら!こんなにサラサラ!」
ガラガラとイザークが崩れていくのにも気づくことなく、は無邪気に喜んでいた。
その後に行われた、最終競技の騎馬戦。
ここぞとばかりに憂さを晴らすイザークが大活躍。
今年もパイロットコースが全種目トップで終了した。
そしてパイロットコース全員の最終目標、MVPは。
「そんな設定はない!」
と、大会責任者により一喝された。
次の日、最初にMVPの話を持ち出したパイロットコース主任教官は左遷させられていた。
アスランたちにとって、親の七光りを初めて使った、新しい一日となった。
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【あとがき】
完全に楽しんでいます。(苦笑)
まだまだ、オイシイ思いはさせないよ?イザーク。