「・。客人だ。」
いつものように談話室でイザークとチェスを打っていたに声がかかる。
ただの客人がこんなところに入れるはずがないので、全員の視線が教官にむけられた。
教官のとなりには白の軍服を着た仮面の男が立っていた。
ザフトでは白の軍服は隊長クラスだ。
全員がその仮面に不信感を持ちつつも、慌てて敬礼をした。
その中でだけが、嬉しそうに彼に飛びついた。
「ラウっ!」
ラウ・ル・クルーゼは口元に笑みを浮かべてを受け止めた。
「やあ、。久しぶりだね。」
〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.02〜 〕
は自分の部屋へクルーゼを誘ったが、クルーゼは時間がないからここでと談話室に腰かけた。
緊張した空気が流れる中、だけはいつもよりも嬉しそうにはしゃいでいた。
「ちょうど軍務がここであったものだからね。それならの顔を見ておこうと思ったのだが、お邪魔だったかな?」
チェスを打っていたイザークのほうを見やりながら、クルーゼが言った。
「いえ!そのようなことはありません。」
めずらしく顔を高揚させてイザークが答える。
「この時間はいつもイザークとチェス打ってるんだ。」
「そうか。では今度の休暇にはぜひ私とも再戦してもらいたいものだな。」
足を組みかえながらクルーゼが言うと、とたんにがむくれた。
「ラウの休暇は当てにならないー。」
「おやおや、言われてしまった。」
クルーゼはそこでの周りを見まわした。
5人に緊張が走る。
「君たちのことは、いつもから聞いているよ。」
クルーゼの言葉に慌てて椅子から立ちあがる5人。
クルーゼは楽しそうに口の端を吊りあげた。
「パイロットコースには、ひとりが女子で入学と聞いて心配していた。が、君たちがいてくれて心強い。」
「はっ!・・いえっ」
緊張した返事を続ける5人に、クルーゼはにこやかに歩み寄る。
「そんなに緊張することはない。私こそ君たちの親御さんにはお世話になっているのだから。アスラン、それとイザーク。」
「「はっ!」」
「夜にはザラ議員とジュール議員ともが出席する食事会に招かれていてね。君たちが息災だったと伝えておくよ。」
「「ありがとうございます。」」
一言一句、そろえたようにイザークとアスランの声が揃った。
クルーゼはを振り向くと、の頭に手を乗せた。
「それでは私は、これで失礼する。」
「うん。きてくれてありがとう、ラウ。」
目を細めながらが言った。
「そうそう、レイも心配していたよ。たまにはメールくらいしてあげたらどうだ?」
「えー。だってレイのメールひどいんだよ。『そうか』とか『わかった』とかそれで終わりなんだから。」
ラスティが小さく吹き出して笑ってしまった。
ディアッカにつつかれて、慌てて顔を取り繕う。
「ならば、私からレイに、もっと気の聞いた内容でメールするように伝えておこう。」
「うん。そうして?」
クルーゼの手がの頭を離れると、はぎゅ、とクルーゼに抱きついた。
「・・・死なないでね、ラウ。いなくならないでね。」
クルーゼの身体に隠れて、すべてのの表情は見えない。
それでもその場にいた者は、のその表情にくぎ付けになった。
いつも笑顔でいるの、初めて見る表情だった。
「大丈夫だ。約束しよう。」
はクルーゼの姿が見えなくなるまで、その表情のまま見送っていた。
「すっごいじゃーん、。あのラウ・ル・クルーゼと知り合い?」
クルーゼを見送って戻ってきたに、ラスティが言った。
「クルーゼ隊長といえば、先の世界樹攻防戦でネヴィラ勲章を受勲されていたな。」
めずらしくイザークが感嘆の声をあげる。
「ただごとじゃないよなぁ、アレは。まさか恋人?」
ディアッカの言葉に、なぜかイザークにはレイの顔が浮かんだ。
どちらかといえばアッチが恋人なはず。
そういえばさっきの二人の会話にもレイの名前が出ていた。
そんなことを考えていたイザークだったが、はあっさり答えを返した。
「ちがうよ。ラウは家族。」
家族?
誰もが同じく感じた疑問が、の次の言葉にかき消される。
「あ、忘れないうちにレイにメールしておかないと。」
そう言い残しては自分の部屋へ帰ってしまった。
残された者たちは、そのの言葉に顔を見合わせた。
「本命は、そっちか?!」
***
その日は、めずらしく夜に雨の時間があった。
夕食を終えたあと、いつものように談話室に集まっている中に、の姿がない。
チェスの駒を並べながら、イザークがいらいらと膝を叩いた。
「おいっ!は何をやってるんだ?!」
次にどんっ、と叩かれたテーブルの上では、ニコルの紅茶が跳ねあがった。
「八つ当たりしないでくださいよ!」
いい迷惑です、とつぶやいてニコルが口元へ紅茶を運んだ。
「約束してるわけじゃねぇしなぁー。ひとりになりたい日もあるってこと?」
ディアッカがラスティに振る。
「もしかして本命と盛りあがっちゃってるとか?」
ぱっと目を輝かせてラスティが言うと、ディアッカがたちまちそれに乗っかった。
「お!興味あるな、それ。」
「悪趣味だな。」
つぶやいたアスランの声は、良くも悪くも無視された。
「それなら俺がアドバイスしてやらないとー?はオトコゴコロがわかんないだろ。」
「ディアッカのアドバイスは下半身中心っしょ?だめだめ。」
「うわー、なにお前。俺のことそんな風に見てたわけ?」
ケタケタとラスティとディアッカが笑い声をあげた。
イザークも興味なさげにその会話を聞き流していた。
が、さらに二人の会話は周りを無視して突き進む。
「レイってのも軍人かな?」
「さすがにラウ・ル・クルーゼほどの人物ならわかるけど、一般兵ならお手上げだぜ?」
「いや、おそらく軍の人間ではないはずだ。」
イザークが口を挟んだのは、二人のようにの恋愛に興味があったからではない。
いい加減に、ひとりでチェスの駒をまわすことに飽きたからだ。
アスランとチェスを打つのも、なんだか気が乗らなかった。
半ば暇つぶしに、イザークは二人の会話に参加した。
「なに?知ってんの?イザーク。」
「知っている、というほどのものじゃないぞ?ただ、一度会った。」
「それって、イザークがとぶつかったっていう、入学前のこと?」
ディアッカとラスティが身体をイザークのほうへ向けた。
「ああ。はぐれたが探していた相手がレイ、という名前の金髪の男だった。」
「で?なんで軍の人間じゃないって?」
「年が俺たちと変わらなかった。が入学してくるなら、まちがいなく一緒に入学する年だろう。」
イザークの言葉に、ラスティが確信を持つ。
「へーえ。じゃ、やっぱりレイが本命っしょ!」
言うなりラスティは立ちあがる。
「なら、善は急げってね。」
ディアッカもそう言って腰をあげた。
「は?お前たちどこへ行く気だ?」
急に話を切られたイザークが、ぽかんとして二人を見あげた。
「レイは金髪。ってことは、ラウ・ル・クルーゼの弟とみた。」
「そのラウ・ル・クルーゼを家族だとは言ったよな?」
「つまり、二人はそういう関係なんだよ。」
えっへん、とでも言いたげにラスティが胸を張る。
「それならなおさら、ボクたちがメールのアドバイスをおくらないとね。」
「いい迷惑じゃないのか?」
とか言いながら、アスランまでもが立ちあがった。
「貴様までも・・・。悪趣味は一緒だな!」
イザークが吐き捨てると、アスランはまじめな顔で言った。
「もし熱でも出てたら、動けないでいるかもしれないだろう?」
「あぁ!そういうこともありえますね。」
ニコルがアスランに続いて席を立った。
コーディネーターはもともとが丈夫なだけに、いざ発熱すると一気にクルことがある。
イザークはちっ、と舌打ちをするとそれでも4人のあとを追って立ちあがった。
***
「?待ちくたびれたから、きちゃったよー?」
ラスティがの部屋のドアを叩く。
返事がないままの部屋。
ラスティとディアッカが顔を見合わせた。
「やっぱり、なにかあったんじゃないのか?」
アスランが二人を押しのけてドアの前に立った。
「?なにかあったのか?」
ノックをするアスランの横で、ラスティがドアノブに手をかけた。
ドアは難なく開いてアスランたちを招き入れた。
「開いている?」
イザークがずい、と前に出る。
真っ暗な部屋の中に、がいた。
壁際に背をつけて、身体を丸めて座っていた。
「どうしたんですか?!!」
ニコルが戸惑うことなく部屋の中へ飛びこんだ。
残りの者もニコルに続いた。
アスランがのおでこに手を当てる。
熱はない。
「なにかあったのか?」
が顔をあげて、みんなの顔を見回した。
「ディアッカ・・・?」
「おぅ。」
「ラスティ?」
「うん、いるよ。」
「ニコル・・・。」
「はい。」
「・・アスラン。」
「大丈夫だ。」
「イザーク。」
「ちゃんとここにいる。」
全員の名前を呼んで、言葉を交わして・・・。
は大きく息をはいた。
「暗い夜に降る雨が、きらいなの。」
いたって真剣な顔でが言った。
「そんなことで?」と聞ける状態ではなかった。
の顔が、本気で怯えていた。
「なにか、嫌な記憶が?・・いや、言いたくなければ・・・。」
アスランが問うと、は首を振った。
「その逆なんだ。」
「逆?」
はラスティの言葉にうなずいた。
「うん。・・・・記憶、ないの。」
は自分のひざこぞうに顎を乗せて、、ぽつんぽつんと話し出した。
「ラウは家族。・・・言ったよね?それから、レイって家族がいる。・・イザーク、会ったこと覚えてる?」
「あ・・あぁ。マティウスでが迷子になったときに、探した相手だな?」
「うん。ラウと、レイと、私。三人で家族。・・・7年前から家族。」
「7年前?」
「目を覚ましたら、ふかふかのベッドの上で、ラウが私をのぞきこんでいて、レイが傍らで眠ってた。
ラウが言ったの。『今日からここがの家だよ。私たちは家族になった』って。その前の記憶が、なんにもないの。
ラウは『人は忘れて生きることができる種族だから、気にしなくていい』って。
昔は何度か記憶のことを聞いたけど、そう言われ続けてもう聞くことはしなくなった。
・・・でも、こんなふうに暗い夜に降る雨を感じると、身体中が拒否する。」
もう一度自分のひざをきゅ、と抱えてが言った。
「いつも、こうやってひとりで?」
ディアッカの問いには頭を振った。
「レイがいてくれた。・・・レイ無口だから、何かを言ってくれるわけじゃないんだけど。
おんなじ様に壁にもたれて、隣に座ってくれてた。」
「馬鹿か、お前は!なぜ俺たちを頼らない?!」
「ちょっとイザーク、なに怒鳴りつけてるんですか?!」
ニコルが小声で、けれど怒り口調でイザークに言った。
イザークはそんなニコルも一喝した。
「怒鳴って当たり前だ!なぜお前らこそ怒らない?!俺たちはそんなに頼りないか?!見くびるな!」
「だからってイザーク、怒鳴るなよ。」
ディアッカがため息とともに吐き出した言葉に、誰もが同意した。
が、イザークにはまったく効かなかった。
「イザーク、もういいかげんにしろ。」
アスランが止めたが、そのあとに聞こえたの言葉に誰もが驚いた。
は笑顔で言った。
「ありがとう、イザーク。」
「え・・えっとお、?」
ラスティが戸惑いがちにに声をかける。
イザークは続けた。
「俺たちはとチェスをするだけの仲間か?俺たちは確かに家族ではないが、それに近い安らげるものにはならないか?」
声のトーンをさっきよりは落として、イザークがに聞いた。
「イザークの言い方は乱暴ですけど、言いたいことは僕も一緒です。」
ニコルがほほ笑んで言った。
「いつでも支えてやるぜ?そのために手ぇ開けてるんだから。」
「いや、それは単にモテナイだけっしょ?」
ディアッカの言葉にすかさずラスティがつっこんだ。
「のことをいえた俺じゃないけど、もっと頼りにしてくれていいから。」
アスランがそう言うと、は嬉しそうに「うん」とうなずいた。
部屋の空気が変わった時間と同じくして、夜の雨が終わった。
***
「よっぽど、辛い記憶なんでしょうか?」
自室へむかいながら、ニコルが誰にともなく問いかけた。
「にそれを聞くなよ。」
ディアッカの言葉にニコルはむっとして言い返す。
「そんなに無神経じゃありませんよ!だいたい、自身が覚えていないことを聞いてどうするんですか。」
「そりゃそーだ。」
自分達の部屋の前まできて、ラスティがドアに手をかけたままつぶやいた。
「、あんな顔もするんだね。」
「笑ってることが多かったから、意外といえば意外、か。」
「お前ら全員『赤』をとれ。俺も必ずとる。」
「は?なに宣言しちゃってんの、イザーク。」
「そうだな。俺も必ずとるよ。」
ディアッカが半目になってイザークに聞き返し、めずらしくアスランが同意した。
「この先、軍に配属されたとき誰かがに付き添えるようにだ。の実力なら『赤』は確実だからな。」
めずらしく見せるイザークの仲間への気遣いに、ニコルがほほ笑んだ。
「はい。僕もがんばります。」
「努力って、ボク似合わないんだけどね。その理由には充分かな。」
ラスティの宣言を受けて、取り残されたディアッカ。
全員の視線を受けて、ディアッカが降参、とでも言うように手をあげた。
「俺はぎりぎりなんだけどなぁ〜。フォローよろしく。」
「しっかりしごいてやるからな!」
イザークが息巻くとディアッカが「げー」と肩を落とした。
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【あとがき】
例年赤服は2人くらいずつがペアで配属されていた。って設定で。
でもその前にラウが権力行使して自分の軍にひっぱる、とは考えなかったようです。(笑)