ぼすんっ
「・・・・。」
「・・・・痛い。」

街角で完全にぶつかった二人は、ゆっくり目を合わせた。
直前で軽く避け合うこともなく完全にぶつかり合ったのは、そこが曲がり角だったから。
身長差からイザークの胸に顔面からぶつかったは、鼻を押さえながら顔をあげた。
キレイな顔に無言で見られているのは、かなりの威圧感だった。

「ごめんなさい。」
「いや、俺も注意が不足していた。すまなかった。」
が素直に謝ると、イザークもすぐに詫びた。
どちらかといえばのほうが飛び出してぶつかったようなものだったのだが。

じゃあ、と別れようとしてはせっかくだからと思い当たり口を開いた。
「金髪の男の子、見なかった?」
「金髪の・・・?いや、見ていないが。」
「そっか。・・うん、重ね重ねごめんなさい。ありがとう。」
そう言って再び頭を下げると、走り出す


「おい、お前が向かっていた方向は逆だぞ!」
「ん?」
イザークに呼び止められてはきょろきょろとあたりを見回した。
「私こっちからきた?」
素直に尋ねられて、イザークのほうが頭をかかえてしまった。

「どこに行くつもりだったんだ?」
思わず聞いてしまったのは、あまりにも相手がわかっていないから。
年頃はイザークと同じ。
それなのに、これは絶対に迷子だ。

「んー、どこっていうか・・・。付き添いで来たから。私マティウスは初めてなんだよね。」
イザークと話をしながらも、はきょろきょろとあたりを見回している。
「いないなぁ。困ったなぁ。」
「迷ったときの集合場所とか、決めておかなかったのか?」
「決めないよ、そんなの。いくつだと思ってんの?」
「それで迷子になってるのはお前だろうが!」
思わずいつもの調子でつっこんでしまったイザークだった。
けれどはそれで気を悪くすることもなく、あぁ、と納得した。

「じゃ、これもなにかの縁だから一緒に探してよ。」
「はっ?なにをぬけぬけと。」
イザークが鼻で笑い飛ばすが、は引き下がらない。
「あなた、右も左もわからない女の子を放り出すほど薄情な人なの?」
「む・・・。」
痛いところを突かれた。
日頃から母親には「女性には優しく」の教育を受けているのだ。
(それが実行できているかいないかは別として)


「〜〜〜探しているのは金髪の男だったな?」
「そう。やったー!助かるー!」
両手をばんざーいと広げて、飛び跳ねる
そのままぴょんぴょんと飛び跳ねてイザークの腕につかまる。
「おい?!」
「早く早く!」
そのままの勢いで角を曲がったそのとき。

ぼふんっ、と顔から人に体当たりをしたに、イザークは目を丸くした。
自分のときとまったく同じパターンだ。

「なにをしているんだ、。」
驚いたことにぶつかられた相手は、そのまま彼女を抱きとめて、さらに彼女の名前を呼んだ。
そして、彼女が腕を掴んでいる相手であるイザークを、かなり冷たい目で一瞥していた。

金髪の男・・・?
探していたのは彼氏か?!

兄妹かなにかだと思っていたイザークは、年頃が同じだったの探し人に一瞬たじろぐ。
それに気づくことなく、はレイに状況を話していた。
「レイ、この人が一緒にレイを探してくれるところだったんだよ。」
「そうだったのか。」
冷たすぎる視線を、かろうじて元に戻して(それでも十分無機質)レイがイザークを見た。

「お世話になりました。」
「あ・・あぁ。」
顔色一つ変えないレイに、屈託なく笑うが不釣合いだった。
「今度はちゃんと集合場所を決めておくんだな。」
それでも最後ににそう釘をさして、イザークは背を向けた。

「あ!ねぇ!私、。あなたは?」
「・・・イザーク・ジュールだ。」
振り向いたイザークに、最初から変わらないの笑顔がやけに焼きついた。
「どうもありがとう!イザーク!」

それはイザークにとって、迷惑な気持ちが残る、たわいのない出来事だった。
まだ、このときは。










〔 痛いほどに綺麗な 〜PHASE.01〜 〕










「・・・また寝てますね、。」
ニコルが右斜め前の席を見て、あきれたようにつぶやいた。
「アイツは理論部分は捨ててるね。ま、ライバルが少ないに越したことない。」
ディアッカがくっくっと笑いながら言った。
さっきから隣の席のアスランが、教官に気づかれない程度に肘でつついている。
が、が起きる気配はまったくない。

「ま、実技のあとの講義だからねぇ〜。仕方ないよねぇ。」
ボクも眠いしー、とあくびとともにラスティがつぶやいた。
こんなときの教官の声は、どうして子守唄に聞こえるのだろう。

そのとき、スパーン!と空気を切り裂く音とともにの頭に落雷が落ちた。
毎度の事ながら、ニコルが言った。
の頭が変形したら確実にイザークの責任ですね。」

丸めたノートで綺麗に頭を叩かれ起こされたは、ぼーぉっとして辺りを見まわした。
アスランとは反対の席でイザークが怒り爆発だった。
「きちんと講義を受けろ!ばかものォ!」

の頭を叩いた音とイザークの罵声で、講義は完全に止まっていた。
「イザークもその邪魔してるんだって、いつになったら理解するのぉ〜?」
ぶしつけにあがったラスティの言葉に、教室からは失笑が漏れた。
「なっ?!」
が目をこすりながらイザークを見て言った。

「だめだよ、イザーク。授業中。」
「お前がそれを言うか?!、きさまぁ〜・・・!」
ぎゃあぎゃあと続く大騒ぎに、アスランはひとりため息をついた。
「いい加減気づいてくれ、イザーク。お前が一番大変なんだ。」
火に油を注いだその言葉は、その日の講義を台無しにした。



***



Z.A.F.T軍の士官学校、アカデミーでとイザークは再会した。
入学審査で適合パイロットコースとなり、意気揚々と入室したイザークは目の前の光景に唖然とした。
教室に出来ている人垣。
その中心にがいた。

「あー!イザークだぁ!」
人懐っこい笑顔でイザークに手を振るを見て、人垣が崩れていく。
おそらく判断を先走った何人かが、イザークの後ろにあるものを知って離れたのだろう。

「何?イザークと知り合い?話し早くていいじゃない。」
よく見知った顔がの隣で声を弾ませた。
「あいかわらずだな、ディアッカ。お前はここにナンパでもしにきたのか?」
「まさか。」
肩をすくめながらひょうひょうとディアッカが答えた。

はなんでこんなところにいる?」
「え?ナンパしにきたわけじゃないよ?」
きょとんと答えるに、ディアッカが堪えきれずに声を出して笑った。
「ばっ・・かか!貴様はぁっ!」
イザークがこぶしをフルフルと震わせると、は苦笑いで答えた。

「モビルスーツに乗る勉強をしにきました。」



入学してから、には驚かされることばかりだった。
さすがに入学審査でパイロットコースに選抜されただけある。
最初はとんでもない成績ばかりを残していたが、やがて頭角をあらわした。

水を得た魚。
染みこんでくる水を吸収するように、は柔らかくその身体に教えられたことを染みこませていった。
初めから別格の成績を修めていたアスランとイザークに、勝るとも劣らない。

けれど、一番驚かされたのはの屈託のない笑顔だった。
軍人学校にいるとは思えないほど、はいつも笑っていた。
誰にも等しく、その笑顔を向けていた。



***



「チェックメイト。」
がコトン、と駒を置いて宣言した。
「ぐっ・・!」
イザークが唇をかみ締める。

「あ、またの勝ち?」
ダメ押しをラスティがするものだから、イザークはますます眉間にしわを寄せた。

日課になっているイザークとのチェス。
ほとんどのパターンではが勝ち、そのあとにイザークがアスランに勝負を吹っかける。
うんざり、といった顔をしながらもアスランがそれを断ったことがない。
アスランも何気に勝負事が好きなのだった。

自然と輪になった、6人。
、イザーク、ディアッカ、アスラン、ニコル、ラスティ。
もともと親が評議会議員で知り合いだった5人に、が入りこんだ形なのだが。
就寝前には談話室に集まって、こうしてすごすことが日課になっていた。

アスランとイザークの勝負を、は楽しそうに見守っていた。
チェスをうっているときは、基本無言。
コトン、コトンと小気味いい音を立てて、二人の勝負が続く。

「あ。」
アスランが持ちあげようとした駒を先にが取りあげ、コト、と置いて宣言した。
「チェックメイト!」
ものすごく嬉しそうな顔のと対照的に、わなわなと震えだすイザーク。
アスランはあっけにとられて声も出せない。

〜〜〜っ!き・さ・まぁあぁぁぁっっ!!」
「あ、いけない!勝っちゃった。」
きゃーっ、と子供のようにがイザークから逃げ出した。
アスランは「仕方ないな」というように笑みをこぼしてチェスの後片付けを始める。

「またじゃれてんのか?あの二人。」
ディアッカが持っている雑誌から一瞬だけ顔をあげた。
「今回はの自業自得ですかね。」
ニコルも苦笑いを浮かべながら二人の姿を目で追った。


「おい、モニターつけてみろよ!」
談話室を通り過ぎていくクラスメイトに諭されて、ディアッカがモニターをつけた。
そこに映し出される、暗闇の地球。

「どうしたの?」
「なんだ?」
とイザークも足を止めて、モニターに見入る。

アナウンサーが告げていくニュースに、ニコルが顔を険しくした。
「ニュートロン・ジャマーが散布されました。」

プラントの人々に焼きついた、『血のバレンタイン』
その報復として、プラントが地球にとった対策は核を核で返すことではなかった。
核をつかえないように、封じこめる。
核分裂によるエネルギーの供給を止め、その力を奪う。
ニュートロン・ジャマーは一夜にして核を、持っていても意味のないものに変えた。

そのほとんどのエネルギーを核に頼っていた地球は、日常の生活さえままならない。
ビル街はまるで廃墟のように真っ暗で、その昨日を停止させていた。


「ま、仕方ないんじゃない?」
ディアッカが第一声を発した。
「撃ち合いになるよりは平和的?みたいな?」
ラスティがふらふらと手を振りながら言った。

「・・・でも、兵器だけじゃないんですよ。その機能を止めるのは。」
ひとり浮かない顔のままでニコルが続けた。
「病院には、24時間電力の供給がなければ死んでしまう人もいます。」
アスランがその言葉に顔をしかめた。

「僕が言えたことではないんですけどね。」
弱々しく笑うニコルに、ディアッカが思い当たる。
「ニコルの親父か。コレ、開発したの。」
ニコルはディアッカと目が合うと、「はい」と小さくうなずいた。

「こんなところで言い訳したくないんですけどね、父も、ずいぶん悩んでいました。」
その姿を目の当たりにしてきたのだろう。
その苦悩を、一番近くで見てきたのだろう。
それでも行われたこの作戦に、異議を唱えることも出来ない。
こうしなければまた、いつプラントが核攻撃を受けるとも限らない。

「ニーコール。」
場違いなように、がニコルを呼んだ。
その顔には、いつものように偽りでない笑顔が浮かんでいる。
「よしよし。」
言うが早いか、はニコルのふわふわの髪を撫でた。

「なっ?!子供扱いしないでください、。」
慌ててそらされたニコルの頭に、取り残されたの手。
「なんで?」
はきょとんとしてニコルを見た。
「悲しそうな顔してたよ?傷ついた顔してたよ?だから慰めた。・・・だめ?」
最後の言葉は、ニコルに、ではなく周りの者への確認だった。

イザークもディアッカもアスランもラスティも、誰ともなく目を合わせて確認する。
慰めることは悪いことではないが、アレは確かに複雑だ。
幼い子供が母親にしてもらうのとはワケが違う。

「だめ?」
がもう一度聞いた。
偶然にもその問いかけに目が合ってしまったのはアスランだった。

「あ・・・いや。その・・・慰めることは大切だと・・・思う・・・。?!」
「そうですか。それならぜひアスランにもお願いしますね、?」
成長期の複雑な男心が理解されなかったニコルが、どす黒い笑顔でそう言った。
「え?!どうして俺なんだ?!」
しっかり腕を拘束されてしまったアスランがあたふたと周りに訴えるが、味方はいなかった。

「はーい、アスラン。よーしよし。」
がとても楽しそうにアスランの頭を撫でた。





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【あとがき】
 ヒロインの精神年齢が低い・・・!