〔 風のゆくえ 〕
クルーゼ隊所属、ザフトレッドパイロットのイザーク・ジュールは、
普段身にまとっている軍服ではなく、
スーツ姿の私服で、その容姿に似合いすぎる赤いバラの花束をもって、
婚約者の・の家を訪れていた。
つかの間の休暇。
クルーゼ隊長とアスランは、
ヘリオポリス崩壊の件と、奪取した“G”の報告のため、評議会に出頭。
イザークたちはそのまま“足つき”を追って、ユーラシアの軍事基地“アルテミス”を陥落。
しかし騒動にまぎれて“足つき”をロストしてしまったために、
ヴェサリウスと再度合流するため、プラントに戻ってきていた。
「いらっしゃい、イザーク。時間ピッタリよ。」
車から降りるとすぐに、があらわれた。
「約束したのだ、当たり前だ。」
目を合わせようともせずに、花束をバサっとへ押しやる。
一見乱暴な態度だが、はそれが照れ隠しだと知っていた。
「ありがとう。・・・でも、あたし世話できるかなぁ? 休暇、あさってまででしょ?」
「お前に、じゃない。お前の母上に、だ。」
「あっそーーー。」
・はアカデミーを卒業し、ザフトに軍籍を置く、正真正銘の軍人だ。
現在の所属はクルーゼ隊。
女性ながらもモビルスーツパイロットで、同じく“赤”を与えられたエースだ。
はヴェサリウスに乗艦していたので、
アルテミスを経由してきたイザークより、休暇は長かった。
二人の婚約はごく最近決定されたので、婚約者、とはいっても
お互いにまだ本気でそれを意識したことはなかった。
決定を受けたのも“足つき”を追いかける戦艦の中だったし、
二人は同じパイロットだったから、
すでに他のパイロットクルーと同じように親しい関係だった。
戸惑いの方が大きかったはずだが、
特に反発することなく受け入れられたのも、今までの信頼があったから。
なのだが、悪く言えば二人の関係は、婚約者という以前の
恋人、までも届いていないようだった。
「バラの花束なんて、あたしなんかよりイザークの方が似合うみたい。」
「どこかのデコハゲのように、ハロでも持参しろとでも言うのか?」
の目が一瞬点になり、次の瞬間にはふき出すようにして大笑いしていた。
「やだー、イザークってば、アスランに悪いよ?」
数ヵ月後の休暇で、アスランももちろん婚約者を訪ねることになるが、
その時持参したのはハロではなく、同じバラの花束だったことを、
イザークが知るはずもなく・・・。
「ところで。」
イザークから渡されたバラを花びんに移し、
熱めに入れたダージリンの紅茶を出し、
庭のテラスに落ちついたところで、おもむろにが切り出した。
紅茶のカップを口元に運んだイザークの手が、ギクっと止まる。
切り出したの声は、軍人の声色だった。
「“足つき”、ロストしたんだって?
難攻不落の“アルテミス”を陥落させたまでは良かったけど。
目の前の大きなエサにつられちゃったってワケ?」
あたしならそんな事、絶対にしない!という強い意志をこめて、
は身を乗り出すようにして言った。
「混乱していたんだ、戦場が。戦闘行為によってレーダーは乱れるし。
・・・MSで取り付いてでもいなきゃ、“足つき”を追うのは不可能だった。」
もう過ぎたことだと、イザークはあっさり答えた。
「へぇー。イザークでも、そんな判断するんだ? 不可能、だなんて。
天上天下唯我独尊、のイザーク・ジュールが。」
「責めてるのか、あきれてるのか、バカにしたいのか、はっきりしろ。」
「別にー。ロストしたのはイザークのミスじゃないし。・・・ってか、艦の仕事でしょ?
MSに乗ってたら、イケイケ戦闘モードだもん。」
「何が言いたい?」
片眉をつり上げたまま、会話を続けたイザーク。
これがアスランやディアッカ相手なら、とっくに会話は終了している。
“何が言いたい、貴様ッ! プッチーン!”と。
「うん。イザークが艦にいたらよかったのにねって、思ったの。」
「はァ?」
さすがにこんな意見が返ってくるとは思わなかったイザークは、
目の前でにこやかに笑うを、まじまじと見つめた。
「イザークが艦に残ってたら、絶対ロストしなかったと思うんだよね。
そういう状況判断力が、イザークにはあるよ。」
「・・・・仮にあったとしてもだ、俺は艦には残らん。
これから先“白”を着ることになっても、俺は出る。」
「言うと思った! じっと戦況を見守るなんて、イザークにはできそうにないもん。
指示出すのも、MSからって方が、イザークらしい。」
「、矛盾して聞こえるのは俺の気のせいか?」
イザークが両眉をつり上げ始めたので、はただ、ニコっと笑うだけを答えにした。
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