父の名で差し入れされた日用品。
その箱を前に、キラは狂気の笑みを浮かべた。
家を守り、家族を愛さない父が、ただこんな物を差し入れるはずがない。
〔 必然の出逢い 〕
SCENE:20 −遺言−
箱に埋め込まれるようにして、忍ばせてあったそれ。
見つけたキラは、ただ、笑った。
エリートから外れた自分に、父は自分で責任をとれというのだろう。
「滑稽だよね。そんなに自分が大事なんだ?」
短剣をスッと指でなぞると、赤いしずくが伝った。
キラはそのまま短剣を、首すじにあてがう。
『 は、キラを愛していた。 』
イザークの言葉が脳裏をよぎる。
イザークと、もっと話をしていたら、この運命は変わっていただろうか?
感情をそのまま伝えてくる彼が、うらやましかった。
に愛されている、彼になりたかった。
『 そんなことで、が救えるのか?! 』
いつも自分を心配してくれていたアスラン。
のことも、キラのことも考えていてくれていた彼が、自分の想いを殺していたことはわかっていた。
アスランが支えていてくれたから、自分は今まで生きてこられたと思う。
そのアスランに、お礼の言葉も、お別れの言葉も、言えなかった。
「僕は、・・・・・・に逢えるかな・・・・・・?」
キラの正気を失った目から、ひとすじ涙がこぼれた。
もう、の笑顔しか見えない。
。君のところにいこう――――・・・・・。
の言葉を聞いて、キラが部屋を出て行くのを気配で感じた。
“キラ”の最期を知って、はまた自分を責めた。
あそこまで“キラ”を追い詰めてしまったのは、自分のせいでもあるのだ。
目が見えなくなったのは予想外だったが、は意外に自分が落ちついていることを認めていた。
あとから軍医を連れてきたアスランのほうが、よっぽどうろたえていたほどだ。
軍医の話では眼球にキズや異変はないとのことで、原因は不明とのことだった。
精密検査も進められたが、にはその理由がなんとなくわかっていたため断った。
目に見えるものが、すべてではないのだ。
今の自分も、昔の自分も、心で感じる。
が、あの人から教わったことだった。
診察が終わり、アスランも不安げに部屋を出て行った。
ひとり残されたは、ゆっくりベッドに身体をあずけた。
気持ちを落ち着けながら、意識をたぐり寄せる。
記憶も、残像も、まるで夢のようにの中に流れこんでくる。
キラの死の翌日。
連邦軍に『星一号作戦』が発令された。
時代の流れは、明らかに連邦軍へと傾いていた。
そしてキラの死により、ジオンの内部にも衝撃がもたらされた。
死の淵より、最期に届けられた文書。
明らかにキラの肉筆で綴られたそれは、最後の黒幕とのやりとりだった。
記されていたのは、イザークの結婚相手の親の名だった。
ザビ家の側近による裏切りを、明確に記したそれは、政局を揺るがせた。
事態を知ったイザークは、内から湧き出てくる想いに、身体を震わせた。
「まさか・・・・、キラ・・・・。」
こうなることを、見越していたというのか。
裏切りが明るみに出て、家のつながりはただちに撤回された。
関係を今疑われてはこちらの命がないと、エザリアが判断したためだった。
自由の身になったイザーク。
キラが、スパイとして加担した結果だった。
極秘裏にイザークが入手したその証拠品の最後には、在りし日のキラの字で、はっきりと書かれていた。
『 すべてはの、幸せのために。 』
イザークの目から、ついに涙がこぼれた。
「お前は・・・っ、こんな方法しか思いつかなかったのか・・・ッ?!」
やり場のない怒り。悲しみ。
理不尽にから離れた自分から、守るようにに寄り添ってくれたキラ。
キラのとなりで笑うを見ることは、正直辛かった。
けれど、が笑っていることに安心をしたのも、事実。
すべての憎しみも、悲しみも、喜びも、思い出も、
キラなら優しく包んでくれるのだろうと、自分を落ちつかせることができた。
自分の命を差し出してまで、のことを想っていたキラ。
それほどまでに・・・・・。
周りが何も見えなくなるほどに、を愛したキラ―――。
助けたい、と思った。
の最後の想い人を、本当に救ってやりたいと思っていた。
けれど彼は命を絶った。
救えなかった。
イザークの心の中に、やりきれない思いだけが残った。
「あいつは、不器用すぎたんだ。」
イザークの手元を無言でのぞきこんでいたアスランが、漏らした。
「そして弱すぎた。・・・・心が。」
「あぁ。だが、アスラン。」
イザークは、アスランの手にキラの遺言ともとれる手紙を渡した。
「俺は、キラの心を救ってやりたい。」
アスランは、手紙とイザークを交互に見た。
イザークの力強い瞳の力に、アスランは物言わずに笑った。
アスランの表情に、イザークも笑った。
出撃していく二人の頭の中で、が笑っている。
寄り添うように、キラの笑顔が見える。
自分たちも、そこへいけるのだろうか・・・・・。
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