「母上に、きちんと話をしてこようと思っている。」
一通り荷物をまとめて、イザークはザフトの寄宿舎をあとにした。
不安げに、それでも精一杯の笑顔で送り出すに、イザークが告げた。

「迎えに来る。今度こそ、を。・・・俺を信じろ。」










〔 必然の出逢い 〕
SCENE:17 −想い−










はまだぼおっとする頭で、部屋のTVのリモコンをいじっていた。
次々にチャンネルを回してみても、の目には留まらない。
あきらめてTVを消すと、途端に静まり返る部屋。

間もなく、ザフトは解散される。
終戦により連合軍と締結された条約には、プラントの平和維持に対する考えが、まず第一項目に挙げられていた。
生まれ変わるザフト。
それがプラントの第一歩。

すでに寄宿舎に残る者は、ほとんどいなかった。
残っているのは、のように家族を失っている者たちばかり。
ここにいまだキラとアスランが残っていることは、いたるところであらぬウワサをよんでいた。
昨日まではイザークまでいたのだから、そのウワサは耳に入らないところでどれほどのものになっていたのか・・・。
想像に苦しむ。


「キラ・・・・どうして? あんなことを・・・。」
の頭の中では、そんな雑踏など無きに等しかった。

昨日告げられた、前世の“キラ”の裏切り。
現世でも軍人として生きるには、“キラ”の行為が理解できなかった。

ジオン公国の独立を目指して、戦っていたはずの自分たち。
それをみすみす妨害して、あまつさえあんなやり方で要塞を落とさせるなんて・・・・。

いくら思いをめぐらせたところで、にその答えが見つけられるわけではなかった。
”が死んでからのことを、が思い出すすべはない。
かといって、キラ本人にそれを聞くこともできないでいた。
あの告白からキラはほとんど自室に閉じこもり、と会っても核心を話そうとはしなかった。

前世の記憶に、囚われたままのキラ。
その記憶を残してしまった原因のひとつが、の死。
生まれ変わってもなお、愛しい人を殺したのは自分だと責めている。

「もう充分だよ、キラ。もう、苦しまないで・・・・。」
“キラ”は“”の、最期の恋人。
想いは深く“イザーク”に残していても、“キラ”のことを新しく愛した“”。

“キラ”の優しさに、救われていた自分。
“キラ”がいてくれなければ、自我を保てなかったことだってあった。
自分が“”であったとき、“キラ”はあんなにも支えてくれていたのに・・・。
現世では自分が支えになれないことがもどかしかった。


部屋の一角に置かれていた写真に目が引かれた。
静かに近寄って、それをのぞきこむ。
そこに写っているのは、イザーク、キラ、アスラン、
アカデミーの赤い制服で、誇らしげに卒業証書を携えている。

何も知らなかった頃。
“戦争”も、“記憶”も。

 『 前世? そんなコト、の口から聞きたくないよ。 』

キラに言われた言葉が、の脳裏に浮かんだ。
本当に、どうして前世なんて思い出してしまったんだろう。

最初はただ嬉しかった。
前世でも愛し合ったイザークと、こうしてまた逢えたこと。
今度こそ想いをひとつにして、新しい二人になれること。

―――けど。
前世と同じように、イザークには婚約の話があって。
キラもまた、前世の痛みを抱えているままで。

こんな記憶、ないほうがよかった。
誰も、なにも、覚えている必要なんてない。
前世の“”がどんな生き方をしていても、自分はもう生まれ変わったのだから。
イザークもキラもアスランも、生まれ変わったのだから。

「こんな記憶、いらないよ。」
の涙がひとしずく、写真に落ちた。


。・・・いるのか?」
アスランの声がして、はあわてて写真を元へ戻し、涙をぬぐった。

ドアを開いた先に立つアスランを見て、は思った。
自分はいつも、アスランに心配させてばかりだ。
前世でも現世でも、さりげなくフォローしてくれる姿は変わっていない。

「どうしたの? アスラン。」
アスランはそのままの部屋に入ってくると、TVをオンにした。

「新議長就任が決まったぞ。シーゲル・クラインは議長の座を降りた。」
「え? そうなの?」
画面をのぞきこむと、シーゲル・クラインが長い黒髪の男性と握手を交わしている姿が映っていた。

「―――イザークの婚約話、なくなるんじゃないか?」
はアスランの言葉に、驚いて顔をあげた。
「エザリア議員が狙っていたのは、シーゲル議長の娘、だからだろう? 議長を降りたクラインに、用はなさそうだ。」

アスランの言葉を聞きながら、それでもは手放しには喜べなかった。
クライン家との婚約が破談になっても、自分は選ばれるような家柄ではないのだから。

「ありがとう、アスラン。励ましてくれて。」
それでもわざわざこれを伝えるために足を運んでくれたアスランに、は感謝した。

「イザークが『信じろ』って言ったんだろ? あいつはウソをつくような奴じゃないさ。」
「アスラン。」
アスランがこうしてイザークを評価するところを、は初めて聞いた。

「昔も今も、不器用だけどまっすぐだ。・・・俺はいつも損な役回りだな。」
苦笑いで付け加えられた最後の言葉の真意もわからずに、はただほほ笑んだ。





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【あとがき】
 前世でも現世でも、アスランは想いを打ち明けることはしません。
 想いを打ち明けて、を困らせたくない。
 がどうやってもイザーク以外に目が向くことはないことを知っているから。