〔 ダブルバランス 〕










「あ。」
「ん?」

昨日の今日で、少し緊張したままホテルのロビーに降りてきた
ロビーで一番に目が合ったのは、ソファに腰かけたユキだった。

「おはよう、ユキ。」
「あ・・あぁ、おはよう。」
少し困ったような顔をしたユキに疑問を持ちながら、はユキの隣に座った。

「あかりちゃん待ち?」
の口元に自然に笑みが浮かんだ。
ユキの気持ちを知って、あかりの気持ちを知って、ずいぶんたった。
まだ小さくしこりは残っているけど、笑顔でこうして話ができる。

そう思わせる不思議な力が、あかりにあったから。
だから、ユキがあかりに惹かれる理由がわかるのだ。
あらためてそんなことを思いながら、はユキの言葉を待った。


「うん。・・・まぁ、そうなんだけど。・・・・・。」
「?」
不思議な沈黙。
にはその理由がわからなかった。
不思議そうにユキを見ているを見て、ユキは深くため息をついた。

「あのさ、・・・・・なんでもない。」
「???」
言いかけて、ユキはまた深いため息と一緒に言葉を飲みこんだ。



なんて聞いたらいいんだよ。



どっちにしろ、まともに聞ける自信がない。
なにせユキは最近ようやく「恋愛」という感情を知ったばかりだ。
はっきり言って、「うとい」。
しかも見たものはユキのレベルに到底あったものでなく、軽く混乱している自覚もある。

ユキの中でと瑛はバイト仲間、という認識でしかなかったのだ。
あんな急展開は聞いてない。








「ユキ、あかりちゃん来たよ?」
に袖元をつつかれて、ユキは我に返る。
エレベーターから降りてきたあかりが、満面の笑みでこちらに手を振っている。
は、リアクションの大きさも彼女の魅力だと思った。

同じエレベーターから、瑛も降りてきた。
瑛の顔を見た瞬間、ユキの心臓が大きく動いた。

昨日の挑戦的な瑛の視線が浮かぶ。
にキスを繰り返しながら、目線だけは挑発的にユキから外さなかった瑛。
あんな目で見られる理由なんてないはずなのに、ユキはあの目線を受け止めるのは自分なのだとわかってしまっていた。
ユキは自分の心臓に「静まれ、静まれ」と訴えた。


「おはよーっ!」
にむぎゅうっと飛びつきながら、あかりが言った。
「おはよう、あかりちゃん。」
突然の抱擁にももう慣れたもので、もあかりの背中をぽんぽん叩きながら答えた。

「おす。」
瑛があかりの背後からに声をかける。
もあかりの右側から顔をのぞかせた。
「おはよう。」
昨日のことなんてなかったみたいに、そのまま瑛とは会話をしている。
二人の間に、前と変わった空気もない。
いつもと変わらない笑顔を浮かべるに、ユキはやはりなんと聞いていいかわからないままだった。


「時間も限られてるし、俺たちはもう行くぞ。」
瑛がそう言っての頭を合図するようにぽーんと叩いた。

「ねぇ、一緒に・・・!」
あかりの横をすり抜けていった瑛の腕をつかんで、あかりが小声で瑛に言った。
実はさっきもエレベーターの中で散々「一緒に回ろう」と言っていたのだ。

まだ「恋人」というわけでもなく、どこかぎこちなさの残るあかりとユキ。
そのくせ、いつも何かのはずみで口喧嘩になる。
そこにと瑛がいてくれれば、違った展開が期待できる。
なにより、「二人きり」ということに過度な緊張がなくなる。
あかりはそう思っていたのだが。

「だからパスだよ。」
瑛もまた小声であかりに言った。
何を話しているのかと、ユキとが瑛とあかりを見ている。

瑛はわざと大きな声で言った。
「ちょっと遠いところに、いい豆仕入れてる店があるんだ。俺とは仕事で行くようなものだから、邪魔するな。」
そう言ってから、瑛はまた声を潜める。
「それに、赤城だって二人っきりで出かけたいに決まってる。」
とたん、緊張で顔をこわばらせたあかりの腕を、励ますように二度叩く。
それは瑛があかりに送る、「がんばれ」という言葉の代わりだった。


「行くぞ、。」
今度こそ、瑛は歩き出した。
もあかりとユキに手を振って、瑛を追いかけた。

「珈琲豆見に行くんだったの?それならそうと昨日言ってくれればよかったのに。」
が隣に並びながら瑛に言った。
瑛は呆れたようにため息をついた。
までひっかかるなよ。フェイクだ。」
さらっと言って振り向いた瑛は、驚いた顔をしているを見て満足げに笑った。

「邪魔されたくなかったんだよ。俺が。」
そう言っての手をとった瑛は、そのままつないだ手に力をこめた。
「ほら。行くぞ、。」




***




「有名処はガヤガヤいーっぱい、知った顔がいそうで行きたくないんだ。」
いかにも古都、といった感の残る小道を歩きながら瑛が言った。

「で、俺が行きたい所って言ったら、やっぱりここかな。と。」
瑛が立ち止まった所には、通りからさらに細く道が伸びていた。
その細い道のところに、表札ほどに小さくお店の名前が書かれていた。
細い路地を入っていくと、古都の街並みにひっそりとなじむようにお店があった。

「いい豆を扱う店があるのは本当だ。ただ、仕事じゃないけどな。」
瑛が扉を開けると、解放されたように珈琲たちの香りが胸に飛びこんでくる。
この香りを「懐かしい」と感じているがいた。


メニューを見て驚いたのは、デザートと珈琲の銘柄がセットになっていることだった。
「この店は宇治抹茶を使ったデザートに力を入れてて、珈琲もそのデザートに合わせてブレンドしてるんだ。」

瑛のアドバイスを受けながら、は抹茶クリーム白玉あんみつ、瑛は抹茶ロールケーキを選んだ。
マスターは「修学旅行でこんな店にくるなんて珍しい」と驚いていた。
瑛が自分の家も喫茶店をやっていることと、将来はバリスタになるんだと話す。
するとマスターは目じりを下げながら「それなら気合いを入れないとな」と言った。

仕事ではない、と言いながら品物が運ばれてくると二人は真剣だった。
珊瑚礁で同じことができるか、と言ったらできないのだが、自然と会話は珊瑚礁でのメニューの話になる。
デザートと珈琲の銘柄をセットにする、というのは珊瑚礁でもクリスマスにやっている。
ひとつひとつがおいしいだけでなく、二つが合わさった時に驚きが出るほどのメニューにしたいと二人は話し合った。
瑛とのあまりの真剣さに、いつからかその話し合いにはマスターまで加わって、いろいろなアドバイスまでしてくれた。
楽しいうえに、勉強になった時間を過ごさせてもらって、瑛とは何度もマスターにお礼を言ってお店を後にした。

歩きながら瑛が言った。
「珊瑚礁をどうしていきたいか、俺もいろいろ考えるんだ。やっと最近、こうしていきたいなって道が見えてきた。」
「へぇ、・・・どんな?」
「まだ秘密だよ。俺の中だけで決まってきたことだから。」
「えーっ!ケチぃ。」
「はっ?!なんだよ、ケチってのは。」
とたんにに振ってくる瑛からのチョップ。

結局珊瑚礁から離れる行動はできなかったけれど、それはそれで楽しかった。
今後につながる話もできたし、まだ早いけれどクリスマスへの意欲がわいてきた。
なにより昨日の今日なのに、「二人でいること」が自然に感じられた。
それがこの日の自由行動の、一番の収穫だったかもしれない。





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【あとがき】
 スチルイベントは無しで。
 本編はやっぱりデイジーのものかなぁって、変な遠慮もあったりして。