〔 ダブルバランス 〕
期待、というより当然来ると思っていた。
来ると思っていたのに、部屋になだれ込んできた女子の中にはいなかった。
「あれ?は?」
聞いてきたユキに、の友人がそっけなく答えた。
「はね学のプリンスが誘いにきたよ。」
はね学のプリンス?
すぐに何のことかわからずに、首をかしげるユキ。
「幼なじみとして気になるだけならほっとけば?そんな簡単な気持ちでをかき乱すのもうやめてあげて。」
「なんだよそれ。だいたいはね学のプリンスってなに?」
「佐伯瑛。通称はね学のプリンス。」
「佐伯くん?」
「そう。意外だったけど、ユキも知り合いだったんだ。」
「知り合い・・・。まぁ、そういえばそうかな。」
「じゃあいいじゃない。は佐伯くんに任せて。」
「いや、でもさ。こういうのってどうなのかな?」
「どうって?」
「ほら。同じ学校のクラスメイトとの思い出づくり、とか?しなくていいわけ?」
「・・・・はァー・・・。頼むよ、はば学王子。」
盛大にため息をつかれて、ユキは顔をしかめた。
さっきから刺々しい物言いの彼女が、どうもひっかかる。
「ユキはさ、と何の思い出をつくりたいの?」
「え、だから、幼なじみとして同じ思い出を・・・。」
「さっきも言ったとおり。幼なじみとしてだけ気にしてるならやめてあげて。じゃあね、私は枕投げの思い出作るから!」
ユキの言葉をさえぎり、そう言い残すと彼女はさっさと戦場へ踏みこんで行ってしまった。
幼なじみって理由だけで、どうして気にしちゃいけないんだ。
はば学の王子さまは、かなり鈍感だった。
とユキはいつも一緒だったから、学校生活の思い出は共通した思い出ばかり。
だから今回の修学旅行も、別の思い出ができることなんて考えられなかった。
自分とあかりのことはすっかり棚に上げて、とユキに別の思い出ができる修学旅行は想像していなかった。
そして幼なじみとして、それは当たり前だとユキは思っていた。
枕投げが始まって、数回はそのまま参加したユキだったが、一向に来る気配のないに業を煮やした。
盛りあがる中抜けるのは後ろ髪を引かれる思いだったが、早くを連れてきてあげないと、という気持ちが勝った。
友人に言われたことも、たいして気にしなかった。
自分は幼なじみなんだから、気にして何が悪いんだ。
逆にそう考えるほどだった。
はば学生が泊まる2・3階フロアから、はね学生が留まる4・5階フロアへ。
4階への階段を昇り始めたとき、人の話す声が聞こえた。
これからユキが昇っていく階段の、ちょうど折り返しのところに人の姿が見えた。
隙間の空いた手すりに寄りかかるように座っているのは、紛れもないだった。
「お・・・・」
おい、と声をかけようとしたとき、の両脇に男の手が伸びてきた。
声をかけるタイミングを逃がした。
なんて思っていたら、の声がした。
「・・・・て・・・る?」
いままで、ユキですら聞いたことのない声だった。
身体が震えた。
なんだ、コレ?
そのまま目は吸い寄せられたようににくぎ付けになった。
「んっ・・ゃあ・・・て・・!」
の言葉は拒絶している。
でも、その声は相手が悦ぶだけのものでしかない。
同じ男であるユキはそう感じた。
動けなかったし、声も出せなかった。
そして、彼の目から目をそらすこともできなかった。
とのキスを続けながら、彼はユキを挑発的に見ていた。
どうして君が、にキスしているの?
ねぇ、佐伯くん。
そのあとは、逃げるようにそこを離れることしかできなかった。
***
「驚いた?」
ようやく瑛がを開放した。
「・・・お・・どろいた・・・。」
放心状態からやっと声を出したに、瑛はいつもと変わらない笑みを見せた。
ユキはもうその場を立ち去っていた。
「だってお前、俺のことあおりすぎ。」
「私のせいなの?!」
目をまん丸にして聞いてくるに、瑛はぷっと吹き出して笑った。
「その反応、ほんっと無自覚だよな。」
「???」
「ばっちーん、とかやられることも覚悟してたんだけど、そんなことしないのがますますいい。」
笑って、ハァ、と一息ついて瑛は話を始めた。
「俺さ、偽りの中で生きてるんだ。誰もこんな俺を知らない。俺も学校でこんな姿見せない。
いつのまにかはね学のプリンスとか言われて、イイ格好しぃのアイドルを演じてた。それがさ、やっと最近例外が出てきた。
本当の俺を、知って、認めてくれるヤツら。
・・・はその中でも特別だったんだ。
だって俺、最初からには俺のままで接してた。
あの雨の日の雨宿り。
素のままの俺に笑顔でありがとうって言ってくれたお前の笑顔に、もう一度会いたいと思った。
その日から、今日まで、これ以上ないほど気持ちが大きくなって、いろんなこと、我慢できなくなった。
が嫌だって言ったから、プリンスだってもうやめた。
俺ははね学で、ははば学だけど、・・・・一緒にいたい。傍にいたい。」
「・・・・瑛くん・・・・。私・・・。」
「うん。が赤城をまだ好きなのはわかってる。すぐに俺だけに気持ちをくれなんて言わない。
でもさ、お前あまりにも俺をトモダチに見てるから。絶えられなくなった。
こんなに俺の気持ちは醜いんだって、知ってもらいたかった。」
「そんなの・・・瑛くん、醜くない。だって私・・・。」
「醜いよ。絶えられないのは俺だけなのに、こうやって俺の気持ちをに押しつけてる。
チャンスをもらおうとしてる。
引く気はないから。
俺は、のことが好きだから。」
まだ困惑した表情を浮かべるに、瑛は言った。
「瑛くん・・・。」
「あー・・。でも、怖がらせてたのは謝る。ごめん。」
頭を下げた瑛に、は頭を振った。
「返事は、の心がちゃんと決まってから聞く。それまでは、トモダチ以上のコイビト未満ってことで。
あ、でも俺の気持ちは押さえる気ないから。」
あのキスを見て、ユキがどう思ったか。
そんな考えが瑛の頭にちらっと浮かんだ。
でも、進んだ以上、引く気はない。
どんなことになっても、逃げる気もない。
それが佐伯瑛だから。
いい加減に消灯時間、と立ちあがったの右手を、瑛がつかんだ。
「明日。」
「ん?」
「自由行動、一緒にまわろう。」
「いいよ。またあかりちゃんとか、ハリーとか・・・。」
「二人で。」
笑顔で提案していたの顔が一気に赤くなった。
瑛はそんなの表情を見て、ぶっと笑い出した。
「おやすみ。また明日な。」
瑛がそう言って手をひらひら振ると、はうなずいて階段を駆け下りていった。
瑛はまだそこに腰かけたまま、の足音が消えていくのを聞いていた。
告げるつもりはなかった。
でも、我慢することができなかった。
人魚のときのように、失いたくなかったから。
なにもせずに、人魚は手放した。
高校生活を開始して、一番に素の瑛を知ったのは人魚。
でも瑛があかりにそれを打ち明けることもなく、店のことで手一杯で。
いつしか人魚は、別の誰かに恋をしていた。
その人魚の恋を応援しようと瑛が思えたのは、他でもないがいたから。
人魚のことはまだ、恋じゃなかった。
を知るほどに、そう思った。
本気で好きになったら、応援なんてできなかった。
自分だけを見てほしくて、傍にいてほしくて。
その口が、他の誰かのことを話すのなんて耐えられない。
恋人でもないのに、激しい独占欲。
それをもてあますことができるほど、大人じゃない。
「好きなんだ。。」
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【あとがき】
瑛りん大暴走っ!!
もう満足です。ごちそうさま。
嫉妬のままに突き進む瑛。若さだね(笑)
こんな恋の仕方はもうできないなー。って、人妻の時点でできないって(笑)