夕食のとき、ユキたちの部屋からたちの部屋にまくら投げ大会のお知らせが回ってきた。
就寝時間におとなしく寝つけるはずもない高校生。
普段夜を過ごすことのない友達と、遊べるまで遊びつくそうというものだった。

「おもしろそう。」
「行こうよ、行こう。」
の友人たちも口々にそう言って、みんな少しウキウキしながら食事の時間を過ごした。

広い広いお風呂に、きゃあきゃあ言いながらみんなで入ったあと、男子の部屋に向かう。
も友達に続いて部屋を出た。
そこへ。

。」
瑛が立っていた。
「佐伯くん?」
一瞬の周りがざわついた。
朝の一部始終を見ていた友人が、の背中を押した。

「行っといで。わざわざはね学エリアから来てくれたんだから。」
「うん。」
友人に手を振って、は瑛の元へ駆けていく。

「どうしたの?」
が聞くと、瑛は少し照れくさそうに視線を外した。
「じーちゃんに電話、しようと思って。珊瑚礁、今日どうだったか。」
「うん。」
「お前も心配してくれてたろ?だからさ、一緒に聞いたらいいんじゃないかと思って。」
「うん!そうだね!」

が嬉しそうにそう言うと、瑛はほっとしたようにに視線を戻した。
部屋の全員が出かけていくのを見て、が瑛の誘いを断るかもしれないと、少し不安だったのだ。
そんな瑛の心配をよそに、は嬉しそうに笑っていた。

瑛とは階段の踊り場に腰を落ち着けた。










〔 ダブルバランス 〕










滞りなく初日の日程は終了。
そして、就寝時間は決められていても、守れるはずのない修学旅行。
あちこちの部屋から、にぎやかな声が漏れ聞こえていた。



夜。
部屋を訪ねてきた女子のグループを見て、ユキは「あれ?」と声をあげた。
見慣れたグループの中に、の姿がなかったからだ。
は?」
至極当然にユキは聞いた。
の友人はそんなユキをじっと見て、言った。

「はね学のプリンスが誘いにきたよ。」









***









「うん。それなら、良かった。・・え?いるよ?・・・わかったよ。」
瑛が自分の携帯電話をに渡す。
は笑顔でその電話を受け取った。
「マスター?すっごく楽しいですよ!」

電話の先は珊瑚礁。
今日の店の様子を聞きながら、瑛はほっと胸をなでおろしていた。
明日明後日は珊瑚礁も休みだし、今日が大丈夫だったなら問題なさそうだ。
ひとしきり二人で総一郎と会話をして、電話を切った。
今日の珊瑚礁が一番の心配事だったから、の顔も瑛の顔もほっとした表情になっていた。


「心配しすぎたかな?私たち。」
電話を切ってから、が瑛に言った。
「じーちゃん前科モノだから、心配しすぎってことはないだろ。」
口は悪かったが、それでもその口調から瑛も安心したのだろうとわかる。
はそんな瑛に、「素直じゃないなぁ」と笑った。

「まだ一日目なのに、すっごい楽しかったなぁ、今日。」
もあかりも鹿せんべいばっかだった。」
「佐伯くんだって本当はあげたかったんじゃないの〜?」
「ウルサイ。」


階段の踊り場の少し下。
消灯時間はすぎているから、すぐには見つからないように姿を隠しながら二人の話は続く。
いつも以上にくっついているから、の腕と瑛の腕がジャージの下で触れ合う。

パジャマ代わりのジャージ。
が着ているのは、はば学ジャージ。
瑛が着ているのは、はね学ジャージ。
違う学校の二人が、同じ修学旅行で、同じ夜をすごしている。
そう考えると、の心は無性にわくわくしてきた。



「ふふっ!変な感じ。」
「ん?」
「だって、なんで私、修学旅行なのに佐伯くんと一緒にいるんだろう?」
「はば学はね学合同修学旅行だからだろ?」
「いや、そうなんだけどさ。そうなったのもすごい偶然だし、こうしているのも・・・なんでかなって、不思議。」

そもそもクラスメイトより、瑛を選んだ自分が、自分でも不思議だった。
今ごろ友人達は男子の部屋で枕投げの真っ最中だろう。
きっかけは『珊瑚礁の今日の様子を聞く』ことだとしても、明日聞いてもよかったことだ。
今日の夜を瑛とすごすことを選んだことに変わりない。

「はば学ジャージに、はね学ジャージだし。」

今、が感じていたわくわくした想いが、瑛にも伝わったらいい。
はまた、違う色のジャージが触れ合っている腕を見て笑った。

「・・・・なんだよ、ソレ。」
楽しそうに話していただったが、瑛の冷たい声に心臓が飛び跳ねた。
今まで瑛の顔を見ずに話をしていたことを後悔する。
瑛は、すごく怖い顔で、不機嫌そうにを見ている。



いつからそんな顔をさせていたんだろう?
別々の高校で、一緒に修学旅行なんてありえなくて、それなのにこうしていられることが嬉しかった。
学校と珊瑚礁はいままで、まったく別のところにあって。
学校という枠の中に瑛はいなくて。
でも瑛とすごしてきた時間は、学校の友達と同じくらい多い。

だから嬉しくて自分の気持ちばっかり話していたから、瑛は嫌になったのだろう。
彼はそんなつもりではなかったのかもしれない。
と、この時間をすごしたかったわけでなく、珊瑚礁の話ができる相手がだったというだけで。

「あ・・えと、・・・ごめんなさい、私・・・。」
じーっとを見ているだけの瑛。
その表情からなにを言っているのかわかるはずもなく、とりあえずは謝った。
なにが原因かはわからないけれど、気分を悪くさせたのが自分なのは間違いないから。

「はば学だの、はね学だの。どーしてだよ。」
「?」
「どうして別にしたがるんだよ。別がいいなら友達と、はば学男子部屋行っちゃえよ。」
「え・・佐伯く・・・。」

瑛の目が怖い。
真剣すぎて怖いと思った。
ただでさえ密着していた状態から、瑛は怒ったようにに近づく。
瑛が近づいてくるのにあわせてはじりじり後退するも、すぐに階段の手すりに背中が当たる。

逃げ場はない。

の顔の両側にある手すりを、瑛は掴む。
顔は近すぎて、それこそお互いの目を見るのがやっとだ。


「一緒じゃダメなのかよ。」
そう言われて、どうして瑛が怒っているのかはやっとわかった。
自分は、はば学。
瑛は、はね学。

そう分けていたことを瑛は怒っている。



そんなつもりじゃなかった。
学校が別で、一緒に修学旅行なんて考えられないこと。
それが実現しちゃうなんて、すごいとしかいいようがなくて。
別にしたかったんじゃない。
別なのに、一緒。を、嬉しく思っただけ。

けど、瑛はそうととらなかった。
がはば学はね学と区別したそのことに、腹を立てていた。




「ちょ・・誤解・・・。」
「ウルサイ。」
「・・・佐伯く・・・。」
「やめろよ。その『佐伯くん』。」
「え・・え・・っ?」
「瑛。」
「えぇっ?!」
「ほら。呼べよ。瑛って。・・・な、?」


驚いての目が開く。
呼ばれた名前。
いつも瑛から呼ばれるイントネーションと、少し違う。
何が違うのかは言葉で言えないけれど、瑛の声の響きがいつもと違うようにを呼んだ。

の心臓が、これでもかというほどバクバクしている。
息遣いまで伝わってくるほどの、と瑛の距離。
聞いたこともないほど甘い、瑛の声。

瑛の顔は変わらず、真顔のままでを見ている。
気持ちが高ぶって、の目にうっすらと涙が浮かぶ。
「ちょっと待・・、さえきく・・・。」
はとりあえずこの状況を何とかしようと、瑛の胸を押し返そうとした。


それは逆効果だったのに。
呼んでしまった名前も、瑛が望むものでなく。
が押し返した行為も、瑛には腹立たしいものでしかなかった。
そんな弱い力で押し返せるものでもないのに。



「呼んでみろよ、ちゃんと。ホラ。」
瑛の吐息がの唇にかかる。
二人の距離に、空気さえも入れなくなる。

「なぁ?。・・・呼んで。」


それはまるで拷問。
甘い甘い、拷問のようだった。


「て・・・る・・・?」
の声がかすれる。
それでも、なんとか声を振り絞って名前を呼んだ。
なぜだかわからないままに、涙がぽろっと零れた。

「そう。よくできマシタ。・・・じゃ、ご褒美。」
待ちきれなかったと、瑛の唇が言った。
言葉ではなく、行為で。

優しくなんかない。
触れるだけじゃない。
くちづけ。


「んっ・・ゃあ・・・て・・!」
一度離れて、また角度を変えて。
声なんて漏らすひまもないほど、瑛はにくちづけた。


最初は抵抗していたの身体から、だんだんと力が抜け落ちる。
瑛の胸に触れていたの手が落ちたとき、その手を瑛が捕まえる。
指を絡めてきゅ、と握りしめる。
くちづけの間に何度も繰り返していると、弱々しくもからも力が返ってきた。
待っていたかのように、瑛の手がより強くの手を握りしめた。






その行為の理由が、にはわからなかった。
ただ、瑛とそうしている間、の頭の中にユキはいなかった。











***










―――会いたかったんだよ、俺が。話したかったんだ。

―――じーちゃんのことは口実だよ。悪かったな。


腹がたった。
はば学。
はね学。
一緒にいることが、不思議?

なんだよ。嫌なのかよ。



『佐伯くん』

アイツは変わらずそう呼ぶ。
変わればいいなと期待していた呼び名。
でも、腹立たしくて変えてくれと思った。



なぁ、
お前反則だよ。
湯あがりでさ、そんでダボっとジャージ着ちゃってさ。
警戒なんてひとつもしないで、俺のとなりにちょこんと座ってる。

どうすりゃいいんだよ、俺。






俺だってさ、そんな余裕ないよ。
もう限界、を決定付けたのは自身なんだ。
だからもう、なにも譲ってやらない。
俺が決めたこと、全部決定。



に俺の名前を呼ばせる。
そしてキス。


考えたらいい。俺のこと。
俺のことだけ。



「て・・・る・・・?」


が俺を呼んだ。
その声にやられた。
俺はそのまま、の唇を奪った。





ヤツと目が合ったのは、そのとき。
信じられないものを見たというように、俺とを見てる。


見せつけるように、俺は何度もにキスをした。
繰り返した。
声なんて出せないくらい。




なぁ、赤城。

なに驚いてるんだよ。


全部お前が。


こうしたんだ。





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