〔 ダブルバランス 〕










「進級祝いをもらったから、これでケーキ買ってきてね。アナスタシアで。」
帰宅するなり玄関で待ち構えていたの母親。
家には母親の妹で、のおばさんが来ていた。

「それなら作るよ。」
当然は言ったけれど、どうやら新作ケーキがおいしいと噂を聞いたらしい母親は譲らなかった。
制服のままUターンさせられて、はアナスタシアに向かった。

しゃれた感じの商店街の中にある、洋菓子店アナスタシア。
毎月新作のケーキが出ることでも有名で、味もはばたき市の中では一番と評されている。
母親から指定されたのは、春の新作「桜のケーキ」。
売り切れていないことを願いつつ、はお店に向かっていた。



***



さん!」

聞きなれた声で聞きなれない名前を呼ばれたのは、そのときだった。
振り返ると、はね学の制服を着た瑛が、後ろからを追いかけてきていた。
ぎょっとしたのはそのすぐ後を見たとき。
瑛の後から、わらわらとはね学の制服を着た女子達が瑛を追いかけてきていた。

「やぁ、さん。今帰り?」
誰?!と聞き返してしまいたくなる瑛のセリフ。
女子の集団は少し遠巻きにして、瑛とを見守っている。
他校の制服を着たに、うかつに近寄れないのだろう。

「私はこれからアナスタシアに・・・。えっと、佐伯くん?」
「あぁ!そうだったね!」
わざとすぎるほど大声で瑛が言った。

は遅ばせながら理解した。
コレは瑛のプリンスモードだと。

瑛は最上の笑顔で女子達を振り返った。
「ごめん、キミ達。」
瑛の声に近づいてくる女子軍。
対照的に、引きつり笑いを浮かべるしかない


「どうしたの?佐伯くん。早く行こうよ。」
の存在を軽くムシして、瑛に声がかかる。
「ごめん、用事があったのを思い出したから、僕は行けないんだ。」
「えぇーっ?!」
一斉にあがる批難の声。
には何がなんだかわからない。
・・・というか、「僕」って誰ですか?と聞きたい。

「あ、こちら、はば学のさん。塾で同じクラスなんだ。ね?」
「へっ?!」
事態についていけず、すっとんきょうな声をあげると、たちまち瑛にニラまれる。
はね学の女子達にわからないほどすばやいその動作を見分けられるのは、日頃一緒にいる時間の長さだろう。
はあわててフォローした。
「うん。そう。同じクラスだね。」


「すごーい、さすが佐伯くん。」
「はば学生と同じなんだ。」
とたんにあがる賞賛の声。
瑛はその声にかまわず話を続けた。

「本当にここで会えてよかったよ。今日の臨時講義、忘れちゃうところだったから。」
プリンススマイルで瑛がに言った。
そしてすぐに女子達に向き直る。
「ということで、みんな、ごめんね?」

瑛がそう結論付けると、諦めにも似たため息が漏れ聞こえた。
「塾じゃ、しょうがないよね。」
「もう3年生だもんね。」
「じゃあ佐伯くん、今度は絶対ね。」
思い思いの言葉を口にして、去っていく女子達。





プリンススマイルで見送った瑛は、その姿が見えなくなるとガラっと表情を変えた。
「あー・・・、まいった。」

「すさまじいんだね、佐伯くん。びっくりした。」
「いやほんっっと、助かった!こっちに逃げてきた俺、正解。」
「あれがあかりちゃんの言うプリンスモードなんだね、納得。」
の声はどこか冷めていた。

「いつもは逃げ切れるんだ。今日はタチ悪すぎ。でも今年は受験にかこつけて逃げれるな、これで。」
「みんなあんな佐伯くんがいいんだ。」
去って行った女の子達の姿は見えなかったけれど、その方向を見たままでが言った。

「私は嫌だな、あんな佐伯くん。普通にチョップしてくる佐伯くんの方がよっぽどいい。」
「なんかそれ、誉められてんだかなんだかよくわからないぞ。」
「誉めてるよ。あんな佐伯くんとじゃ、一緒にいても落ち着かない。」
確かに誉められている部分もあるが、否定されている部分もあった。
瑛は顔をしかめる。

「俺もなんでこんな俺をつくちゃったんだかもうわからないけど、突然止めるわけにもいかないだろ。」
「そんなものかな。私は素のままの佐伯くんばっかりしか知らなかったけど、素直に受け入れられたよ?
 本当の自分を見せて、それで離れていく人たちなんて、ほうっておけばいいのに。」
「なんでは怒ってるんだよ。」
「知らないよ。」

知らないけれど、本当のことだった。
話しているうちに、だんだん腹立たしくなってきた
なんで腹立たしく思っているのか、理由を自分では探れない。
それでも、あの偽りの瑛を追いかけ回している女の子達や、そうつくっている瑛に腹が立つ。
そんなことをする理由が、には必要と感じられない。

「もう私の前でプリンスモート発動なんて止めてね。そしたら嫌いになるから。」
冗談めかしては言い、「じゃあ」と瑛に手を振った。
瑛は「ありがと」とまた小さくお礼を言って、を見送った。

そして、自分が今までしてきたことを改めて、の言葉と一緒に振り返るのだった。





***





その案内を見たときに、一番に心配したのは珊瑚礁のことだった。
その日はバイトの日ではなかったけれど、は瑛に電話をかけてから珊瑚礁に向かった。


「安心しなさい、二人とも。」
心配顔で自分を見る瑛とに、総一郎は笑いながら言った。
「珊瑚礁はスピードを競う接客じゃなくていいんだ。私一人で何とかなるよ。」

「でもじーちゃん。」
「心配してくれるのは、嬉しい。でも、楽しんできなさい。せっかくの機会じゃないか。」
総一郎にそう諭されて、瑛は今日学校から配られたプリントに目を落とす。

「気の許せる人と一緒だなんて、瑛のためにそうしてくれたようなものじゃないか。ねぇ?さん。」
「はい。・・・でもマスター、本当にいいんですか?」
「いいもなにも、私のほうが楽しみですよ。瑛がどれだけ楽しんで帰ってくるのか。」
「なに言ってるんだよ、じーちゃん。」
合わせたわけでもないのに、瑛とは同時に持っていたプリントをテーブルの上に置いた。

『はばたき学園・羽ヶ崎学園 合同修学旅行のお知らせ』
そう掲げられたタイトルの下に、四泊五日の日程が書かれていた。










***










自分が乗る予定のバスに、群がっている女の子たち。
あまりのその数に、は呆気にとられてその様子を見ていた。
女の子の渦の中心にいたのは、まぎれもなく瑛。
あちらこちらからかかる声に、珊瑚礁の店員としての力量を遺憾なく発揮中。
よくぞそこまで、と言うほどクルクルと応対している。


「今日もプリンスモード全開・・・。」
またなぜかイライラする気持ちがに浮かんできた。

「おぉ、すごいね。キテルキテルサエキテル。」
の隣で友人が言った。
「なにそのギャグみたいな名前。」
が言うと友人が言った。

「彼、ウチのお店によく花を買いに来るんだよね。バイト仲間にはね学の子もいてさ。もう彼が来ると大変な騒ぎ。
 仲間内の合言葉がキテルキテルサエキテルなんだよね。・・・んー、でも私は自分を僕って言う人はタイプじゃないなぁ。」
「僕、ねぇ・・・。」
はもう一度輪の中心にいる瑛を見た。
キラキラ笑顔のプリンスモード全開。
口の動きから「僕」と言っているのがわかる。


は頭の中に、珊瑚礁にいるときのと話す瑛を思い浮かべた。
今、目の前にいる姿とは、真逆と言ってもいい。
言葉は乱暴で目つきはキツくて、毒舌。
それでもやっぱりには、珊瑚礁の瑛が瑛だ。
プリンスモードの瑛が瑛とは思わないし、そっちのほうが良いとも感じない。

やがて瑛が視線をあげて、遠巻きに見ているに気づく。
顔が一瞬引きつったのは気のせいじゃないだろう。
は思いっきり冷ややかな目線を投げてやった。




「おお!じゃんかー。」
後ろから声をかけられて振り向くと、ハリーが明らかに服装違反の格好で手を振っている。
あれからも何度かライブに行かせてもらっていて、もすっかりReD:Cro'zのファンだった。

「ハリー!」
振り向きざまに二人はハイタッチ。
制服で会うのは初めてだから、なんだか変な気分だ。
(初対面は制服だったけれど、あれは別で)
ヘン、というのはもちろんウキウキする気持ちが強くて感じるもので、嫌な気はしない。


「あかりから聞いたぞー。お前おんなじバスなんだって?」
「そうなんだよー。学校は違うけど、同じC組。」
「知ってるヤツがいるとなんか面白れぇな。」

合同、という名目上、両校の交流が最大の目的になっている今回の修学旅行。
ちょうどA〜E組まで両校ともクラスがあり、同じ組でバスを一緒に乗ることになっていた。
両校とも少人数制クラスが生きた形だ。


「なぁなぁ。お菓子は手作り持参だろー?俺超楽しみにしててさ!」
「絶対言うと思った。遠慮がないんだから、ハリーは。」
「うひひひひ。」
「オッホン!」
強い咳払いがひとつ。
すっかり忘れ去られていたようなの友人から発せられた。

「「あ。」」
二人は同時に彼女を見た。
またその表情がおかしくて、友人が吹き出して笑った。

「なによ、。はね学に友達いたの?」
「あ、うん。ごめん、彼は針谷幸之・・・」
「ハリーだ!」
フルネームを教えようとしたを、ハリーの大声がさえぎった。
相変わらずの自分のフルネーム嫌いぶりに、は苦笑いを浮かべた。

「ReD:Cro'zってバンドでボーカルやってる。は俺のファンだ!な?」
「んー、そう断言したら井上くんに悪いし。ReD:Cro'z全体のファンってことで。」
「お前な、こういうときくらいそう言えよ。」
「あぁ、イノのバンドのメンバーなんだ。」
なんとなく繋がった、と友人が相づちを入れた。

「結構大きく活動してるんでしょ?バスの中のカラオケ、期待してるよ。」
「サンキュ。楽しみにしてろ!」
ハリーの自信満々の様子に、たちはまた大声で笑った。
「私もバイトの友達いるし、部活やってる子たちも知り合い多いみたいだし。結構楽しそうだよね、合同修学旅行。」
友人の言葉に、とハリーは大きくうなずいた。





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【あとがき】
 この連載で一番やりたかったのがこの合同修学旅行です。