〔 ダブルバランス 〕










「ライブの日、見た?」
「うん。再来週の日曜日。」
「珊瑚礁も休み、か。・・・、その日予定は?」
「なんにもないよ。珊瑚礁開けるの?」

(もしかして、なんてことひとつも考えてないんだろうなぁ。)
瑛は心の中でぶつぶつとなげいた。

仕方ない。
の頭の中ではユキとあかりがいっぱいいっぱいだ。


「開けないよ。お前、家に一人でいたら余計なことばっか考えるだろ?その日。」
「・・・たぶん。」
が苦笑いで答える。
「だからさ、その日は俺に付き合え。」
「ん?」
いまいちわかっていない様子のに、瑛が念を押す。
「その日、は俺とデートだ。決定。拒否権なし。」





***





「まだ寒いから嫌だ!」と抵抗する瑛をあっさりムシして、が指定したのは森林公園。
「春の桜が咲く前の雰囲気もいいんだから」と押し切った。
もちろんそれにはがお弁当を作る、という条件あってのことだったけれど。

待ち合わせ場所についた瑛は、の格好を見てまた複雑な思いをかみしめた。
今回の服装も、ばっちり瑛の好みを押さえていた。
の服装は最近もっぱらユキの好みに合わせたものと前に聞いた。
つまり、瑛とユキの好みは似ている、ということになるのだろう。
あながち否定できない自分が嫌だ。


「思ったよりあったかいな。よかった。」
「佐伯くんが最後まで寒いのヤダって駄々こねるから、あったかいお茶も用意してきたのに。」
「いや、弁当には冷たいお茶よりあったかいお茶で正解だろ。」
「そうなの?」
「そうなんだ。・・・・うまい。」

特別甘い雰囲気があるわけじゃない。
それでも、自然体のままでいつもどおり会話が進む二人。

「いよいよ3年生かー。なんかあっという間。」
「そうか?俺は早く卒業したい。」
「佐伯くん、卒業したらどうするの?・・・あ、嫌じゃない範囲でいいけど。」

踏みこんで聞きすぎたかと付け足して訂正するに、ごろん、と寝転がって瑛が言う。
「いまさら他人行儀なこと言うなよ。本当は珊瑚礁に専念したいんだけど。経営していくのにも資格とかあったほうがいいだろうからな。とりあえず一流。」
「あ、一緒だ。私も一流大学志望なの。栄養学やりたいんだ。」
「へぇー。・・・いいよな、大学って。やりたい勉強が自分で選べてさ。高校ではナニがナニに役立つのかわかんないけど、大学の勉強って明確でいい。」

言うだけ言うと、瑛は目を閉じた。
食べてすぐ寝たら牛になるのに、とは笑った。
牛になる佐伯瑛は想像も出来なかったけど。


瑛の寝顔を見ながら、は思った。
問題を起こさないように、自分をつくって演じて、高校生活を過ごしているという瑛。
あかりも言っていた、まるで別人のような高校での瑛。
それがどんなものか少ししか見たことはないけど、「早く卒業したい」くらい自分でも嫌なのだろう。

「嫌ならやめちゃえばいいのに。」
偽りでない佐伯瑛を、受け入れない人には受け入れられないままでもいいじゃないか。
「んー?」
が思わず口に出してしまった言葉に、寝ぼけ眼の瑛が反応する。
「なんでもなーいよー。」

そのきっかけを自分が握っているとも知らずに、は春が近くなってきた風に吹かれていた。





***





ゆったりした空気をかき消したのは、瑛の携帯電話の着信音だった。
膝を抱えてうとうとしていたも、その音でハッと目を覚ました。
瑛はまだ眠そうな目を開けて、携帯電話を見た。

着信、海野あかり。

「もしも・・・」
「てーるーぅっっ!!助けてぇ・・・。」
コールが繋がったと同時に、あかりの号泣が電話から漏れ聞こえてくる。
と瑛はあかりの様子に顔を見合わせた。


「なんだよ、どうした?」
「・・・ないの。」
「は?」
「チケットがないの!」



はばたきホール、待ち合わせ時間は午後2時。
ライブの開場時間は2時で、開演は4時。
はばたきホール前、現在時刻2時10分。

けれど、この広い会場前で、さらにトップバンドのライブというこの人ごみで、探している人なんて簡単に見つかるわけがなかった。
しかもあかりとユキは、会えなかったら会場内で合流、と決めていた。
待ち合わせ時間をすぎている今、ユキが会場に入ってしまった可能性は限りなく高い。


会場に来てからユキではなく、はね学の同級生に会ったあかりは、座席の確認のためチケットを出したのだと言う。
同級生とは反対側といってもいいほど席が離れていたため、中では会えないね。と言って別れた。
待ち合わせ時間になって案の定ユキと会えず、入ってしまおうとしたとき、チケットがないことに気づいた。
今さっき見たばかりだから、必ずここにあるはずなのに見つからない。
ライブのあとで携帯電話の番号を交換しようと思っていたから、ユキへ連絡する手段もない。
途方にくれて、瑛に電話してきたのだと言う。


その話を聞いて、一番にがユキに電話をかけた。
が、繋がらない。

『電波の届かないところにいるか、電源が入っていません。』
無機質なアナウンスの声に、は肩を落として電話を切った。
律儀にもう電源を切っているユキの真面目さが、こんなとき恨めしい。

「だめ。出ないよ。」
が電話を切って瑛に言った。
「しらみつぶしに探すしかないな。」
「・・・もー、ムリだよ・・・」
気落ちした様子であかりが言った。
「こんなに人気のグループのチケット、落ちてたら拾うよ。もうないよ。」
目をこすりながらあかりが言った。

「探す前から諦めんな、バーカ!」
「佐伯くん!もうちょっと言葉選べないの?!」
「選べない。しっかりしろよ、お前のことだろ?」
瑛はさっさと二人から離れて、べたっと床に手をついて探し出す。
その横を怪訝そうな目で瑛を見ながら、カップルが通り過ぎていく。

「あかりちゃん。諦めるのは早いよ。」
瑛の姿を見て、も低い姿勢で探し始める。

他人にどう見られても、友達のために一生懸命になれる瑛をかっこいいと思った。
瑛の容姿でなく、その姿にかっこいいと思った。
人のために何か出来ることはあんなにカッコイイのだから、自分だって負けてなるものか。
ヘンな対抗意識を瑛に燃やしながら、は捜索を続けた。


ホールの入り口は高架になっている遊歩道に続いている。
「下に落ちちゃった?」
は手すりを掴んで立ち上がり、下を見た。
小さな紙切れがそれで見つかるとも思わなかったけれど、何もしないよりはマシだと思った。
「あれ・・?・・あ!」
掴んだ手すりで、紙が一枚ヒラヒラなびいていた。


手すりに、誰かが挟んでくれたのだろう。
風で飛ばされることもなく、チケットがそこにあった。

「あった!あったよ!」
は遠くでまだ探している瑛とあかりに向かって手を振る。
それでも自分たちの手元で夢中になっている二人は、に気づかない。
はチケットを大事に胸元に抱えて二人のところへ駆け出した。

「あかりちゃん!早くっ!」
あかりのバッグとあかりの腕を掴んで、はあかりを立ちあがらせた。

「あった!これでしょ?!」
バッグと一緒にチケットをあかりにおしやると、あかりはまじまじとチケットを見た。
あかりの大きな目が、さらに大きく見開かれる。
「B32−16。これだ!」

あかりがを見た。
その目に涙がいっぱいたまっている。
はあかりにうなずいてみせた。

「早く。ユキが待ってるから。」
があかりの右腕を引く。
瑛があかりの左手を掴んで駆け出す。
まだぼーっとしたままで、あかりはされるがまま二人に引かれて会場入り口に来た。

「楽しんでこいよ。」
瑛に背中を押されて、二歩三歩、あかりが踏み出す。
扉の前で、最後にあかりが振り返った。
瑛が右手をあげて、が手を振る。
あかりはもう一度目元をごしごしこすってから、二人に手を振った。











あかりと別れてから、自動販売機で飲み物を買って、瑛とはベンチに腰掛けた。
「チケット見つかってよかったね。」
「まったくだ。あー、つっかれた。」
「うん。でも、佐伯くんかっこよかったよ。」
「はぁ?」
「さっと動いて探し始めるところとか、あかりちゃんのために一生懸命なところ。かっこよかった。」

が笑って言うと、瑛は少し照れたように手を首の後に当ててうなった。
「まぁ、あいつに泣かれたらたまんないし。すぐに諦めるのは俺のポリシーに反するし。」
言い訳がましい瑛の言葉を、はくすくす笑いながら聞いている。
楽しげなの様子を横目に見て、瑛も笑った。


「それにしても、悪かったな。このことを忘れさせるためのデートだったのに。」
瑛は改めて今日のことをに詫びた。
結局、ユキとあかりのデートの手伝いをさせてしまったようなものだ。
謝る瑛に、は首を振った。

「ううん。役に立てたのは純粋に嬉しいよ。それになんかね、諦めみたいなのも、ついた。」
負け惜しみでなく、本当にそう思った。
その素直な想いを、は瑛に打ち明けた。

「ユキとの約束。泣いちゃうほど大切だってちゃんと思ってくれてるんだなぁって。なんか感激しちゃった。」
「お人よし。」
「佐伯くんにばっかりだよ、お人よしって言われるの。」
「俺しか知らないんだから当たり前だろ。俺が言わなかったら自覚すらしないじゃないか、は。」

当然だと言う瑛に、がぺろっと舌を出した。
「はい、そのとおりです。」
「わかってるならよろしい。」
そう言った瑛に、はまた笑って、
「あれ?佐伯くんが謝ってたのに、いつのまにか立場逆になってるよ。」
そんなことを言うものだから、瑛はついまた調子に乗って言ってしまった。

「じゃー、今日のお詫びにまたデートしてやる。」

してやる、なんて。
どっちがしたがっているのやら。
かっこつけて理由をつけて、誘いたいのは自分だというのに。

そんな瑛の想いを知ってか知らずか。
は「うん。」と言って笑った。
予想外の反応に瑛がぎょっとしてを見る。
は照れ笑いを浮かべながら言った。

「佐伯くんといるとね、不思議なんだけど落ち着く。珊瑚礁にいるときみたいに、ゆっくりした感じ。今日、付き合ってくれて本当にありがとう。」
反則とも思える、の言葉。
顔が赤くなっていく自覚をしながらも、瑛は必死でそれを隠そうとそっぽを向く。

「こーゆーときばっかり素直なのはずるいぞ。」
負け惜しみのように瑛が言うと、はまだ笑いながら「そうだね」と言った。





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【あとがき】
 瑛が照れ瑛。照れの瑛はかわいい。ストライクバッターアウト。