〔 ダブルバランス 〕
「はぁーん?佐伯のヤツ・・・って、意外だ。俺、佐伯はあかりが好きなんだと思ってた。」
「うん。俺も意外。さんには、はば学の王子様がいたと思ってたんだけど。」
「なんだよそれ。なんだか面白そうじゃん。」
続きを聞かせろとハイテンションになってきたハリー。
そんなハリーの様子をも、イノは楽しげに見ていた。
ハリーが苦手を克服したのは、いつのことだっただろう。
前はライブとなると緊張して歌えなくなり、大失敗というパターンを繰り返していた。
それがここ1年ほどで、見違えるほどに精神面が成長した。
あれだけの失敗を繰り返していたのが嘘のように、堂々としたステージ。
絶対に呼ぼうとしなかった学校の友達をライブに呼ぶようになったのも、自信の表れだろう。
それにしても、のしんの傍は退屈しないな。
イノはまた笑った。
はば学の王子様に、はね学のプリンス。
クラスメイトたちのライバルは、大きすぎるみたいだった。
***
自分がこんなに独占欲の強い男だとは思わなかった。
独占欲を発揮していい立場にないにもかかわらず。
瑛はハリーとあかりと話をしながら、ずっとを気にしていた。
楽屋に入るなり、自分以外の男と向き合って話をしている。
内容は自分の知らない、の学校生活。
他部の合宿で料理を作ってるなんて聞いてない!
瑛には容易に想像できた。
疲れて帰ってきた運動部員に、にこやかに笑いかけているの姿。
料理の腕は言わずもがな。
その両方がそろって、落ちない男がいるわけない。
来年は阻止だ。
そう瑛が心に決めたことも知らず、はイノと楽しげに話を続けていた。
調子に乗ったハリーが、次の差し入れまで無心している。
「あぁ、もう!」と投げてしまいたくなったが、楽しそうなの笑顔を前にそれはできない。
ハリーの歌を一度聞いているらしく、は本当に楽しみになってきたようだ。
最初の緊張した表情から、すっかり打ち解けた笑顔を見せている。
笑顔の理由は不本意ながらも、それが見られたことは純粋に嬉しい。
珊瑚礁では見慣れた笑顔も、他で見るのはまた違ったものに見えた。
見慣れないのは私服も一緒のせいか、不覚にもドキッとさせられる。
瑛は無意識に頭を抱えていた。
「佐伯、具合悪いのか?」
ハリーが瑛の顔をのぞきこむ。
「あ?ぁ、なんでもない。」
取り繕って咳払いをする瑛の姿に、笑いをかみ殺すのはあかりとイノ。
さすがにあかりの含み笑いには気づいた瑛が、軽く小突く。
自分のことには呆れるくらい鈍感なくせに、他人のことばかり鋭いのはどういうわけだろう。
を誘ったことに、後悔半分嬉しさ半分。
この複雑なオトコゴコロ、どうしてくれよう?
この日、瑛はもやもやした煙の中で、どこか遠くにハリーの歌声を聴いていた。
***
珊瑚礁へ向かう道のり。
何度も頭の中に浮かぶ憂鬱な出来事を振り払おうとするが、上手くいかない。
は、もう何度目になるかもわからないため息をついた。
今ごろ、ユキの待ち伏せは成功しているだろうか。
そのあとのデートの誘いも、成功しているだろうか。
上手くいってほしい気持ちと、上手くいかないでほしいという気持ち。
でも、ユキとあかりの気持ちを思うと、やっぱり上手くいったらいい。
ぐちゃぐちゃな気持ちに、自分では整理をつけられない。
「はぁ・・・。」
珊瑚礁が見えてきた。
こんな気持ちのままじゃいけないと、は自分に喝を入れる。
こんな浮かない顔の店員なんて、珊瑚礁は望んでいない。
「ありがとうございました!」
閉店間際、最後のお客さまを見送っては店じまいの準備に入った。
今日は総一郎が地区の集会に出席するため、ラスト1時間先に抜けてしまった。
そこで今日は、がラストまで入っていたのだ。
お客さまがいなくなったことで、の気持ちに張りがなくなった。
ふっと肩の力が抜けるのと同時に、放課後の出来事を思い出す。
定期的に開催されている、はば学はね学合同生徒会議。
今日は、はね学側で開催されるとのことで、出かけていくユキと会った。
「今日、誘おうと思ってるんだ。」
別れ際、こそっとユキからに告げられた。
見せられたのはスーパーチャージャーのライブチケット。
今もっともチケットを取るのが難しいと騒がれているバンドだ。
「せっかく作ってくれたチョコに、さすがにあの対応は失礼だったかなと、反省したんだ。」
そう言って笑うユキに、聞きたいことはいっぱいあった。
「じゃ、上手くいくように祈っててくれよ!」
けれど、興奮気味に出かけていくユキを前に、聞けることはなかった。
に出来たのは、応援するような笑顔と、手を振ることだけ。
ユキの恋を、応援するフリだけ。
「もういいよ、。あがれよ。」
がトレイにコーヒーカップを乗せたとき、瑛が声をかけた。
「大丈夫、最後までやっていくよ。」
瑛の声を聞きながら、はテーブルをふきあげる。
「そんなカラ元気で仕事されたくないんだよ。」
「え?」
いつもより遅くなることを心配して言われた言葉だと思っていたら、瑛から言われた言葉は違うものだった。
「元気すぎるんだよ。落ち着いてない。」
「そんなこと・・・・」
否定しようとしたの頭に浮かぶ、ユキの顔。
好きな人をデートに誘う前の、興奮気味の顔。
一気に気持ちが沈んでいく。
こらえていた感情が、うず巻きだす。
つ、とトレイの上をカップが滑った。
カシャン、と高い音をたてて、の足元でそれは割れた。
「ほらやった。ケガないか?」
予想していたかのように瑛が言う。
「ごめ・・・!」
は割れたカップを拾い集めようとしゃがみこんだ。
「いいよやるから。手、切るからやめとけ。」
「平気・・・いたっ!」
「〜・・・。」
瑛が箒とちりとりでカップの欠片を寄せ集める。
はやってしまった失敗と、言われたとおりになってしまった事態に、悔しさで顔を伏せた。
「もうカップのことはいいから。帰る支度しろ。・・・ほら。」
瑛が座りこんだままのの腕を掴んで立ちあがらせる。
は声をこらえて泣いていた。
予想通りのことに、瑛はため息をついた。
「・・・・見てられないよ。」
「・・・ごめ・・・。カップ・・・・。」
「カップのことじゃないよ。」
「・・・・・。」
「。お前さ、どうして辛いのに笑うんだよ。辛いなら辛いって、ちゃんと言えよ、俺には。」
「佐伯くん・・・・。」
瑛はを椅子に座らせると、自分はカウンターに立ちながら言った。
「ずっと心の中で泣いてんのに、顔ばっかり笑っててさ。見たくないよ、そんなお前。」
戻ってきた瑛の手には、珈琲。
それをの前にふたつ置いて、自分も向かい側に座った。
「・・・・・ごめんなさい。」
「いや謝るんじゃなくて。辛いならちゃんと言えよ。・・・・赤城に。」
さっきとは違う瑛の言葉。
赤城、の名前にはっとして顔をあげる。
けれど、すぐに首をふるふる横に振った。
「まだ『幼なじみ』ってのを失いたくないとか言うか?でも今なにかしなかったら、その『幼なじみ』ってのしか残らないんだぞ。」
は無言でうなずいた。
それを見た瑛に沸いてきたのは、なぜか怒りだった。
「じゃあいいのかよ、幼なじみで!」
声を荒げた瑛に、が肩をふるわせる。
それに気づいて瑛はばつが悪そうに頭をかいた。
「・・・ごめん。」
謝る瑛に、は首を振った。
「ありがとう、佐伯くん。」
「いや、俺は別に・・・・。」
「私、わかったから。」
「なに、を?」
一瞬ドキリとして瑛が聞き返す。
こうして口を出してしまった元の瑛の感情が、ばれてしまったのかとドキッとした。
「ユキとあかりちゃんは、両思いだって。」
「あ、あぁ、そう。」
瑛は陰で胸をなでおろした。
「それで、私はユキもあかりちゃんも好きなんだって。」
「・・・・へー。」
「だから、応援してあげたいのも、本当。でも、・・・苦しい気持ちも、本当。ヘンかな?」
へらっと元気なく笑ってが言った。
瑛はまた、心の中でため息をついた。
「ヘンじゃないよ。」
瑛がそう言ってやると、今度のは嬉しそうに笑った。
『ヘンじゃないよ。』
瑛はもう一度、心の中でつぶやいた。
その言葉は、自分への言葉。
だって、瑛自身も今、その気持ちでと会話していたから。
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【あとがき】
ハリーには鈍感であってほしい(笑)
CDドラマで「佐伯のやつ、もしかして。ぐふふ。」とか気づいてましたけど。
でもそんなことにも気づかずに、目玉焼きののったハンバーグを食べていてほしいです。
ハリー=子供、がライナの図式。
そして、瑛の親友イベントをここに入れてみました!これ大好きです。
大好き、とは違うかな。すごく苦しい瑛の気持ちが痛かったです。表現難しいですけど。