〔 ダブルバランス 〕
4人がやってきたのは、海岸地区の煉瓦道。
途中ユキは瑛の制服を見て、「本当にビンゴだ」と笑った。
笑うユキを、さっきまでのプリンスモードはどこへやら、の瑛がにらみつける。
その瑛にうしろから「目つき悪いです」とチョップを決めるとあかり。
「同時かよ!」
瑛がごしごしと髪を撫でつけながら振り返って怒鳴った。
はユキに、ずっとバイトをしていたのは瑛のいる珊瑚礁だと話した。
あの嵐の日の珊瑚礁での瑛とユキの会話を、知らないことになっている。
「バイト先のことと、佐伯くんのことは内緒ね?」
と、ユキに念を押すことを忘れなかった。
「ところで、そろいもそろって何の用事?」
ユキがそう切り出すと、とあかりと瑛は顔を見合わせた。
「別に4人で何かしたかったわけじゃないよ。俺はに用事があって、あかりが赤城に用事があっただけ。」
「ふうん。・・・なに?」
ユキがあかりに言った。
「なにってほどでも・・・・」
二人の会話を聞きながら、ぼーっと突っ立っていたの手を、瑛が引く。
そして、すごい勢いでその場から遠ざかるように歩き出した。
「佐伯くん?」
の問いかけに、瑛はふりむかずに答えた。
「なにも見ることないだろ。」
「・・・・ありがとう。」
ぼそっとつぶやいたの言葉に、瑛は何も言葉を返さずに歩き続けた。
「・・・なにが『がんばって』だ。本気で敵に塩を送る気かよ。」
「送っちゃった。」
半分笑って半分泣きながらが言う。
瑛が歩くのをやめて振り返った。
「ほんっと、お人よしだな。」
「誰かさんと同じくらいね。」
がそう言って笑うと、瑛は照れくさそうに顔を背ける。
「誰かさんって誰だよ。」
「誰かさんは誰かさんだよ。」
そう言っては持っていた手提げを瑛に差し出した。
「わざわざ心配して来てくれてありがとう。」
差し出されたチョコをじっと見ながら瑛が受け取る。
「・・・俺、今年これだけだから。受け取ったの。」
「ん?」
「全部断った。学校の、渡されたヤツ。」
真剣な顔で瑛が言った。
「もったいない。」
即答したに、瑛は呆れた顔になる。
「ほんっと、ボケボケもたいがいにしろよ?」
「えぇ?!なにがボケボケ?」
はわけがわからないと言ったように目を真ん丸くさせた。
「もーいいよ。」
瑛はぐいっとの頭を押しのけた。
「さんきゅ。昨日言われたとおりに食べる。」
「うん。」
「じゃー、全部溶かして一緒にして食べればいいんじゃない?!」
突然のあかりの大声が、離れていたはずの瑛とにも聞こえた。
あかりと赤城を見ると、明らかに険悪なムードが漂っている。
「そう言えば、会えばすぐにケンカになるって言ってたな。」
瑛が二人を見ながら言った。
「言ってたね。」
も二人を見てうなずいた。
「ユキ、口悪いとこあるから。」
「あかりはいじっぱりだしなぁ。」
やれやれ、という顔で瑛が二人のほうへ戻っていく。
はそのまま瑛のあとに続いて一歩踏み出した。
一歩、二歩、と来て、は立ち止まる。
ようやく心が震えていることに気づいた。
足が、あかりとユキの方へ歩くのを拒んでいる。
瑛はもう二人のところへついてしまっている。
は自分の足に向かって囁いた。
「しっかりしろ、私。」
想いを、手放すと決めたのだから。
あかりを応援すると決めたのだから。
ユキは、あかりが好きなのだから。
この想いの行き場は、きっとないから。
「よし。」
は足をぱしっとたたくと、瑛の後を追いかけた。
ケンカの原因は簡単だった。
まさにユキの口の悪さと、あかりのいじっぱり。
「キミが作ったの?へぇ、キミってこういうの苦手だと思ってた。」
「苦手だよ。悪い?」
「別に。じゃあ、比べたらかわいそうだから、今日はキミだけのを食べるようにするよ。」
「そんなにもらったの?」
「まぁ、生徒会なんて目立つところにいるから。」
そんな会話から発展した、ケンカだった。
***
「ユキ、その口の悪さは何とかしなさい。」
「・・・・わかってる。」
帰り道。
どうにかあの場を上手く瑛が治めて、とユキは一緒に帰宅していた。
「わかってるなら、どうしてそんな言い方しかできないかな。」
「これでも反省してる。」
本当に?と聞きたくなるのをぐっと我慢して、は言葉を飲みこんだ。
ユキが見るからに落ちこんでいるのは、長い付き合いからもわかる。
「だいたい、彼女ととが繋がってたなんて・・・。あれだけ街でキョロキョロしていた僕は、挙動不審で捕まってたところだ。」
「私だって知り合ったのは昨日だし。会ったのは二回目。私に当たらないの。」
「どうせ話の流れで僕のところに来たんだろうけど、こういう義理はどうしたらいいんだよ。」
「・・・・義理?」
ユキから飛び出た思いもよらない言葉に、は引き気味に聞きなおした。
聞き直しながら、思い出してみる。
そう言えばチョコを渡すときそのままケンカになって、ちっとも雰囲気なんてなかった。
あかりもユキを「好きな人」と言ってないし、でもそれを第三者がなんと言っていいかもわからない。
でも、今年あかりが作ったチョコは、ユキが持っている「それ」だけだ。
「義理・・・。」
好き故の盲目なのだろうか。
はもう一度つぶやいたけれど、何も言えなかった。
もちろん、自分が瑛に同じことをやらかしているなんてことは気がついてもいない。
それぞれに思い違いやわだかまりを残した、高校2年生のバレンタイン。
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【あとがき】
「たくさんもらったけど、今日はキミの分だけを食べるね。」と素直に言えなかったユキの負け。
デイジーも赤城にはすごい突っかかってたなぁ、とゲームで思いました。
攻略男子ごとに性格が変わるデイジーに、賛否両論あるのを見ますが、ライナ的にはOKで。
むしろ同じ性格のデイジーでは、攻略対象男子は一人ではないかと。
いくつもストーリーがあるわけでなく、そのデイジーにはひとつのストーリーと思ってプレイしています。
だから攻略対象男子でないキャラからときめかれると、どうしていいかわかりません。
パラ萌えは本当に困ります。