〔 ダブルバランス 〕










「ごめん。俺も知らなくて。」




あの場所に一緒にいて、と同じように一気に事を理解した瑛。
「悪いあかり。俺が急ぐから帰るな。」
あのあと、あかりの言葉にフリーズしてしまったを助けるように、の手を引いてあかりと別れた。
結局、当日の待ち合わせも何も決めていないままだった。


「赤城が風邪ひいて休んだことにしろ。そしたら会わせないですむだろ?」
を公園のベンチに座らせて、その前に立って瑛が言った。
はうつむいたままで、ユキに渡すチョコレートをじっと見ていた。
それでも、瑛の言葉には首を振った。

「うそはつけないよ。」
瑛は呆れて、に見せつけるように大きくため息をついた。
「敵に塩送るヤツがあるか。」
は顔をあげなかった。
「でも、約束したもん。」


に見せてくれた、あかりの目のキラキラが忘れられない。
きっと、本当に、救いだ!って思ったに違いない。
渡せないかも、と思っても作らずにいられなかったチョコレート。
そこにどんな気持ちがこもっているのか、同じ気持ちをこめたにわからないわけがない。

「あかりちゃんに伝えて?放課後、校門の前で待ってるって。」
。お前な。」
「ユキ、生徒会があるから遅くなる。そっちに行くより来てもらったほうがいいから。」
「だから、それは」
「佐伯くん。」
瑛がに意見しようとしたのを止めて、ようやくが顔をあげた。

の顔を見た瑛は驚いた。
は笑っていた。
それはいままで瑛が見たこともないほど、淋しげな笑顔だった。


「私、ずっとユキが好きだった。好きだったのに、何も言えなかった。
 きっと私が、このままでいいって、幼なじみでいいって思ってたから。でもね、でもね、好きだったんだよ、ユキのこと・・・!」
瑛はもう一度、ハ、とため息をついた。
そして、そのまま泣いているを胸元に抱きしめた。

「うぅ〜・・あぁっ〜・・っ!」
が苦いものを吐き出すように、大声をあげて泣いた。
瑛はそんなを抱きしめながら、少し前の自分の想いを思い返していた。

「言わなきゃ、引きずるだけだぞ。」
それは、自分の経験を踏まえての警告。

それもわかっているは、泣いたままでうなずいた。
「でもっ、好きだからユキに・・・喜んでもらいたい・・・っ!」

の、自分の想いも、もちろんある。
けど、ユキはあかりが好きであかりもユキが好き。
それを知ってしまったら、二人を知っているだから、このままにはできない。

手伝うと、約束したのだから。
同じ想いをこめて、同じ人にチョコレートを作った女の子に。


「お人よし。お前さ、もっと自分勝手でもいいんだぞ?」
「勝手だよ。勝手にユキのこと好きで泣いてるんだから。」
「そういうことじゃなくてだな。・・・あー、もういいや。」
「なにそれ。」
瑛の投げやりな言葉に、はようやく笑って見せた。
瑛はそのの顔を見てほっとする。




「あ、そうだ。」
泣き顔はそのままに、は自分の鞄をあさる。
は鞄からさっき作ったフォンダンショコラを取り出した。
濃い目の青でラッピングして、薄い青のリボンをかけてある。
海の色だから青が好きだと言っていた、瑛に合わせたラッピングだった。

「いつもお世話になっています。」
はうやうやしくお辞儀をしながら差し出した。

「オレに?」
「うん。レンジであっためてから、バニラアイスとか生クリームをつけて食べたらさらにおいしいと思うよ。」
「いいのか?だってこれ、赤城に・・・」
瑛は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
他の男を想って作ったチョコなんて、受け取りたくなかった。

「こっちはちゃんと佐伯くん用。ビターチョコで作ったヤツだよ。・・・ユキのは、スイートチョコで作ったから。」
今となっては、特別な想いをこめようがないチョコレート。
ユキ用のラッピングは、薄めのブルーの包装紙にこれまた同じ薄めのふんわりしたブルーのリボンがかけてあった。

「そ・・っか、うん。そっか。俺用ならもらう。うん。」
「それだけの違いで逆に佐伯くんに申し訳ないんだけど。」
「いや、すごい楽しみ。ありがとう。」
「よかった。佐伯くんいっぱいもらうだろうから、あげるの迷ってたんだ。」
からなら大歓迎。」
「味は実証済みだもんね?」


そう聞いてくるに、瑛はあいまいに笑って答えた。
ありえないけれど。
たとえコレが本命だと言われても、自分は間違いなく受け取る。
相手としても、味としても、からなら大歓迎なのは本音だった。

瑛は手元のチョコを見ながらため息をついた。
「あー・・明日か・・。手提げ用意しないとな。」
憂鬱そうに瑛は顔をしかめた。
「大変だね、プリンスも。」
がそれを見てくすっと笑うと、瑛はの頭をくしゃくしゃっとわしづかみにした。
「あーっ!ぐしゃぐしゃ!」
「ワザとだ。今ゼッタイ他人事で楽しんだだろ。」
「うう・・。ごめん。」

ぐしゃぐしゃだ、と一生懸命髪を直すを見ながら、瑛がほほ笑む。
さっきまで号泣していたのが嘘みたいだ。
こんな表情がいい。
こんな風に、傍にいたい。

「決めた。、これ本命にしろ。明日受け取りにくるから。」
の目の前に、ずいっとチョコをつき返して瑛が言った。
「え?」
はわけがわからず、きょとんとチョコと瑛を交互に見た。

「今年は本命チョコひとつもらって終了にする。他のチョコは受け取らない。決めた。」
「えぇっ?!」
「明日、もらいにくる。・・・あかりと一緒に。」

「あ・・・佐伯くん・・・。」
はそれが瑛の優しさだと気づく。
けれど、瑛にしたら本命以外は受け取らない、は本気だった。
その本命は、瑛にとっての本命だけど、意味は違うけれど、本気だった。



の号泣を見て、決めた。

瑛も知っている、恋愛にならない大切な人の存在があること。
そこから踏み出せずに、恋にならない気持ちがあること。
あのころ、自分もきっと、あかりに恋をしていたから。

今度は、絶対に揺らぎたくない。
譲る気はない。
手に入れると、今決めた。



「ありがとう。」
瑛の本気の気持ちには気づかずに、が笑った。
の目にはまだ、涙が光っていた。







***







放課後。
尋常でない校門の様子に、は恐る恐る近づいていった。

知らぬは自分ばかり、を、始めて知った。
自分の学校でも、こんなに瑛の人気があったなんて。


まず第一声は教室。
「はね学のプリンスがいる!」
というクラスメイトの叫び声。

そして昇降口。
「誰を待ってるの?!」
「となりにいる女の子はなに?!」
という女子達の悲鳴。


「あぁ・・・私、出て行ったら大注目・・・?」
それでも出て行かないわけにいかない。
この約束はが取り付けたものだから。



「佐伯くーん。あかりちゃーん。」
校門に隠れるようにして二人を呼ぶ
無駄な努力だなんてわかってる。
帰っていくはば学生たちは、みんな声をかけたを見ていた。

「あ!ちゃん!」
ぱっと輝いた顔で、あかりがを振り返る。
「やあ、こんにちは。」
あかりの後ではプリンスモード全開の瑛が笑っていた。
が初めて見る瑛のプリンスモード。
とてつもない違和感がを襲った。

「わざわざ来てもらっちゃって、ごめんね?」
があかりに言った。
「ううん!私こそ、なんだか押しかけちゃって。」
あかりが瑛を見る。

「瑛くん、いい迷惑だからやめとけって、ここにくるまで何度も言うの。お前のチョコ食わされる身になれ、とか。ホンット失礼!」
も瑛を見た。

きっとそれは、のため。
にはそれがわかる。

言われた瑛も口元がヒクついているが、人の目があるここでプリンスモードは壊せないらしい。
何も言い返さずにいた。

そんな瑛の様子に和んだは、ふっと笑う。
その笑顔を見て、瑛は少し気が紛れた。


「ごめんね。ユキ、まだ生徒会が終わらないの。でもちゃんと待ち合わせの約束しておいたから。終わるまでもう少しここで・・・。」
言い終わらないうちに、のケータイが鳴った。
着信相手はユキ。

「もしもし?」
「あぁ、?今終わったけど、待ってるの?」
「うん。校門にいるよ。」
「じゃあ今から行くから。」

待ち合わせの会話のあとで電話を切って、が顔をあげる。
と、目の前のあかりの表情が固まっていた。
「あかりちゃん?」
電話を閉じながらが呼んでも反応しない。

「どうしちゃったの?」
今度はは瑛に聞いてみた。
「緊張してる。完全に。」
周りの目がなかったのをいいことに、瑛がいつもの調子で言った。

どうして。

は涙を隠しながら思った。
どうして、応援してあげたくなっちゃうんだろう。
好きな人の、好きな人。
そんなの、良い印象なんてもてないはずなのに。
たった一回、会っただけなのに、どうして?
がんばれって、思ってしまう。

はあかりの手をにぎりしめた。
「大丈夫だよ、あかりちゃん。」
そう言って強く握ると、あかりがハッとしてを見た。
「ユキは絶対、喜んで受け取るから。」
きっとまた、が見たことのない笑顔で。

「ありがとう。ちゃん。」
へへへ、と笑ってあかりが言った。
やっぱり、がんばれって思ってしまう。
きっとこんな彼女だから、ユキは惹かれたんだろう。
あかりを知れば知るほどに、は納得してしまう。


「ごめん。待たせ・・・た、・・・え?」
門の外で待っていたと、あかりと、瑛を交互に見るユキ。
みんな知っている顔だったけれど、その横のつながりは何も知らない。
ユキはこのなかで一番付き合いの長いに問いかける。
「なにこれ?」
その言い方はとてもユキらしくて、やっぱり好きだと思ってしまう自分がは悲しかった。

「ここじゃゆっくり話せないから、場所を変えようか。」
瑛が偽物の笑顔でそう言った。





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