〔 ダブルバランス 〕










「ユキ。」

靴を履き替えたら、すぐ近くにユキがいた。
嬉しくなっては声をかけた。
ユキもすぐに気がついて、靴を手に持っての隣に置いた。

。帰り?」
「うん。帰り。ユキ、生徒会は?」
「僕も帰るところ。一緒に帰る?」
「うん!」
ユキから誘ってもらえたことが嬉しくて、は大きくうなずいた。


「あ、ユキ時間ある?」
予備校も今日はないと聞いて、思わずは切り出した。
その言葉に、ユキは苦笑いを浮かべた。
「嫌な予感だ。」

「あはは。あたり。ショッピングモールつきあって。」
「洋服選びならパス。」
「明日作るお菓子の材料買うなら?」
「それなら喜んで。明日ちゃんとくれるんだろ?」
「ちゃっかりしてるなぁ。ハイ、ご予約承りました。」
「よし。行こうか。」


まだ早い放課後は、ショッピングモールにたくさんの制服姿のカップルを迎えていた。
並んで歩いたり、手を繋いで歩いたり。
どれもにはうらやましいと思うような光景だった。
今、同じように隣を歩いているユキとだけれど、その関係は幼なじみから何も進展していないままだ。

「いいなぁ、放課後デート。」
通り過ぎていったはば学カップルを見送って、が言った。
「ね、文化祭で学園演劇の主役を演じた二人は結ばれるって伝説、聞いた?」
「いや、知らない。聞いたのは学校の敷地内にある教会の伝説、かな。」
「アレ、ね。なんかいっぱいあって、どれが本当?ってやつでしょ?」
「そう。僕は氷室先生のロボットが造られてるに一票。」
「さすがユキ。ロマンチックのかけらもない。」
「そういうは、『王子が姫を迎えにくる』っていう話、信じてるんだろ?」
「だって一番素敵だもん。」
「やっぱり。さすが。」

の言葉尻をマネて、ユキが言った。
マネされたことがわかって、がむうっとふくれた。
ユキはそんなを見て、焦るでもなくただ笑った。
「その顔。鏡見てごらん?かなりひどいぜ?」

「ひどくていいよーっだ。」
その顔を、誰にでも見せるわけじゃないのだから。
そんなたわいのない会話でも、やっぱりなんだか嬉しい。
は買ったばかりの材料が入った紙袋を、ぎゅっと握りなおした。


こんな何気ない会話をしているとき、やっぱり好きだなぁ、と思う。
気取らなくていいし、言葉を選ばなくていいし。
浮かんでくる言葉をそのまま口にしても、ユキだったら受け止めてくれる。
ただのクラスメイトじゃ、こうはならないから。

そういえば。
ユキの前を歩きながら、の頭に浮かんだもう一人の人物。
『佐伯くんは、近い存在かも』

としては使い分けているつもりはないけれど・・・。
ユキといるときの自分。
瑛といるときの自分。
クラスメイトといるときの自分。
それは微妙に違う自分になっているのかもしれない。

瑛とは、共有している時間や、事柄が多いせいか。
それとも、瑛の方が先に素の自分をに見せてくれたせいか。
ユキと一緒にいるときと同じ感覚で、瑛とも会話できる。

『二人とも、ひねくれてるところは共通してるからかな』
そう思い当たって、はくすっと笑った。


***


「あれ?」
ユキの声に、我に返ったは振り返った。
「どうしたの?」
ユキはではなく、別の方向を目で追っていた。

の胸が、ずくん、と音を立てた。
ユキの表情が、普段見せない表情だったから。
一度だけ。
忘れもしない、一度だけ、ユキが見せたことのある表情。

「気になる子がいるんだ。」
そうに言ったときの、ユキの表情だ。


はとっさにユキの袖をつかんだ。
「なに?」
ユキが目線をに戻す。
ものすごい不安げな顔でユキを見あげている
そのの表情に、ユキも顔をしかめた。
「どうしたの?」
もう一度ユキが聞いた。

「どう・・って、その・・・。」
ユキがどこかに行っちゃいそうだったから。
そう思った言葉を、は飲みこんだ。

うつむいてしまったを見て、ユキはつかまれている腕と逆の手で、の頭をぽん、と撫でた。
そしてまた、さっきの方向へ視線を泳がせる。

「・・・行っちゃったな。」
ぼそり、とつぶやかれた言葉。
その言葉に、の身体がびくっと震えた。
誰のことを言っているのか、わかる。
ユキにあの表情をさせられるのは、ひとり。


ユキの声と、表情。
一度話を聞いたあのときよりも、ユキの中の想いが大きくなっているのがわかった。

「ユキ。」
「うん?」
「・・・・煉瓦道、散歩しよ・・?」
「あぁ、いいけど。」

ユキを相手に緊張して声が震えるなんて、初めてかもしれない。
まだ頭の上に置かれたままのユキの手のぬくもり。

いなくならないで。
傍にいて。

の心がそう叫んでいた。



***



夕焼けに染まる煉瓦道。
平日の中日に訪れる人は少なく、人影はまばらだった。

すぐ隣なのに、ショッピングモールの雑踏とはまったく違う空気。
風の匂いにも、潮の香りがまざっている。
広がる海には、一隻の船も見えない。
ただ、広い海原がどこまでも続いて見える。


「ユキ。」
すぐ目の前は、海。
白の手すりを両手で掴んで、がユキを呼んだ。

「さっき、誰を探してたの?」
「あぁ、そのこと?前に話たことあったろ?街で偶然出会う、女の子のこと。」
「うん。」
「その子。・・かどうか、確信はないんだけど。似た後ろ姿の子がいたんだ。」
「やっぱり。」
は小さく、口の中で確認した。

本当は、聞かなくてもわかってた。
あんな表情、ユキは他で見せたことない。
それでも聞いたのは、最後の悪あがきなのかもしれない。

「ユキ。」
「うん?」
「私たち、いつから一緒にいると思う?」
「は?おかしなこと聞くな。えぇっと、の家が引っ越してきてからだから、4歳のころか。」
「うん。このあたりのことは、全部ユキに教えてもらった。同じ歳だったけど、ユキ、お兄ちゃんぶってた。」
「あの頃から、ちっちゃかったもんな。」
ユキが思い出したように笑った。

のおかげで、僕はけっこういい気分味わえたんだ。今もときどき。」
「なにそれ?初耳。」
「いや。知らなくていいよ。」
さっぱりした顔でユキがそう笑うから、もそうかな、と聞き流した。


「それでね、ユキ。私は・・・・。」
自分の心臓の音が、耳元で聞こえる。
身体の全部が、早鐘をうってる。

この言葉を言ったら、どうなるかわからない。
4歳から続いてきた、幼なじみという存在。
それを変えたいと願う、の心。


ユキが、好き。


は、コクっと息をひとつ飲みこんだ。
「ユキの・・・・」
「〜♪あー・・・♪」
「なんだ?」

突然後から聞こえてきた歌声。
のドキドキしていた心臓がドキン!とさらに音を立てた。

そこには、はね学の制服を着た男の子がいた。
まだ歌詞のない歌に、メロディだけをのせて歌っている。
力強い声だったけれど、すごく切ない曲だった。


「キレイな声・・・。」
すっかり身体ごと彼に向けて、がほうっとつぶやいた。
「すごいな。声がぶれない。」
ユキもの隣に並んで聴き入っている。

彼は目を閉じていて、聞いている二人には気づかない。
そのままワンフレーズを歌いきった。

「すごーいっ!」
歌が終わると、すぐにが拍手と歓声をあげた。
ユキも手を叩いている。


「え、ぁっ・・?!」
彼は目を開ける前の歓声に、一瞬驚いた顔をした。
でもすぐに自信満々、といった顔になる。
「サンキュー。・・・やった、俺!できるじゃん。」
一言たちに礼を言うと、あとはガッツポーズで走って行ってしまった。



一転、静寂。
さっきまでの歌声が、まだ耳に残っている。
歌詞のないメロディだけの歌を、いいと思ったのは初めてかもしれない。
彼の声には、また聞いてみたいと思うような魅力があった。

「歌詞のついたバージョンも聞いてみたいな。またここで会えるかな?」
「はね学の制服着てたから、はね学に行けば会えるよ。」
「それって追っかけみたい。こんな偶然がいいんじゃない。」
「そう?・・・あれ、そういえばなんの話してたっけ?」

ユキに言われて、またの心臓が跳ねた。
でも、いまさらこんな空気になって、言えるわけがない。
「えぇーっと・・、あ!お菓子。お菓子!」
は持っている紙袋をずいっと前に突き出して、ついでに自分の顔をユキから隠した。
表情から焦っているのが読み取られてしまうから。

「お菓子?」
「うん。ユキ、私の作った初めてのお菓子は覚えてるかなぁって。」
そろそろと紙袋の陰からが顔を出す。
「うーん。」
ユキは空を見て考えている。
上手く誤魔化せたようだった。

「小学校3年生くらい、だったかな。クリスマスのクッキー・・だった気がするけど。」
「あたり!」
ごまかしの会話だったのに、ユキが覚えてくれていたことが嬉しくて、は顔を輝かせた。

「嬉しいなー、覚えててくれるなんて。」
はもう一度自分で言葉にして確認すると、紙袋を抱きしめてにっこり笑った。
ユキはそんなの様子を見て、ふ、と息をついた。

「気分なおった?」
「え?」
驚いてがユキを見ると、ユキは笑って言った。
「なんか嫌なことでもあったんじゃないかって、これでも心配してやってるんだぜ?」

「ユキ・・・。」
の胸がきゅうっと締めつけられた。
その痛みの原因はわからない。
心配してもらっている嬉しさなのか。
それとも、その理由がユキにあることを言えなかった後悔なのか。

「この景色に、思いがけないさっきの歌。気分が変わるにはピッタリだったかな。うん。」
ユキがに確認するように言った。

「ユキのおかげだよ。」
意識しないでも、すんなりの口からそんな言葉が出た。
告白とは違う、ユキへの感謝の言葉。

「小さい頃から、ユキがこうやって傍にいてくれるからだよ。ありがとう。」

幼なじみだから、一緒にいる時間がたくさんあった。
でも、一緒にいる時間で好きになったんじゃない。

泣いていたら、泣き止むまで傍にいてくれた。
笑ったら、一緒に笑ってくれた。
が遅れていても、絶対に待ってくれていた。
そうやってユキは、の傍にいてくれた。

だから好きになった。

「ユキ、これからも傍にいてね。」
「当たり前だろ。幼なじみなんだから。」

ユキから帰ってきた言葉は、決してが望む最良の言葉ではない。
それでも、今のにはそれでもいいと思えた。
こうしてユキは、まだの傍にいてくれるのだから。
まだ、ユキの隣に別の誰かがいるわけじゃないから。





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【あとがき】
 ユキへの告白未遂イベント。
 好きな人に好きな人がいる、とわかったらどんな気持ちになりますか?
 ・・・ライナはいまさらそんな気持ちがわかりません(泣)
 そんなこともあったけど、そのときどんな気持ちだったかなんて忘れたです・・・。
 「私の気持ちにも気がついて」と思ってしまうかなぁ、ということで、告白決意。
 でも未遂。これでまた遠のく。