〔 ダブルバランス 〕
「ほんっとーに!困るんですっ!」
「だーいじょうぶぅ〜。行ってみたら楽しいって。オレ、保証しちゃう!」
自分で自分を保証するって、どうなのよ?!
さすがにもう呆れてモノが言えない。
いや、これ以上なにを言ってもムダな気がする。
はもうなくなりかけている、テイクアウトしたカフェラテのストローを噛んだ。
「子供みたいだからやめたら?」
そんないつものユキの声でも、聞こえてこないかと期待しながら。
でも残念ながら今日はひとり。
珊瑚礁でのバイト代も入ったし、どうしても夏本番に、大好きなソフィアのキャミソールが欲しかった。
今日の今日で思い立ってしまったので、ひとりで買いに来たのだ。
そうしたら運悪くつかまってしまったナンパ男。
さっきからもう10分も諦めてくれない。
はもう半分ナンパ男の声を聞き流しながら、空を見あげていた。
「わりィ、待たせた。」
聞き流していたナンパ男とは別の声がにかかる。
が意識を戻してやると、向こうから瑛が歩いてきた。
かなりけだるそうに、両手をポケットに入れたままだ。
ナンパ男の新手の仲間かと身構えてしまったけれど、知っている顔だったことではホッと胸をなでおろした。
「佐伯くん。」
「んあ?なんだぁ、お前?」
ナンパ男が瑛を振り返る。
「コイツのツレ。ずいぶん遅刻してきたひっどい彼氏。なぁ?。」
ぽかんと瑛の言っていることを聞いていただったが、瑛が自分を助けようとしてくれているんだとわかった。
「うん。」
話を合わせるために、短くうなずく。
「というワケで。はい、おつかれさまー。」
瑛がしっしっ、とまるで虫を払うようなしぐさをする。
「はぁぁ?!そりゃないぜ・・・。」
見事に撃退されたナンパ男は、明らかにがっくりと肩を落として立ち去っていく。
瑛はそんな後ろ姿に、のん気に手を振っている。
「ありがと、佐伯くん。助けてくれて。」
「お前さぁ、ひとりで出かけるならカッコ考えろ。」
「カッコ?」
「そ。こー、さぁ、だっさい服着て、・・メガネかけるとか。」
メガネ、のところで少し言いよどんで瑛がを見る。
瑛から見ても、誰かとデートかってくらい、気合入ってるとしか思えない。
清潔感のある可愛らしい服は、ああいうナンパ男から見たらかっこうの餌食に見えるだろう。
うぶで、素直にうなずいちゃいそうなタイプ。
「やだよ。お気に入りのお店に服買いに行くのに。」
が、は即座に否定。
お気に入りの店にだっさい服着ていくなんて、ありえない。
「。お前なぁ。かわいくないこともないんだから、もーちょっと気にしろ。」
「かわいくな・・・ことも、ない・・?どっち?」
「どっちでもいーよ。ほら行くぞ?」
瑛がの頭をぽーんと叩く。
「ん?」
叩かれた頭を押さえながらが聞く。
瑛はあきれた顔を見せながら言った。
「ここで別れて、またひとりでいるとこにアイツと会ったらどうすんだよ。」
「あぁ!そっか。考えてなかった。」
「タンカきった責任はとるよ。早く用事済ませろ。」
「うん。ありがとう。」
は小走りに瑛のあとに続いた。
行き先をが告げると瑛は「ゲ」と、苦い顔。
予想通りの瑛の表情に、はくすくす笑った。
ユキをつきあわせると、よくこうして瑛と同じ表情をしていたからだ。
ユキだったらなにがなんでも店の中まで連れて行くが、今日はそんなことしない。
が「外で待っていてくれればいいよ」というと、瑛はほっとした表情を見せた。
がユキを引きずりこむのには、ちゃんと訳がある。
少しでも、ユキが好きと思ってくれる服が着たいから。
それに、赤い顔をしながらも洋服選びにつきあってくれるユキが、やっぱり好きだった。
そんなユキを見ていることで、が幸せだったから。
目当てだったキャミソールを見ながら、は思う。
本当は、今日もユキにつきあってもらいたかった。
キャミソールの新作はパステルピンクと、パステルブルー。
「ユキはどの色が好き?」
「知らないよ。僕の好きな色との似合う色は違うだろ?」
「・・・違わないかもしれないじゃん。」
「違うかもしれない。」
「むーぅ・・・。」
この前、別の服を買いに来たときのやりとりを思い出す。
結局ユキはどの色が好きか言ってくれなかった。
でもそんなの聞かなくても知ってる。
ユキの好きな色は青。
暖色系より寒色系のほうが好き。
はパステルブルーのキャミを手にとった。
これならもっている白のフレアスカートに似合いそうだ。
デニムのホットパンツにあわせても、またイメージが変わっていいかもしれない。
もう終わるよ、という意味をこめて店の外の瑛を見た。
目が合うと瑛の口が「あ」と言った。
不思議に思いつつも、はそのまま会計を済ませた。
「どうしたの?」
店を出てからはすぐに瑛に聞いてみた。
「別に。」
瑛から返ってきたのは、いつものようにそっけないものだった。
「だって口が『あ』って言った。」
「別に?」
フン、と音がしそうな勢いで瑛が顔を反らす。
それはにはもう慣れた行動だった。
「ふーん。『別に』?『あ』って言ったくせに『別に』。素直に認めないのは子供だなぁ。」
わざと瑛をあおるように言って、チロリと瑛を見あげる。
「子供ってなんだよ。照れくさいから言わないだけだよ、わかれよ。」
「あのね、そういうのは言われないとわかりませんよ。佐伯くん。」
言ってからはくすっと笑った。
そんなの表情に毒気を抜かれた瑛は、まいったというように髪をかきあげた。
「一番好きな色だったから。」
「パステルブルー?」
「そう。青が好きなんだ。海の色。」
「あぁ、珊瑚礁からすぐだもんね、海。」
珊瑚礁のテラスからは直接海も見える。
テラスで聞く波の音は贅沢なBGMだと思った。
「も好きな色は青?」
「私?・・・うーん。」
青はもともとユキの好きな色。
でも、最近では自然とその色を選んでいる自分がいる。
自分も好きだと思わなければ、選ばないかもしれない。
きっかけがなんであっても、今のの好きな色は青なのかもしれない。
「そうだね。きっと今一番好きな色。」
一度考えてから答えたに、瑛はニヤっといやらしい笑みを浮かべた。
「わかった。青は好きな男の好きな色だろ?」
「えぁっ・・?」
「うわ、真っ赤。当たりバレバレ。」
「ん〜・・むぅっ!もうっ!ばかっ!」
「ばか?ばかとはなんだ。」
瑛のチョップがに炸裂。
は自分の頭をさすりながら、瑛を見あげた。
「いたい〜。お返しっ」
も同じように瑛にチョップしようと飛び跳ねたが、届かない。
ぴょんぴょん飛び跳ねるの様子は、小動物のようだと瑛は思った。
「ホントちっさいよな、。」
どうしても瑛の頭上にチョップしたいらしいは、そんな瑛もムシして飛び続けている。
自力では届かないと悟ったは、横の植込みになっているレンガの上に乗った。
そこからジャンプして瑛の頭上を狙う。
が、その手は見事に瑛に受け止められた。
「くやしーいっ!」
「甘い。」
勝ち誇ったように瑛が言う。
さすがにも諦めて、頬だけぷくっと膨らませた。
「。好きな男がいるんだったら、次はソイツ誘えよ?そしたらあんなナンパに引っかからないし、デートもできるし。」
「・・・デートじゃないもん。幼なじみの買い物のつきあいにしかならないもん。」
しゅん、として言ったの頭を瑛の手がぐしゃぐしゃっと撫でた。
「そっかそっか、の相手は幼なじみか。」
「・・・あ!」
またもや余計な一言から、自分で情報を暴露してしまった。
しまった、という顔をしつつも別に隠すことでもないとすぐにまたしゅん、としてしまった。
「らしい相手だな。」
「人の気も知らないで。私らしいって、どうして?」
「良い意味で真面目だもんな。上っ面しか知らないヤツを、好きになるような気がしない。」
「そうかなぁ。でも私だけみたい。幼なじみから先に進みたいって思ってるのは。」
相変わらず、ちっとも進展していないの恋。
はため息とともに悩みを打ち明けていた。
「まさか。お前ぜったいもてるよな?」
瑛が驚く。
一緒に仕事をするようになって、頭の回転がえらい早いヤツ、と思った。
空き時間に話をすると、はば学での成績もトップ組にランクインしてることもわかった。
料理の腕は自分でも自信を持っているだけあって、完璧。
常連客からのリクエストで、マスターでなくが料理を提供したこともある。
が作るマフィンは、女性のお持ち帰り率ナンバーワンだ。
なんでもそつなく要領よくできるヤツ。
瑛はをそうとらえていた。
さぞや学校では心をときめかせている男子生徒が多いのだろうと、勝手に想像していた。
そのが、今日始めて見せた表情。
服を選んでいるときの、嬉しそうな様子。
楽しいんだろうな、と素直に思った。
好きなヤツがいて、その男に合わせて、って考え方も嫌いじゃない。
きっと一生懸命なんだろう。
そんなことを思いながら、瑛はの話を聞いていた。
「もてないよ?それにもてたとしても、好きな人に見てもらえないんじゃ意味ないよ。」
はますます落ちこんだ様子だった。
「あー、まぁそれは、うん。わかるような気がしないでもない。」
「だからどっちよ、それ。」
本日二度目の瑛の遠まわしな言い方に、呆れたようにが言った。
「どっちでもいいよ。」
瑛の答えに少しふてくされたは、それでもいつもどおりの瑛の態度だと納得した。
「だいたいもてるのって佐伯くんのほうでしょ?」
の言う根拠は、つい先日7月19日のこと。
その日は瑛の誕生日だった。
バイトに入っていたは、その日の瑛の荷物に目を丸くして驚いた。
あんなに大量の誕生日プレゼントをもらう人を、初めて見た。
「俺の場合はウソ偽りで人気者だから。」
自嘲気味に瑛が言った。
前に瑛から聞いたことがあった、珊瑚礁が瑛の秘密となる理由。
そのひとつが、学校で問題をおこさないこと。
深夜営業もする珊瑚礁での仕事は学校にバレたらいけない。
だから瑛は、学校で私生活を探られないように自分を偽っているのだと。
珊瑚礁のことはもちろん、クラスメイトでさえ瑛の家を知らないのだと。
けれど瑛は、最近優等生を演じすぎて、学校ではワケがわからない。
本当の自分が、どこにいるのかもわからない。
そんなこと、気にしてもいなかったのに。
珊瑚礁さえ存続できれば、学校での自分なんてどうでもよかったはずなのに。
のように、本当の自分を受け入れてくれる人間が増えてくると、優等生の自分が消えてなくればいいとさえ思うようになった。
そんな葛藤は、まだ平気で隠せている瑛だったけれど。
それにしたって、プレゼントはすごい量だった。
はあの日の瑛の様子を思い浮かべた。
去年のユキの誕生日も、結構な量のプレゼントをもらっているのを見たけれど、
(生徒会の先輩やらOBやら。はたまた知らない子からも!もう気が気じゃなくて大変だった。)
瑛のそれはユキ以上だった。
間違いなく瑛は『はね学のプリンス』なのだろうが、いかんせん本人はそんな自分を否定している。
いったいどんな偽りぶりなのだろうか、には不思議でならない。
最初からは、今の瑛としてしか知らないから。
「今日はいろいろありがとう。本当に助かっちゃった。」
分かれ道にさしかかったところで、がペコ、と頭を下げた。
瑛はそんなを見て、小さく笑いをこぼした。
そんな動作がまた、小動物に見える。
と言ったら、は怒るだろうか。
そんな穏やかな気分だったから、思わず本音が瑛の口をついて出た。
「俺も今日、がいたからいろいろ考えないで済んだ。」
「え?」
「じゃあな。グッドラーック。」
「ねぇ、ちょ・・・・っと・・・・。」
瑛はもうに背をむけて、背中越しに手を振っていた。
は相変わらずの瑛の様子にため息をついた。
踏みこんで欲しいのか、踏みこんで欲しくないのか。
瑛がどこで線を引いているのか、いまいちつかめない。
それでも、ぽろっぽろっと、今みたいに漏らされる瑛の言葉。
瑛は意識していなくても、瑛の心のどこかが聞いて欲しいと言っている。
いつか、ちゃんと。
ちゃんと聞いてあげたいと、はまた思った。
ちゃんと瑛が話せるようになったときに。
きっと今は、まだその時期じゃない。
でも、聞いてあげられるのは自分しかいないんだということも、にはわかっていた。
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【あとがき】
切りどころがなくて、長くなりました。
「友好」を楽しめるのが、ときメモの醍醐味だと思います。
ときメモは本当に恋愛の過程を楽しませてくれるゲームで、それがたまらなくときめく原因かと。