〔 ダブルバランス 〕










次の日。
は昼休みに屋上で、友人にユキとの会話を話した。

「気になってる子がいるみたい。」
そう洩らしたの横で、友人は怒り爆発。


「なんなの、ユキ!」
のいいトコ見抜けないアイツはさいてー!」
とユキを激しく責めた後に、
「でもさ、そんなことで落ちこむ。」
と、今度はその矛先をに向けた。

「だって街で偶然会うだけの子でしょ?そういうのに運命感じちゃうのって、ユキってばおこちゃまな恋愛感ねー、とか思っちゃうけど。」
おこちゃま、なんて言ったらものすごく不機嫌になるユキの顔が、には容易に想像できる。
「だから、そのことに本気で落ちこむだ。」
たたみ掛けるように親友が言った。

「私?」
「幼なじみなんて、なにがきっかけでどう転んでいくかわからない存在だよ?
 そのまんま幼なじみかもしれないけど、変えたいと思ってるのがなら、それを変えられるのはしかいないじゃん。
 そのが落ちこんで進まないんじゃ、変わらないのは当たり前。」
「変わらない・・・・。」
「自信持ちなよ。結局一番近いところにいることには変わらないんだからさ。踏み出すのか、諦めちゃうのか、決めるのはだよ。」
「うん。・・・そうだね、うん!」
友人は大きくうなずいたを見て、満面の笑みを浮かべた。

うわべだけの慰めじゃなくて、のこの先を考えての友人の言葉。
は友人に言われたことを、何度も思い返した。


大丈夫。
まだ、ユキとその子がどうにかなったわけじゃない。
彼女が励ましてくれたことで、まだがんばれると思ったから。

「ありがとう。」
だから、はそう言って笑うことができた。



***



少し気分の晴れた放課後。
歩いて帰る途中の、のケータイが鳴った。
着信相手は「佐伯瑛」。
マフィンを教えたあの日に、また聞きたいことがあるかもとアドレスを交換していた。

「もしもし?」
「あ、もしもし?俺、佐伯。」
「うん。どうしたの?」
瑛の電話の声が、なんだか急いでいる感じだった。

「明日ヒマ?」
「え・・あした?んー、っと・・・。」

どういう理由なんだろうと、は頭の中で模索中。
明日は確かに土曜日で学校は休み。
予定といった予定も、今のところなかった。

「人手が足りなくて、珊瑚礁。手伝ってもらえたらありがたいんだ。」
「私が?」
「そう。あとはだけなんだよ、このこと知ってるのは。」

珊瑚礁は瑛のトップシークレット。
そこのバイトなんて、やすやすと見つけられるものじゃない。

「うん。私でいいなら大丈夫だよ。」
「はァー・・・。助かった。」
の返事を聞いて、瑛はそれまでの焦りから解き放たれたように深く息をはいた。

「でも、接客なんて文化祭の喫茶店くらいしか経験ないよ?」
「いーよ、それで。料理作るヤツは物に愛情を持てるんだ。」
「う・・なんかプレッシャーかけてる?」
「かけてる。」
さらっと言い返すあたり、さすがと言うかなんと言うか。
は電話口の向こうの瑛の表情を想像しながら、苦笑いをもらした。



***




アクアブルーのタイトなスカートに白のブラウス。
それから白のエプロン。
ブラウスの胸元にはスカートと同じ色で細めの青のリボンが揺れる。
珊瑚礁の制服は、清潔感溢れたシックなものだった。

隠れ家的な立地と、絶好のロケーション。
そして確かな味の珈琲。
珊瑚礁は、社会人くらいからの客を多く顧客に持っていた。


瑛は、くるくると動くを目で追いながらも、安心してホールの一部を任せていた。
たどたどしかったのは最初だけ。
大丈夫かと危惧していたことも、もういつのころやら。
の今の接客は、とても今日初めて入った人材とは思えないほどだった。

は自分が動いている間も、瑛の動きを見逃さない。
客から聞かれる珈琲の種類による味の差や、今日一番のオススメなど。
瑛からそれを聞いて覚えるのではなく、客に説明している瑛からそれを覚えている。

なにより目を引いたのはの笑顔だ。
作った笑顔でなく、自然体の笑顔。
これにはさすがの瑛も脱帽した。
こんな即戦力が近くにいたなんて、本当にラッキーだ。



「遅くまでありがとう。お疲れ様。」
午後10時。珊瑚礁閉店。
最後のお客さんを見送って、いつもよりは少し早めに店が閉まった。
総一郎からは、夕方くらいまでの手伝いで充分と言われていたのだが、は自分から望んで閉店まで店を手伝った。
夕方は特に満席で、バタバタしていたというのも理由のひとつだけれど。


「おつかれさまでしたー!すごいんですね、珊瑚礁。知ってる人はみんな知ってるお店なんだ。知らなかった。」
「高校生が気安く入れる店じゃないし、知らなくて当然だろ。」
瑛が最後のテーブルを拭き終えて言った。

「じーちゃん、ここはもういいから。佐藤さん待ってるんだろ?早く行ってきなって。」
「そうかい?じゃあ、あとは頼んだよ、瑛。さんも、今日は本当にありがとう。」
総一郎は目がなくなるほど細く笑うと、店を出て行った。

「気をつけろよー?」
思い出したように総一郎を追いかけて、瑛は後ろ姿にそう声をかけた。
そんなやりとりを、は目をまあるくして見ていた。
「佐伯くん。・・お母さんみたいだね。」
感心したようにが言うと、瑛はスッ転んだ。

「えぇ?!誉め言葉なのに。」
「いや、それぜんっぜん誉めてないから。」


予想外に遅い時間になってしまったので、瑛はを送ると言った。
大丈夫だし悪いから。と断わったに、珊瑚礁が理由で何かあったら困る!と瑛がすごい形相だった。
「私じゃなくて珊瑚礁ですか。」という言葉を、はすんでのところで飲みこんだ。



「すっごい楽しくて、あっという間に終わっちゃった。」
帰り道、今日のことを思い出しながらが言った。
「俺もいつもあっという間。店終わるだろ?片づけするだろ?次の仕入れと在庫のチェックだろ?寝るのは大概12時過ぎだ。」
「うわ・・。テレビとか見ないの?」
「別に見たいとも思わないし、見ない。そんなヒマあったら、他のことする。」
「ふーん。」
「・・・・なぁ、お前さ、ウチで働けよ。」

突然の瑛の勧誘に、思わずは立ち止まってしまう。
が立ち止まったのを見て、瑛も足を止めた。

「私?」
「ムリにとは言わないとは言わない。」
「・・・どっちよ。」
「いや、だからムリにでも。お前絶対才能あるよ。」
「そう?そう言われると嬉しいけど・・・。」
「水金土日。珊瑚礁の営業日はそれだけ。で、水金と土日のどっちか入ってもらえたらいい。」
瑛は最初から決めていたと言うように、すらすらとシフトの予定をに伝えた。

「あ、毎日じゃないんだ。」
「じーちゃんも年だから。な?!できそうな気がしてきただろ?」
「でき・・・るかな?」
「できるんだ。時間もさ、水金は5時から8時で。土日どっちかは9時まで入ってくれれば助かる。ちゃんと送るし。」
「珊瑚礁が理由で何かあったら困る。もんね?」
さっき言われた言葉を嫌味半分で返しただったが、瑛は大真面目にうなずいた。

「そう。珊瑚礁は俺の一部だから。」
その瑛の目に、は決意のようなものを感じた。
「だから、バイトだって誰でもいいわけじゃないんだ。今日のを見て、俺絶対は珊瑚礁に必要だって思った。」
瑛が躊躇することなく断言する。

それはなんだかすごく自信の持てる言葉だった。
それにも、今日の接客はとても楽しかった。
この珈琲の香りの中で働くことも、好きだと思えた。

「うん。やってみる。」
「よかった。お前絶対才能あるから。」
「そうなのかなぁ・・・。でも、うん。信じてみる、佐伯くんの言うこと。」


ユキの気持ちを聞いて、沈んでいたの気持ち。
自分が踏みこまなければ、変えられないと友人に言われた。

変われるキッカケに、なるかもしれない。
自信に繋がるかもしれない。
そうしたら、ユキの気持ちに踏みこんでいけるかもしれない。

「よしっ」
小さく気合を入れているを見て、瑛は笑みをこぼした。

『あぁ、俺も笑えてるんだ、今。』
そんなことを思いながら。






   back / next