〔 ダブルバランス 〕










「あ、雨降ってきちゃったな・・・。」
さっきから怪しかった雲行き。
空がついに泣き出した。
「私も泣きそう・・・。」
今日のクラブ活動で焼きあげた、あったかかったはずのマフィン。
紙袋のなかで、すっかり冷めてしまった。

「チョコチップ入れたから、あったかいうちに食べてほしかったな・・・。」

しょぼん、と目を落とす。






!」
「ユキ!遅い!」
足早に駆けてくる赤城一雪。
けれど、鞄を持っていない。

「ごめん。まだ終わりそうにないや。先に帰っていいよ。」
「え・・でも・・・。」
「本当に悪い。・・・あれ?雨か。傘はある?」
「う・・・。」
「赤城くーん!」
が返事をする前に、廊下の向こうからユキを呼ぶ声。
姿が見える。
生徒会執行部の女の先輩だ。


「早く戻ってきてよ。赤城くんがいないと進まなーい。」
まるっきりなんて見ないで、いないもの、としてユキに話をしている。
一瞬だけ、嫌な目でを見た。
ユキには気がつかれないように、一瞬。
牽制するような目。
ユキに好意を抱くがゆえの、目。

もつん、と目をそらす。
こんなところばっかり気が強い。


そんなの態度に先輩はまた、むっとした表情を見せるが、すぐに笑顔を取り繕う。
「待ってるからね。すぐだよ、すぐ!」
「はい。わかりました。」
仕方ないなぁ、というように笑みをこぼすユキ。
それでも頼りにされていると思うのか、どことなく嬉しそうだ。

「そういうワケで。ごめん、。」
ぱん、と両手をくっつけて謝るるしぐさをしたら、そのまま生徒会室へ戻ってしまった。
は思ったことも話せずに終わってしまった。

ユキが走って遠ざかる。
小さくなっていく背中を、ただ見送った。




***




「ううん。傘、持ってない・・・。」
あの時ユキに言うはずだった言葉を、ひとりつぶやく。
折り畳み傘を持ってきていたけど、それは友人に取りあげられた。



「相合傘で帰って、ユキの家に行く。が作ったマフィンを食べて、一緒にお勉強!こりゃもうカップルだよ?!」
だから傘は没収なのだと。
「それ、いつもどおりなんだけど・・・。」
それでも何にも進展しないんだという、このもどかしさをわかってほしい。
は苦笑いで友人を見た。

「それは中学までの話。どんどん大人になっていくんだからさぁ、見方も違ってくるって!」
恋の話にはとことんパワフルな友人が言った。
「そうかなぁ・・・。ううん、でもやっぱりユキは幼なじみ以上には見てくれなさそう。」

そうしてもう、いつのまにか2年生になってしまったのだ。
それが中学までの話なら、去年の1年間はなんだったのだろう。

「それになんだか、ユキの周りに女の子を見るのが多くなった気がする。」
「あぁ、最近のユキは称号持ちだもんね。『はば学の王子様』」
友人がさらっと言った。

文化祭における学園演劇の主役候補ナンバーワン。
その称号が『はば学の王子様』
まだ2年生だというのに、すでにユキはそう呼ばれている。


「ユキが伝説の葉月珪と同じ称号だなんて・・・。しかも幼なじみって最近障害に思える。」
「なに言ってんの!アタシが男ならゼッタイに惚れる。嫁に来いってもんよ?!」
「ありがとう。」
あまりに友人が真顔で言うものだから、は本気で笑ってしまった。









でも、結果は散々。
一緒に帰ることもできなかった。
小雨のうちに帰ろうと飛び出してきたけれど、ついに雨も本降り。
雨宿りに飛びこんだはいいけど、この屋根の下から身動きがとれなくなった。
すっかり冷たくなった紙袋を抱きしめる。



「やまないね。」
誰にともなく、声が出た。
きっと無意識で抱きしめていたマフィンの紙袋に話し掛けたのかもしれない。




「まいったな。」
「!?」
まさか答えが返ってくるとは思わなかった。
それよりも、となりで同じように雨宿りしている人がいるなんて思わなかった。


「あれ?俺に言ったんじゃない?」
雨にぬれたアッシュの髪をかきあげながら彼が言う。
とんでもないタイミングで独り言を言ってしまった。
「他に人がいると思わなかった・・・。」
は思ったままを口にした。

彼が吹き出して笑う。
「どんだけぼーっとしてんだよ。」
乱暴な言葉でも、不思議と悪い気はしなかった。

「じゃ、独り言に返事した俺もかっこ悪いってことで、お互い様か。」
「ううん。私こそごめんなさい。まぎらわしくって。」
えらくかっこいい人だった。
自分の魅せ方を知ってる、というか。
だけど嫌味じゃないかっこいいオーラが出てる。


「はば学だ。」
の制服を見て彼が言う。
「うん。二年生。・・えと、そっちはバイト中?」
「バイト?・・あぁ、そっか。俺こっちの服だった。」
なにと勘違いしてたんだろう。
彼は自分の服装を見て納得している。

「いや、バイトじゃない。俺の本職。」
自慢げに彼が胸を張った。
「え?・・・ごめんなさい。高校生じゃないの?」
「高校生?どうして?」
彼は不満そうに顔をしかめる。
何気なく後ろのガラスを見て自分を確認した彼は、慌てたように声をあげる。

「やべっ!髪くずれてる・・・。」
雨にぬれたせいで、セットしていた髪型が崩れてしまったらしい。
彼は大慌てで髪をアップに持ちあげる。

「あぁ、その髪型だと年上に見えます。」
がにっこり笑って言うと、彼はほうっとため息をついて髪をあげていた手を下ろした。
「いいや。なんか毒気抜かれた。」


「?」
「年。おんなじ。俺も高校2年。」
「・・・・学校行ってないの?」
「はっ?なんで?」
「だってさっき本職がそれって言ってた。」
「んぁ?あぁ。・・うん、まあ、気持ち的には。学校生活のほうが副職。」
「ふぅん。」

シトシトと音を立てて、雨が降り続いている。
ザァーっと降って、すぐにやんでしまえばいいのにそれは望めそうになかった。


「やまないな。」
「うん。」
「仕方ない。お前ここで待ってろ。ちょっと傘買ってくる。」
「え!?じゃ、私も行くよ。」
「パス。」
即答した彼は、もう一度を見た。

「制服ってさ、一着しかないだろ。今日濡れたら、明日どーすんだよ?」
「う・・・部屋干し?」
「ばーか。それで済むかよ。」
「ばか?!」
「とにかく。クリーニング出す手間、考えてみろよ。めんどくさいだろ。」
同じ高校生の男の子が言っているとは思えない台詞をサラっと言って、彼はもう一度に念を押した。

「傘は俺が買ってきてやる。・・・どっかいなくなってるなよ?」
「いなくなるわけないでしょ!もうっ!・・・じゃー、任せた!お任せしました!」
がそう叫ぶと、彼はハハハと声を出して笑う。
「よし、任された!」
言うなり彼は、雨の中へと走って行った。


20分ほどで帰ってきた彼に、は「お礼」とマフィンを手渡した。
「さっき私が作ったの。食べてくれたら嬉しいな。」
「へぇー・・・。さんきゅ。」
「作るのは得意だから、味の心配はしなくていいと思うよ。友達にも大人気なんだから。」
「そっか。」
「傘、本当にありがとう。」
「あぁ、別に。俺も必要だったし。」
「じゃ、私の家はこっちだから。」

パン、とビニール傘を開いて、は歩き出した。
それは、どこにでもありそうな偶然と、ほんのちょっとのイレギュラーな出会い。

けれど、この彼との出会いがの高校生活を大きく変えていく。






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【あとがき】
 瑛が本当にかわいくって、かわいくって。
 高校生だから未熟なヒネクレかたがまた、かわいいです。
 そんなところからまた、いろいろ妄想。
 その妄想の果てに、この「ダブルバランス」ができています。
 もしも瑛が赤城ポジションで、赤城が瑛ポジションだったら。的な。
 お楽しみいただけたら幸いです。

 「ダブルバランス」
 聞こえは悪いけど、両天秤とか、そんな意味もあり。
 赤城とのバランスと、瑛とのバランスとか、そんな意味もあり。