アークエンジェルはオーブへ入港した。
そこへ着くまでに攻撃を仕掛けてきたのは、やはり以前から執拗に追いかけてきた隊だった。
けれどその戦闘の中に、たったひとつの違和感。
イザークが敵機を撃ちきれない。
そのことに、戦闘の激しさの中では誰も気がつかない。










〔 赤と青 〜護り石〜 〕










オーブのオノゴロ島で、修理を受けることになったアークエンジェル。
それに伴い、束の間の休息がたちにも与えられた。
ナチュラルの友達は、ヘリオポリスからオーブへ避難した両親に再会した。
が、とキラは両親との面会をしなかった。

の両親はモルゲンレーテ社に勤めていて、今回のG開発事業のプロジェクトチームにいた。
その両親のせいで、この戦争にキラやミリィたちが巻きこまれたと思うとやるせない思いだった。
それに自身、戦争行為に加担していた両親を許せないと思う部分もあった。
面会してしまえば、それを責めてしまうだろう。
けれど両親だって、最初から戦争をしたくてGの開発をしていたわけではないと信じたい。
その葛藤の中で、両親との再会をすることがにはできなかった。

キラもまた同じように、コーディネーターとしての自分に両親がなにを求めたのかわからずにいた。
同胞と戦ってきたことで、自分自身の存在理由がわからずにいたのだ。
その思いを両親に突きつけてしまうことを恐れて、キラは面会を拒んだという。
それはまた、両親を傷つけたくないという二人の優しさでもあった。



***



が『ハウメアの護り石』を知ったのは、カガリからだった。
カガリが首からぶら下げていた珊瑚色のペンダント。
それがハウメアの護り石だった。

「そんなに気に入ったんなら私のをやるよ。」
あまりに熱心にが見ているので、カガリは苦笑いで言った。
「そんなつもりで言ったんじゃないからいいよ!」
はカガリの予想外の行動に慌てて辞退した。
譲って欲しかったわけではなかった。
ただ、『石が護ってくれる』という発想が、素敵だなと思ったのだ。

戦っていると、何かにすがりたくなる。
誰でもいい。
何でも良いから、この状況をどうにかして。と、思ってしまう時がある。
そんなときに、この石を握りしめていたら心が落ち着くような気がした。

「ね、カガリ。この石がどこにあるのか教えて?私、自分で買ってくる。」
彼女がカガリ・ユラ・アスハだとわかっても、今までのような態度で接してしまう。
カガリも特別に扱われることをひどく嫌がったので、の変わらない態度が嬉しかった。
「わかった。なら、とっておきの場所を教えてやる。」



***



「潜入ってのもオモシロソウだったけどなー。なーんにもないよなー。」
やる気なさげにのろのろ歩くディアッカを横目に、イザークは険しい顔を崩さなかった。
「公式発表では、すでにオーブを出国したことになっている艦だ。そんな簡単に見つかるわけないだろう。」
「そーりゃ、そうだけどさぁ。」

相変わらずやる気のなさそうなディアッカに、イザークはこれ見よがしにため息をついた。
「もっとしっかり歩け。それじゃ仕事をサボりに来ているとしか思われないぞ。」
イザークたちは足つきの動向を探るため、オーブに潜入していた。
用意されていたのはモルゲンレーテ社の作業着で、イザークたちはみなそれを着用して街を歩いていた。
作業着は着ていても、セキュリティシステムが完全管理しているモルゲンレーテに進入するのは難しい。
結局、こうして外から様子を伺うことしかできずにいた。


「サボリたくもなるよなぁ。さっきからすれ違うコたち、結構可愛いぜ?」
「ディアッカ、貴様ぁ〜〜!」
「あ、ほら。あのコ。かなりレベル高いじゃん。」
イザークの怒り声もなんのその。
すっかりナンパモードに移行したディアッカが、一人の女の子に目をつけた。
そのディアッカの指し示す方向に目をやって、イザークは固まった。
そこにいたのは、あのだった。



***



「おーい、彼女ぉ。そうそうキミ!」
イザークなんてお構いなし。
このチャンスを逃してなるものかと、ディアッカはと接触を図る。
自分が呼ばれていることに気づいたは、声の主を探してきょろきょろとしている。

「ねぇ、一人?俺も仕事あがりで―――いってぇっ!」
「時と場所と相手をわきまえろっ!!」
我に返ったイザークの鉄拳が、ディアッカの頭にヒットする。
は突然わいて出た相手の顔を見て「あ」と声をあげた。

「・・・ここに、いたのか。」
「イザーク・・・。」

わけあり顔で話を始めたイザークに、一番驚いていたのはディアッカだった。
軽い気持ちで声はかけたが、選りすぐった相手だった。
そんな少女とあのイザークが、まさか知り合いだったなんて。
「そんなのアリかよ。」

がっかりしたディアッカに、イザークがさらに追い討ちをかけた。
「悪いがディアッカ、外してくれ。」
ディアッカは呆れたように手を振った。
「へーいへい。ごゆっくり。」
あのイザークが、あの堅物が、こんなところであんな美少女と!
ディアッカの中では驚きよりも、うらやましく思う気持ちのほうが強かった。

今日のは、あの日の男物のパイロットスーツではなく私服だった。
街の中を歩いているのだからそれは当然なのだが、秋物の茶のワンピースがとても可愛らしかった。
彼女が戦闘機に乗っているとは、とても信じられないほどに。


がいるということは、やはりあの発表は嘘だな。」
「・・・・それを、調べているの?」
「あぁ。」
「潜入してきたんだ、こんなところに。」
「・・・あぁ。」

はふ、と笑みを見せた。
「私は、オーブの国民よ。ここにいても不思議はないでしょ?」
「今の足つきの状態では、除隊などの許可はでない。」
「うわー、さすが。」
きっぱりと言い切ったイザークに、はそのあとを隠そうとはしなかった。

「じゃ、今度は私の番。オーブは軍人の入国を特例のない限りは認めません。イザークの滞在許可証は?」
「あるわけないだろう。」
潔いイザークの答えに、は大声で笑った。

「じゃ、私たち似たようなものだね。」
「お前はどうしてそんなにのん気なんだ。」
イザークが呆れたように言うと、はそのままの笑顔で言った。
「お前って言わないで。私は。前に教えたじゃない。」
「あ・・う・・。わかった。」
そう答えるのが精一杯のイザークだった。


私服のを前に、妙に意識してしまう自分がイザークには不思議でならなかった。
あの日『守りたい』と強く感じたことを思い出す。
柄にもなく、心からそう思ったあの想い。

そんなことをイザークが思い出していると、くんっと手を引かれた。
「おい?」
「ハウメアの護り石って知ってる?」
は今回の外出の理由をイザークに話した。
それは民俗学を専攻していたイザークにはたまらなく魅力的な誘いだった。

もともとオーブは信仰心厚く、古くから神などの存在が祭られている。
それにあやかった『お守り』なるものは、機会があれば入手したいとイザークは思っていた。
とくに『ハウメアの護り石』は、モビルスーツ乗りの自分には一番効果があるように思えていた。
はこれからそれを買いに行くのだという。

これだけ魅力的な誘いを、イザークが断われるはずもなかった。
護り石のこともしかり、のこともしかり。


「友達が教えてくれたの、この神社のものが一番だって。」
「場所によって違うものなのか?それは知らなかった。」
「鉱石の一部を加工したものだから、職人の腕で変わるらしいよ。友達もここの神社から手に入れたんだって。」

最初に繋がれたときから、二人の手は離れずにいた。
にしてもそれは勇気のいる行動だった。
すぐに振り払われることも覚悟していたが、意外にイザークはその手を握り返してきた。

イザークからしてみても、つながれた手には驚きがあった。
けれどそれはすぐに、言いようのない幸福感をイザークに与えた。
の手は柔らかく、とても戦闘機を操縦するような手には思えなかった。
このつながれた手を、離したくなかった。

「特別に、外出許可をとってくれたの。本当なら私たちドッグから出られたりしないもの。」
「だろうな。例のアスハ嬢か?」
「うん。」
「突拍子のないことだな。」

何気ない会話ばかりだった。
前に出会ったときとは違って、敵だとか味方だとかいう話は一切しなかった。

現実は、戦火の真っ只中。
は地球軍のパイロットで、イザークはザフト軍のパイロット。
戦場では命を奪い合う二人が、こうして手をつないで歩いている。

それでも、の笑顔につられるようにイザークも笑っていた。



***



イザークはパイロットスーツの中に、ハウメアの護り石を忍ばせた。
「足つきはオーブにいる」と、確証もないままアスランが言い張って数日。
アスランがどこからそうと言い張るのかはわからなかったが、イザークも反論しなかった。
イザークには、確証があった。
とオーブで再会したことで。

「オーブ艦隊より離脱艦あり、足つきです!」
オペレーターも、興奮でうわずった声をあげた。
「出撃する!今日こそ足つきを落とすぞ!」
通信されてきたアスランの声にも、闘志をかきたてられる。

「イザーク・ジュール。デュエル、出るぞ!」
グゥルに乗ったデュエルは、自由に空を移動する。
射出された勢いをそのままに、イザークは足つきへ機体を寄せた。
足つきの艦上に、ストライクが悠然と立っていた。

「今日こそお前を俺がっっ!」
バーニアをふかしたが、イザークはすぐにデュエルに制動をかけた。
頭上から戦闘機が猛然と突っこんできた。

「う・・・くそっ!」
ビームライフルを戦闘機に向ける。
が、なかなかにすばやい動きの戦闘機に狙いを定めることができない。
戦闘機はなおも旋回し、イザークのデュエルに接近してくる。
至近距離で放たれる攻撃に、イザークはデュエルを回避させた。
デュエルの真横を、戦闘機がすぎる。

「やっぱり・・・!、お前なのか・・?!」
デュエルの操作レバーから、イザークの手が離れた。
確かに、いた。
地球軍の戦闘機のコックピットに、が。

「イザーク。」
戦闘機から傍受した通信から、あの時と変わらないの声が届く。
「だから・・・!どうしてがそんなものに乗っている?!」
忍ばせていたイザークのハウメアの護り石が、わずかに熱をもった。

「乗れるから。・・・私がやらなきゃ、友達が・・・。」
キラリ、と切なげに戦闘機が光を放つ。
太陽に反射したそれは、まるで自身のように輝いていた。
イザークは迷いの中、それでも兵士としてライフルを戦闘機へ構えた。

「投降しろ!!」
「―――できない。」
の機体からビームが発射され、間髪開けずにイザークも撃ち返す。

「なぜだ・・!なぜ撃ち合わなきゃいけない?!!」
「やめてっ!」
イザークの声を振り払うように、の声がイザークを拒絶した。

「その機体・・、造ったのは私の両親。私は・・・、私は償いをしなければいけない。」
「なにっ?!」
「今の私は、地球軍なの!私にも、守れるものがあるなら私・・・!」
絶叫に近いのその声は、イザークに告げられているものなのか。
それとも、自身に言い聞かせているのだろうか。

揃いのハウメアの護り石。
敵と知り、戦うと知りながらもそれを手にした二人。
それにどんな意味があったのか、二人にはわからないままだ。


の操る戦闘機のスピードがあがった。
反応スピードはさすがに速く、ライフルでの攻撃はかすりもしなかった。
「えぇい!」
イザークはビームサーベルを引き抜いた。
ぶうん、と鈍い音を立てて、妖しげな光を放つ。
流れ落ちる汗を意識しながら、イザークはデュエルの前面でそれを構えた。

「会えて・・良かった。それだけはウソじゃない・・・!」
聞こえてくるの声を、イザークは懸命に頭から振り払う。
あれは敵だと言い聞かせる。
けれど、猛然と突っ込んで接近戦を仕掛けてくるに、イザークはサーベルを振り下ろせない。

 敵、なのか?
 その着ている軍服が違うから、と。
 所属する部隊が違うから、と。
 同じ、守るためにただ戦っている自分たちは、敵なのか?!

「イザーク!!」
迷うイザークを横目に、友軍機がの戦闘機に攻撃を仕掛ける。
「待てディアッカ!それは―――!」

 それは?
 それは、何だ?
 敵か?
 味方か?

イザークは攻防を続けるの機体と、ディアッカのバスターを呆然と見た。
ディアッカの放つ散弾砲が、ついにの機体にヒットした。
?!」
「このおっ・・!」
の機体が黒煙を吐きながらもディアッカへと迫る。
接近されれば、接近武装を持たないバスターは不利だ。

「やめろおおおおぉぉっ!!」
イザークはデュエルをバスターの前面に展開させた。
の戦闘機はそれでも、スピードを緩めることなく突っこんできた。

目の前に迫る戦闘機。
イザークにはそれまで、その機体にかぶるように見えていたの姿が、ついに消えた。

「いえええぇぇっっ!!」
気合とともに迷うことなく、ビームサーベルを突き刺した。
ジリ・・・、と鈍い音がした。

「俺・・・は・・?」
デュエルの手からビームサーベルがなくなっていた。
見下ろせば急降下していく戦闘機が、イザークのビームサーベルを受け取っていた。
「助かったぜ、イザーク。」
ディアッカの声が、頭の遠くで聞こえた。

遙か下に見える、海と小島。
やがてあがる炎と煙。

――――っっ!!」
イザークはひとり、コックピットの中で絶叫した。
胸元のハウメアの護り石から、熱が消えていた。
ただひんやり冷たいそれは、まるでの命のように思えた。



***



あれから、苦しいほどの矛盾した思いを抱いたまま、イザークは終戦を迎えた。
周辺が落ち着いたのは、終戦から実に二ヶ月がたってしまっていた。
イザークはひとり、オーブを訪れた。

不本意だったが、この場所にくるための手配はアスランがとってくれていた。
今はオーブへ亡命した、気に食わないのは変わらないが頼りにはなる。
小型の偵察機を不時着させると、イザークは自分の足で周辺の捜索をはじめた。
何かがあるとは思っていない。
あれから、もう三ヶ月が過ぎている。
「お前を守りたかった俺が、お前を殺した。お前は今、どこにいるんだ?・・・。」

イザークは空を仰ぐ。
この上空で、自分は・・・。
ほのかに恋しい想いを抱いていたを殺した。

目を閉じて風を感じる。
潮の香りがした。
海が近い。

海はすべての命の原点。
海から産まれて、海へ還る。
も、海へ還ったのだろうか。
落ちていく戦闘機と、雲間に見えた海。
この鮮明に覚えている映像は、の最期だ。


「くそっ・・・。何をしてるんだ俺は。」
この場所にきても、イザークは自分がどうしたかったのかわからなかった。
突き動かされるようにここへ来たが、来たからといってイザークが自分を許すことはない。
イザークはずっと、を殺した自分を許せない。


イザークの胸元で、ハウメアの護り石が揺れた。
首にかかる紐の部分は補強されている。
を討ったあとに、引きちぎってしまったからだ。
結局、こんなお守りは気休めでしかなかったと。
それでもそのまま捨てることができずに持っていた。
そして今回、オーブへくる機会に直したのだ。

「ここにきて・・・俺は、何かが得られるとでも思っていたのか・・・?」
イザークは自嘲した。
自分が自分を許せない代わりに、の許しがほしかったのか。
がいなくなったこの場所なら、の声が聞こえるとでも思っていたのだろうか。



イザークはもう一度空を仰いだ。
この空は、イザークのいるプラントにまで繋がる。

そのことに気がつくと、イザークは口元に笑みを浮かべた。
この場所にくる意味はなかった。
どこにいても、の存在は自分の中にある。
そして地球とプラントは繋がっている。
色の違う空で。
そう、出会ったときの自分達も違う色のパイロットスーツだった。
それと同じだ。

イザークは満足げに歩き出した。
この気持ちに、答えなんて出ない。
だから、あのときの気持ちを抱いたままで生きていけばいいのだ。


守りたいと思った。

あの気持ちに、今も嘘はないから。





     END


【あとがき】
実はこの作品の中に隠しページに繋がるリンクを貼ってあります。
こちらがイザークひとりENDなら、そっちは・・・。というENDです。
本編をキレイな終わらせかたにしたくて、
(情景を大切に書けたらいいなという思いがあって)
隠しの部分を本編に入れられなかったのです。
(ライナのヘンなこだわりです。ごめんなさい。)
隠したのに特に意味はないんですけど。ただ面白いかなって。(そんな理由かい!)
それで、この言葉がこの作品のテーマというか、根本に考えて書いていたことなので、ここに入れたかったのです。
あ、だからもちろん18禁とかでもないです。(笑)
〔赤と青〕としてはこれで終わりでもOKかな、と思って書いたものですが、興味がある方はぜひ、探してみてください。