2014.11.07

     大分前に、朝のNHKラジオの「ビジネス展望」で内橋克人がちょっと興奮気味に宇沢弘文の逝去について語った。僕は知らなかったのだが、宇沢さんは随分良心的な経済学者だったらしい。東大の数学科だったのだが、河上肇の貧乏物語を読んで経済学に転じたそうである。その後アメリカで活躍しているときに、フリードマンの市場原理主義に(当時は大多数の経済学者と共に)とても反発した。帰国して水俣病に触れてまた経済学を見直して、到達したのが「社会的共通資本」という考え方である。これは社会の維持にとって重要な部分を市場メカニズムに任せることから切り離し、そのヘゲモニーを当事者の運営に任せるというものである。市場の調整に任せると社会の基盤が食い荒らされてしまう、という事である。でまあ、コンサートを聴きにアステールプラザに行った時に、中区図書館で本を探して、「始まっている未来−新しい経済学は可能か?」という宇沢弘文と内橋克人の対談集(岩波書店)を借りた。ちょうどリーマンショック直後の2008年に対談が始まり、民主党政権誕生の2009年に出版されている。

      同じ考えの2人の対話であるから、対話というよりは市場原理主義への攻撃で盛り上がった、という感じである。結構具体的な個人への攻撃も含まれている。非人間的な発言だとか、利己的行動だとか、はては論文の剽窃だとか。医療改革では Death Ratio(老人が死ぬまでのコストを最小化)、対日空襲やベトナム戦争では Kill Ratio(敵国人を1人殺すためのコストを最小化)といった指標に従って、治療を止めるタイミングとか殺人手段の研究を行ったとか。妻の自殺に接したフリードマンの弟子は、その事件を自分と暮らす苦しみよりも自殺の苦しみを合理的に選択した結果として捉え、「自殺の経済学」を研究した。同様な趣旨で、大学に行くための費用とそれによる収益を比較した「教育の経済学」も研究している。「犯罪の経済学」では死刑になる確率と殺す楽しみを比較検討している。各人が合理的判断で自己の利益を最大化する、ということで、市場原理主義も同じ土壌から出ている。問題は各人は必ずしも合理的判断が出来ない(情報も資源も不均等)という事なのだし、何よりも人々がこれまで大切にしてきたモラルの概念が欠けている。

      日本では小泉改革を推進した竹中平蔵と周辺の経済学者への攻撃である。改革の背後には太平洋戦争勝利以来のアメリカ政府と経済人達の日本への戦略がある。つまり、日本の官僚を支配すること、自動車産業の市場とすること、アメリカの農産物の市場とすること、である。そして、市場原理主義に巻き込んで日本の社会を破壊していく。その施策として僕が知らなかったものに、1989年にブッシュ政権下で始まった日米構造協議の内容がある。そこではアメリカの対日貿易赤字の原因は日本市場の閉鎖性や特異性にあるとして、日本の国のあり方(構造)を変えよ、ということが要求された。日本のGNPの10%を「生産性の向上に寄与しないような」公共投資に当てろ、という要求があり、海部政権下から10年間に亘り430兆円の公共投資が行われたが、それでも不十分ということで1994年には200兆円が追加された。これは殆どが地方自治体に押し付けられ、レジャーランドのようなものに投資をすることになった。資金は地方債を発行した。それは最初の約束では地方交付金で国から少しづつ補填される、ということであったが、小泉政権になって約束が反故となり、地方自治体が第3セクターで作った設備の多くが不良債権化してしまい、今日の地方自治体の財政難の原因となっている。当時確かにそういうよく判らない設備が沢山できたのは記憶にあるが、背後にそういう事情があったとは知らなかった。これではまるで日本がアメリカの植民地みたいである。ともあれ、竹中平蔵の私的懇談会からは、そのような原因に触れることなく、自治体破産制度を含む市場原理を導入した自治体づくり、という自治体間市場競争論が出てきた。地方自治体はやむなく赤字の病院を切り捨てることになった。

      ジョン・スチュワート・ミルの「経済学原理」(1948年)に、「マクロ経済学的には全ての経済的な変数が一定に保たれているが、ひとたび社会の中に入ってみると、華やかで人間的な営みが展開されている。人々の交流、文化的活動、新しい研究、、、新しい何かが作られていく活気に満ちた社会であり、かつ経済全体で見ると定常的である。」と、社会をマクロとミクロの矛盾として見る見方が書かれている。これは、マルクスの階級的思考でもなく、新古典派の経済的動議だけで動く合理的個人というモデルでもない。このマクロとミクロの矛盾に対する答えが、ソース・ヴェブレンの考えである。彼はミルが記述したような社会を実現できる制度的な条件を目指すのが経済学の目的であるとした。制度学派とか、進化論的経済学、と呼ばれている。宇沢弘文氏はその制度的条件を「社会的共通資本」という概念に求めた。具体的にはこの本の付録2「社会的共通資本と21世紀的課題」に概説してあるが、自然環境、社会資本(道路、橋、水道、、、)、制度資本(教育、医療、金融、司法、、、)であり、これらは決して官僚的な基準で管理されるのでもなく、市場原理に任されるのでもなく、密接な関係のある生活者や専門家集団によって構成される公共意識のある人達によって運営されるべきである。付録の中では、水俣や公害問題、地球温暖化問題、医療問題、教育問題、数学の普及、都市問題、農村維持の問題を具体的に論じている。中では農村の維持というのが特異的と思われる。日本の場合人口の20%が農村で暮らすようにすべきであるという。農村から人が居なくなったのは、都会に出て行かないと社会的関係が開けないからである。日本の農政では農業を工業部門や他の国の農業と比較した上で大規模農業として競争力を付けるという方針であるが、これはそもそも不可能であると同時に農村文化の破壊である。農業を産業として扱うのではなく、農村を社会的共通資本として扱い、公的資金を導入して、農村に入って専業農家としてやっていく人達を支援すべきである、という。詳細は「成田とは何か−戦後日本の悲劇」(岩波文庫)にあるらしい。またこの本の付録1に「社会的共通資本としての農の営み」という対談があって、そこでも展開されている。WTOが自由化の旗の元に過去すすめてきた農業の破壊例と最近注力している投資の自由化の危険性も指摘されている。WTOが標榜する保護貿易による世界のブロック化の危険性については、今日のように多国籍企業間取引が貿易の2/3を占める状況では単なる詭弁に過ぎない。むしろマネーの自由な移動は多国籍企業の課税逃れの手段となっており、例えばEU内ではそのために年間1兆ユーロもの課税逃れが発生している。なお、宇沢さんは最近の大学改革については否定的である。パックス・アメリカーナに最後まで抵抗していた大学を官僚が主導して市場原理主義に引きずりこんでいるから、ということである。

      内橋はF(食料)E(エネルギー)C(ケア)の自給圏という「共生セクター」を形成すべきだ、という。市場原理主義の適用範囲からそれらを外す、という事である。その法的根拠は人間の生存権である。市場の機能はむしろ道具として使う。自覚的な消費者を育てる、ということである。宇沢氏はそれに答えてフランスの例を挙げた。ド・ゴールの時代、フランス政府は自動車を国民生活の中に積極的に取り入れようとした。都市の景観は自動車の通り易い仕組みになって変貌してしまった。これに反発したのが学生たちだった(1968年の学生革命)。以後ミッテランによって、地方分権化政策が取られた。大きな都市とその周辺を含めて広域地方自治体として税源を委譲した結果、エリート、特にエンジニアが地方に分散して行って都市計画や社会計画を作り、街の中心から自動車を締め出していった。21世紀はもはや自動車の時代ではない。更に、宇沢氏は自らが関わった地球温暖化の会議(1990年ローマ)の話をした。スウェーデンで行われていた炭素税が受け入れられそうになかったため、炭素税の比率を一人当たり国民所得に比例させる提案を行った。もう一つは大気安定化国際基金の提案である。それらはヨーロッパや発展途上国に支持を得て京都国際会議に繋がった、ということである。ただ、CO2排出権取引については非倫理的であるとして反対している。

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