2009.08.22

    なかなか評判が良いので、藤井直敬の「つながる脳」(NTT出版)を買って読んだ。脳そのものを厳密に外界と切り離して、あるいは刺激制御して調べても人の脳たる所以、つまり知性は解明されない。解明するためには脳をもっと自由にさせなくてはならず、他者との自由な関わりを設定してやる必要がある。ここまでは最近の心理学や哲学で既に良く論じられている事である。しかし、彼は、それを実験電気生理学者としての指針にしようとしている。今までやられていないのは、そうすると神経細胞からの信号は取り辛くなるからである。つまり従来はf-NMRのように時間分解能には欠けるが位置分解脳の高い測定や、電極を埋め込んで一個の神経細胞からの時間分解能としては申し分のない信号を測定していたのだが、他者との自由な関わり(そこでこそ知性が発揮される)においてはいずれも使えない。しかし同じ電極でも一個の神経細胞ではなく、付近の神経細胞周辺の電位変化を取る事はあまり難しくない。最近それを使ってBrain-Machine Interface が開発されているように、電位のパターンは脳が行っている概念化できる程度の荒っぽい情報処理を反映していると思われる。つまり、個々の複雑は神経ネットワークを全て追わなくても大局的な脳の働き具合は神経細胞近傍電位の変化に充分反映されているということである。結局のところ脳の働きは何かをなすために協力現象を示すから1個1個の神経細胞レベルまで測定しなくても研究が成り立つ可能性が高い。そういう考えで、彼は理化学研究所で複数の猿を使って猿同士がどう相互作用していて、それが脳の中の何に対応しているのかを調べている。

何かが出てくるのはこれからであるが、彼の考え方の面白いところは、研究というのは目的なり問いの設定してそれに適合した実験を考える、という風に考えなくても、まずは実験装置を作ってから、何かやりながら発見していく、ということで良いのではないか、というところである。特に新しい分野というのはそういう試行錯誤が無いと出てこない。ただ、今後の予定として、Brain-Machine Interface を使って脳に働きかける、ということであるが、神経細胞近傍電位の変化によって、神経細胞が発火したりするには相当極端な電位変化が必要なので、上手く行くとは思えない。

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