2024.05.13

    『映像の世紀:バタフライエフェクト:奇妙な果実:怒りと悲しみのバトン』

    ビリー・ホリデイというと、まあ日本で言えば美空ひばりのような感じで、歌の力がずば抜けていて、誰もが引き込まれてしまう、そんな歌手として学生の頃ジャズ喫茶でよく聴いていた。『奇妙な果実』と言えば、中島みゆきの『誰のせいでもない雨が』の中で出てくる「黒い枝の先ぽつりぽつり血のように りんごが自分の重さで落ちていく」というくだりで、ふと想起してしまうほどになじみ深い曲である。彼女の伝記も出ていて皆よく知っているから、今更とも思ったが、番組を観たら、もう少し歴史的な視点からであった。

    第一次世界大戦での黒人兵の活躍があり、アメリカでは戦後の好景気の中でジャズが流行した。聴衆は白人で演奏は黒人。黒人にとっての有望な職業となった。ベッシー・スミス、ルイ・アームストロングといったスターが誕生。そんな中、ニューヨークの黒人地区ハーレムでエレノワ(ビリー・ホリデイ)が生まれた。母は売春宿を経営。家計を助けるためにナイトクラブで歌った。ジョン・ハモンドが彼女を見出した。

    1938年、アーティ・ショーの白人バンドに参加。当時南部の州では黒人と白人が分けられていた。ニューヨークでも黒人差別が酷いために、バンドを辞めた。父親が肺炎で亡くなった。黒人は病院から排除されていた。

    23歳、マンハッタンのカフェ・ソサイアティで歌い始めた。ここは人種を区別しない方針。経営者はユダヤ系。エイベル・ミーヨーコというユダヤ系詩人が彼女に詩『Strange Fruit 奇妙な果実』を持って来た。私的リンチによって黒人が吊るされた姿を歌っている。この頃、ロシアでのユダヤ人差別を逃れて多くのユダヤ人がアメリカに移住してきていた。彼らにとって黒人差別は他人ごとではなかった。あまりにもおぞましい内容であったために、録音を引き受けたのはやはりユダヤ系の新進レーベル「コドモア」であった。新聞で報道され、ラジオで放送禁止となったが、それでもヒットチャート1位となった。成功したビリー・ホリデイには多くの男たちが集り、彼女は麻薬に取り込まれていく。麻薬捜査官の恰好のターゲットとなった。収監され、仮出所後のカーネギーホールで大成功。1957年44歳で亡くなった。

    1959年、ニューヨークにやってきたのが、幼少期からビリー・ホリデイを聴いて育ったボブ・ディランだった。歌う目的は不正義への抗議であった。彼は同じくジョン・ハモンドに見出された。1962年の『The Death of Emmett Till』はミシッシッピー州で起きた黒人リンチ死事件を歌ったものである。母親は彼の死体を4日間人目に晒して事件を知らしめた。裁判では陪審員が白人であったために殺人者が無罪となっていた。

    その歌に動かされてサム・クックという黒人の人気シンガーが1964年『A Change Is Gonna Come』を創った。同じ年公民権法が成立。この歌はその後公民権運動で歌い継がれ、2008年にオバマがこの歌を使って大統領に選ばれた。だが、その後2020年、パンデミックの中、白人の心の底にしまい込んでいた憎しみの心が噴出し、ミネソタ州でジョージ・フロイドが白人警察官に殺された。ビリー・ホリデイの伝記映画が作られた。2022年、エメット・ティル反リンチ法が成立した。

    アメリカの歴史と日本の歴史は大きく時間をずらしてみると重なる処がある。インディアンの暮らしていたアメリカに白人(清教徒)が押しかけて広大な土地と資源を開拓して「民主主義」国家を築いたが、やがて労働力不足になり、アフリカからの黒人を奴隷として輸入した。その後世界の経済的覇権を握ったアメリカの中で非白人の勢力が大きくなっていって、自己主張を通すようになったのだが、その過程で黒人差別問題が激化した。今では民主党と共和党の綱引きとして繰り返されている。日本列島も同様で、縄文時代には北方系、南方系の人達が住んでいたのだが、大陸から政変によって逃れた人達がやってきて弥生時代、古墳時代、、、と長い歴史を経て、その間何回か朝鮮半島で失敗し、最終的にはアメリカに占領されて、現在は属国的な地位にあるが、最近人口減少によって労働力不足となり、主として東南アジア方面からの出稼ぎ労働者が増加している。(広島県は転出超過が日本一の県であるが、それは日本人だけをカウントしているからで、人口全体としては転入超過である。)おそらく今後は本格的に移民を受け入れていくことになるだろうが、その過程でアメリカ程ではないにしても人種差別問題に遭遇するだろうと思う。

    ところで、ビリー・ホリデイが美空ひばりなら、ニーナ・シモンが中島みゆきということになるのかもしれない。。。

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