2021.03.10
・・・昨夜は松本清張『神々の乱心』(文春文庫)の最後の方を読んでいて、夜更かししてしまった。読み始めてもう半年もかかっているのは、一見無関係と思われるいろいろな話が出てきて、しかも史実に基づいた詳細な社会の描写に付き合っていると訳が分からなくなってくるからである。かれこれ1年位続いている、BS・TBSの『関口宏のもう一度近現代史』という番組で昭和史の事件には馴染みがあるので、多少助かっている。最後、とはいっても未完であるが、物語全体の筋道がすっきりとするのだが、こういうことなら、時間の順に従って書いてあれば判りやすかったのになあ、と思う。

・・・発端は日本の満州政策である。麻薬の管理を満州浪人達に任せた為に、彼らが勝手に密売を始めて、それを内偵するために特務機関から秋元が派遣される。彼は銃器販売をやりながら麻薬特売人達に取り入って、内情を調査した結果、特売人達はついに一斉検挙となり、日本でもその裁判が報じられ、麻薬特売人達は刑期を終えて日本に帰国して細々と生きている。

・・・問題はその秋元である。大本教信者の特務機関員からの話を聞いて、彼は日本で新興宗教を起こして一儲けしようと企み、満州の新興宗教の支部を担っている静子と懇ろになる。丁度その静子の夫は匪賊狩りで亡くなった時であり、秋元は彼女を誘って日本に帰国する。帰国に際しては、屈強な満州浪人を3人用心棒として連れて帰った。宗教法人は「月辰会」である。皇室と競合しないように、天照大神の弟であった月読尊をご本尊として、静子が満州流の占いをする。場所は埼玉県梅広。

・・・秋元を追っていた特務員宇野陽太郎は張作霖爆殺事件に巻き込まれて死亡してしまい、秋元の行方は誰にも知られることがなかった。ただ、宇野が秋元とその仲間達の相貌を確定するために、多数の顔写真を目撃者達に見せて、最も似た写真を選んでもらっていたのだが、その時の目撃者キクが、広島県の三次で旅館「月江山荘」を営んでいた密売人の首領の妻、キクの姉である春子に情報を伝えた為、秋元はどうやら日本で新興宗教を起こしているらしいことが知られる。そこに刑期を終えた麻薬特売人達が次々と訪れて、そのことを知り、脅迫目的で秋元の捜索を始めたのだが、次々と用心棒達に殺されてしまい、渡良瀬川遊水地と埼玉県の黒岩横穴に隠した遺体が見つかり、『事件』となった。

・・・渡良瀬川遊水地の遺体はもう一体見つかり、これは古墳から盗掘されたものを売りさばく骨董屋であった。これには秋元の野望が絡んでいる。月辰会は徐々に上層階級の間に信者を得て、やがて宮中にも信者が出てくる。宮中は2派に分れていて、その片方に信者を増やしていった。やがては皇室の持つ3種の神器を偽物と吹聴して自らの神器を本物と主張すべく、それらしきものを収集していたのである。その口封じの為に骨董屋を殺した。

・・・こういった物語の骨格は最後になって明らかにされるのだが、それは巫女たる静子が娘の美代子に嫉妬してヒステリーを起こした後の秋元との会話の中である。それまでは、物語の謎解きは、宮中での月辰会の信者である深町女官の兄、萩園泰之と、深町女官の使いで月辰会に通っていた北村女官を尋問して自殺に追い込んだ埼玉県特高の吉屋謙介である。この二人が競合しながら、狂言回しの役割よろしく、謎解きを進めていく。殺人事件の方は刑事課の担当なので、二人とも直接その情報に触れることはできない。だから、刑事課の動きは読者にも判らない。

 
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