2012.03.03

     久し振りに良い天気である。29日に買った新書は「日本は世界5位の農業大国」(講談社 α 新書)である。著者の浅川芳裕さんは月刊「農業経営者」の副編集長である。タイトルと内容をぱらぱらと見て「あれ、そうだったのか?」と驚いたのである。この間の原子力発電政策や二酸化炭素問題もそうであったが、どうも僕は政治や社会に疎いから素直にマスコミで報道されていることを信じてしまう傾向がある。

    世界がこれから食料危機になり、日本は食糧自給率が低くていざ世界の大事に至ると国民が飢えて大変な事になる、という風に思っていたが、よく考えてみると、これはここ10年くらいマスコミなどで言われてきた事であって、その根源を辿ると農林水産省のキャンペーンであった。自給率というのは彼等の発明した指標であって、市場に供給される総カロリーを分母にして、その中で国内からの調達分を分子にした比率のことである。ただし、分子に対しては、調達食料を生産する原料の輸入分(家畜飼料や肥料)を除くように比率をかけるから肉類があまり寄与しない。問題は、供給される総カロリーには食堂やお店で廃棄される食料も含まれていること、更にはそもそもカロリーベースなので野菜類は殆ど寄与していないこと、である。つまり、穀物や油脂が中心であるし、国民が飢えをしのぐ為に必要としているカロリーの計算にはなっていない。これは、アメリカとの交渉において米の輸入関税をかけるために如何に日本の農業が危ういか、ということを強調するためであった。こういうときに一般的には価格ベースで議論されるが、そうしてしまうと、日本の自給率は高くなってしまうし、そもそも、タイトルにあるよう日本の農業生産性が非常に高く、少数精鋭であることが明白になってしまうからである。日本の農業は野菜類や果物類など他の国では真似の出来ない特長と品質を開発してきて、非常に強い。

     自給率の向上は法律にまでなっているらしく、それが農水省の政策(というか農水省の存在意義)の根拠となっている。農水省の農業経営への介入は、まず関税であり、このために国内生産者が保護されているということであるが、それは1次生産者だけであって、2次生産者にとってはとんでもない障害となっている。更に、米作の放棄に対する補助金や特定の作物(飼料米等)を作ることへの補助金であり、これが市場経済を混乱させて、正常な商品力の改善やニーズへの適応を阻害している。具体的には本の中で事細かに述べられている。保護されているのは兼業農家というか、殆ど趣味的に農業をやっている大多数(90%)である。生産量としても5%程度に過ぎない。農業収入は100万円程度であるが、そもそも彼等は農業以外で生計を立てているのである。票田として利用するために補助金がばら撒かれているに過ぎない。専業農家は500万円程度の年収をあげており、他の産業と遜色ない。つまりは個人の農地を維持するための維持費として税金が使われている、ということである。

     後半では諸外国、特にイギリスの農業政策との対比や、更にバイオエタノールの是非が付随的に論じられている。世界が食料危機になる、というのもキャンペーンであって、実際食料生産量の増加率は人口増加率より大きい。問題はその分配にある。歴史的に見ても、食料生産を増大させるのは農業従事者の自立と自己責任であって、政府の介入はことごとく大飢饉を招いてきたのである。

     これらの俄かには信じられない主張に対して、僕は判断するだけの知識を持ち合わせていないが、農業政策の専門家はどう考えていて、政治家は専門家の意見を吸い上げているだろうか?日本の官僚が素晴らしい仕事をしてきた、というのももはや神話になっていて、その自己保存の習性が大きな社会問題となってきているが、彼等に対抗できるのは、専門家と政治家でしかない。

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