2007.02.03

    中田力の3冊目の本「脳のなかの水分子」(紀伊国屋書店)を読んだ。不活性ガスの全身麻酔作用がクラスレート形成能と関係がある、というのは L. Pauling の説だったらしい。しかし、まだ学会では認められていないらしい。この仮説によれば大気圧が下がるほど麻酔がよくかかるということが説明できる、ということである。意識のメカニズムといっても、ここで問題とされているのは覚醒の段階である。確か、何か脳幹の方から神経伝達物質が出ていたと思ったが、彼の説では熱対流による神経細胞のランダムな活動レベルということである。(調べると、J. Allan Hobson が Scientific American に解説を書いていて、脳幹の網様態で制御されているということになっている。Moruzzi と Magoun によって1949年に発見された nonspecific reticular activating system。)まあそんなものかもしれないと思う。

覚醒というのは志向性のない活動レベルだけのことだから。その熱対流はレイノルズ数の大きな流体を必要としているらしい。プリューム対流である。赤ん坊の脳の発達過程において大脳皮質に神経細胞が運ばれるときにはラジアル線維に導かれることが判っており、それが役目を失った後には空隙に富んだ構造ができる。その空気が熱対流を担うとされる。空隙に富んだ構造はグリア細胞によって作られる。空気は密度が低いから確かにレイノルズ数が大きい。しかし空隙を通る訳だから巨視的にはナビエ−ストークス方程式ではなくて、単純なDarcy方程式に従うのではないだろうか?まあ、この辺はちゃんと計算してあるのだろうと想像する。ともあれ、大脳の皺構造は表面積を増やすというのが目的(小脳ではそうであるが)ではなく、プリューム対流に導かれて大脳が形成されるためであるという。最近、といっても1992年に、細胞膜に水の出入りを制御するチャンネルが見つかった。アクアポリンである。グリア細胞にはこのアクアポリンが非常に多い。それは空隙を作り出すためであるという。この辺は学会で確立されていそうである。彼の「渦理論」は詳しくは Integrated  Human Brain Science という本になっているが、在庫無しで入手できない。協力者たちの実験結果も一緒に入っていて、題材が音楽のようなので、読んでみようと思う。日本語の解説としては2001年に出た最初の本「いち・たす・いち」にある。この本は出たときに和歌山駅の本屋で見かけて買って帰りの電車の中で読んでしまった。物理屋には非常にすっきりとわかりやすい本であるが、最後に渦理論が出てきて考え込んでしまった。脳幹の網様体の活動は神経線維で伝えられるとういよりは、発生する熱によって伝えられるのである、と書いてある。これも、まあそうかもしれないと思うだけである。やはり意識を解明したいというのであれば、志向性や自己意識にまで射程に収めるべきではないだろうか?
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