2024.08.01 - 08.07
BS141で『宮沢賢治の食卓』というドラマが再放送されていたので、録画しておいて観た。なかなか良く出来ている。
賢治は東京に出ていたが、失業したタイミングで父から妹のトシが危篤だという電報を受け取って帰郷した。しかしそれは嘘だった。父は、相変わらず、もういい加減に家業(質屋)を継ぐ決心をしろ、と迫る。賢治は質屋という職業に嫌悪感を抱いているが、かといって自分のやるべきことは判らない。(賢治25歳、国柱会への没頭・保坂との絶交の後である。)
ある農家のお父さんが腰が痛くて仕事が出来ず、その幼い息子が亡き母の形見を宮沢家(質屋)に持って来てすげなく断られる。賢治がそれを見ていて、子供の面倒をみたり、お父さんの仕事を手伝ったりして、自分が父を説得すると言って形見を持ち帰るが、賢治の父は頑固である。賢治は自分のチェロを売って、それを質料と偽って持っていくのだが、賢治の嘘は見破られる。そのお父さんと賢治の父はお互いに相手を農夫-質屋として認め合っていたのである。賢治の父は質屋として、相手が返済意志があるかどうかを見極めていた。誰しも自らの職務というものがあって、それに忠実であることによって人の役に立つのである、と言われる。
賢治は喜びを分かち合いたいと言っていたのだが、父から、それは施しだよ、と言われて意気消沈する。書き溜めていた詩の原稿を焼こうとして妹のトシに止められる。トシは教師の先輩に賢治の就職斡旋を頼んで、彼はついに花巻農学校で教師として働くことになる。トシは既に余命短いと言われていて、自分が教師になる夢を賢治に託したのであるが、賢治は知らない。子供たちと自分の夢を共有することが自らの職務だと自覚したのである。このドラマは毎回何やら食べ物が出てくる。今回は東京で知った「コロッケ」である。コロッケを分かち合って食べることの幸せが主調音となっている。
『宮沢賢治の食卓第2話』は農学校での賢治。洋風の生活に憧れて、生徒たちにもそれを勧める。トマト畑を作るのだが、誰も付いてこない。こうして、最初は馬鹿にされていたのだが、賢治の愚直な情熱に生徒たちが心を掴まれて行く話。
今回の食べものは「シチュービーフ」。農家の生徒たちに食べさせて親のひんしゅくを買う。
『宮沢賢治の食卓第3話』は自ら企画したレコードコンサートを契機にした賢治の恋人の話で、一時は婚約もしていたらしい。大畠ヤスの話である。調べてみたら、最近まで大畠家の方で秘匿していたらしい。『春と修羅』もそれが切っ掛けらしい。『宮澤賢治 雨ニモマケズという祈り』(とんぼの本、2011年)。ブログに説明がある。
今回の食べ物は蕎麦である。ヤスの店が蕎麦屋なので、毎日賢治が通う。
ドラマ『宮沢賢治の食卓第4話』。賢治と恋人ヤスとの幸せな時間、やがて結婚の約束をして、両家共に喜んでいた矢先、妹のトシの結核悪化が発覚した。ちょうど結納の前日だった。賢治は思い悩み、結納の席で結婚を破棄してしまう。賢治の父は全ての責任を負って賢治を守った。納得のいかないヤスは忘れものを届けて賢治の本心を訊き出す。「誰にも理解されない私をトシだけが理解していつも励ましてくれた。そのトシの不幸を思うと自分だけ幸せになる訳にはいかない」と。
今回の食べ物は「焼きリンゴ」であった。賢治はヤスとリンゴを焼いて食べていたのだが、ドラマの最後は生でかじっている。リンゴを焼くと美味しくなる理由について、トシは「焼きあがるのを待っている時間によって期待が高まるからですよ。」と賢治に教えていたのだが、ヤスは「リンゴもいつまでも焼いていると時期を逃してしまう」として、賢治にプロポーズすることを決心する。ヤスとトシの会話が面白い。賢治の事を「深い湖の底に見知らぬ美しいものがあって、見飽きない」と評している。中島みゆきの『恋文』にも「わかりきってから恋したりしない 知らないことだけ好きになったのね」とある。
賢治役は鈴木亮平で、なかなか味が出ている。純粋で一途だけれどもどこかでずっこける。フーテンの寅さんにも共通する。
2024.08.07 :『宮沢賢治の食卓 第5話』を録画で観た。
賢治がヤスとの婚約を破棄したことは直ぐにトシにバレてしまい、賢治は責め立てられ、トシはヤスにやり直すように頼むが、二人とも心を変えなかった。賢治はトシの為に「収穫祭」を企画した。自作曲「星巡りの歌」もトシの同僚の音楽の先生(藤原嘉藤治)に頼んで楽譜にしてもらい、ご馳走を準備していたが、台風がやってくる。皆が延期にしようというのに、賢治が譲らない。結局ご馳走も暴風雨にやられてしまい、賢治は皆から責められる。
賢治が焦ったのはトシの最期が近いと思ったからであった。しかし、トシはその秋を生き延びて、冬になり、別荘からリアカーに乗せられて自宅に戻る。戻る途中、雪がパラパラ降ってきて、幼い頃を思い出す。トシが雪を集めてアイスクリームだと言って賢治に食べさせる、という思い出である。トシの妹は逡巡したあげくに、予定通り結婚する。そしてトシの最期である。
霙が降っていた。トシは賢治に霙を採ってきてくれと頼み、松の枝に溜まった霙を賢治が採ってきて、トシに食べさせる。これが、「永訣の朝」という詩になった。ドラマではその場で詩を書き始めるようになっている。
あめゆじゆとてちてけんじや
妹を失った賢治は何日も塞ぎこんで、ついに、かってトシの病を知って原稿を焼きに来た滝で自殺しようとするが、ちょうどヤスの鼻緒が切れて藤原嘉藤治が心配して追いかけてきたので助かった。まあ、この辺は物語りである。うまくつないだものだと思う。トシは前もって藤原嘉藤治に賢治への手紙を託していた。病弱だった自分にとって賢治が世界への窓となっていて、とても幸せだった、ということと、自分の夢を賢治に託すのだから思い切り生きて欲しい、ということが書いてあった。これで賢治が立ち直った。まあ、単純なものではあるが、感動的でもある。人が生きる意味というのはこういうことなんだろうと思う。滝壺で賢治が朗読する。
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
ある日、アイスクリームを作って、家族で食べる。かって賢治が作った円い食卓の上で、ヤスの写真の前にもアイスクリームを置いて。円い食卓を嫌っていた父もそういうことなら、と一緒に食卓に付くのである。そういうことで、今回の食べ物は「天上のアイスクリーム」であった。賢治が26歳の時であった。