2008.08.18

    図書館で見た岩波の「科学」の特集の中で日本大学医学部の片山容一教授(脳神経外科)の自己意識と脳の関係についての記事は実に的確で感心した。この人はパーキンソン病などの治療でDBS(脳深部電気刺激療法)の第一人者らしい。以下記事を要約しておく。

1.身体の操作するときの身体感覚及び外界からの感覚の変化によって、空間に占める自己が生じる。
    これは、動作からのフィードバックが異なった部分という意味である。

2.対象を対象として認識するためには複数の感覚の統一が必要で、統一の主体として同一の自己が生じる
    こうして、気づきとしての意識=何かについての意識(対象意識)によって、
    「空間的に統一性のある行動」が可能となる。

3.目標を設定して達成しようとすると、その時間経過において同一の自己が保たれなくてはならない。
    これは記憶によって可能となる。過去の自己を自己として対象化する(意識する)。
    「時間的な脈絡性のある行動」が生じる。自己意識は目標設定と達成によって生じる。
    背外側前頭前野に目標設定と達成の中枢がある。切除すると他の部分が代替するようになる。

4.生命体は自己を世界から区別し、世界に働きかけることで、世界に意味を見出す。(逆ではない。)
    その起源は生命体の生きる意志として記述するしかない。
    自己意識の背景には気分がある。。快活とか憂鬱とか。
    世界との関係性に先立って存在するから対象がない。
   (感情には対象がある)。従って気分は自己の自由にならない。
    生命体は気分によって自らの生きる意志を意識する。

5.ヒトは他者に「私は誰?」と問いかける存在である。
    他者からの答えを鏡として同一の自己は唯一の自己として意識される。
    これが生きがいの内容である。

6.記憶によって保たれる同一の自己は世界に向かって行動を起こし意識された自己との誤差が修正される。
    唯一の自己もまた現実の他者の関係性によって絶えず修正される。
    それなしには、妄想の世界に生きるしかなく、実際に睡眠中には関係性が放棄されて緊張から開放される。
    脳が現実に適合する自己を維持できるのは世界や他者との関係性を記憶しているからだけでなく、
    その関係性が現実に存在することを絶えず確認し、記憶と照合しながらそれを修正できるからである。
    自己を支えているものは脳ではない。むしろ世界や他者のほうである。

7.他者との関係性に苦悩するのを止めれば本来の自己が現れるのではないかと思われるが、
    それは浮き草のような同一の自己であって、唯一の自己ではないから、ヒトはそれに耐えられない。

8.唯一の自己が他者から承認されるためには、他者との情緒の共有経験の蓄積が必要である。
    すなわち、ヒトは進化の末に共感する能力を獲得して社会を形成することができた。
    相互に承認しあうための仕組みが共感であり、その結果として倫理的行動が生まれる。

9.脳は無意識の内に決断し行動を引き起こす。
    事後に意識が生まれるが、自己が主体であると思い込んでいるために、意図として解釈する
    行動に移さずに本当の自己の意図を想起するときに、自己意識、意識的行動が生まれる。

10.唯一の自己は関係する他者に依存するから、複数の他者によって生み出される自己は矛盾する。
    ヒトはそれを回避するために自己物語を紡ぎだす。
    現実の自分と自己物語の間のズレに対しては、ヒトは羞恥を感じ、
    本当の自分という言い方で自己物語の自己を擁護する。
    自己物語がうまく行けば、他者から見てその人は人格を持つことになる。
    すなわち、行動に予想が付けやすくなるために、関係がスムースに運ぶことになる。

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