2018.07.27
 『あの戦争は何だったのか』保阪正康(新潮新書)を読んだ。新書一冊で、(中国大陸の方は背景として)、太平洋戦争(対アメリカ)に絞って経緯が纏められている。

日露戦争の勝利に遠因して次第に驕り高ぶっていった日本人とそれを利用して自らの組織利益を追求した軍部、それに統帥権の独立という憲法の欠陥が明治維新の元老達が死に絶えたことで露わになる。軍部内の指導権争いの結果としての二二六事件に怯えてしまった政治家達と口をつぐんでしまった昭和天皇。まずは陸軍が中国大陸で戦争を始めて泥沼化し、国際的孤立を招き、それに対抗して、次に海軍が自らの権益拡張の為にアメリカとの戦争へと日本を引きずり込んだ。

統一した戦略的目標を持たなかった点がドイツやイタリアと対比されるべき特徴であった。目標が定まらないので、指導部は自らの考えで戦争を終結することが出来なくて、神憑り的な言葉を作り出してそれを信じるしかなくなった。思想を方便として捏造するという、エリートの陥りやすい罠なのかもしれない。そういう意味ではオーム真理教に似ているのだが、結果はあまりにも悲劇的である。保阪氏は、こういう結末はどう考えてもやはり必然であったという。戦況情報を政権が利用するためには只管驕り高ぶるしかなかっただろうし、国民もそれを信じれば気持ちが良い訳だから、何もマスコミだけが悪い訳でもない。客観的に眺めれば、情報を共有し、現実的な国家目標を定める、ということが最も肝要である、というのがまずは教訓だろう。しかしまあ、上に立つ男達の自尊心が少数意見を抹殺しようとするから、多勢に無勢の中で冷静に筋を通すというのも難しい。
 
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