今日は午前中吉田民人の勉強会。午後、彼は府立医大に行って僕は京大教養部の図書館に行った。『みんなのためのノンパラメトリック回帰』の続きを読んでいたのだが途中で眠くなって放棄。ぶらぶらしていて岩波ブックレットというシリーズを見つけて、その802号が吉岡斉という人の『原発と日本の未来』であった。今年の2月8日であるから、福島の事故の一ヶ月前である。なかなか正当な事を書いてあった。

    要するに建設費と運営費と燃料費だけであれば原発は安くつくのであるが、夜間余剰電力を蓄えるために必須となった揚水発電(水をダムに送り込んで昼間に水力発電する)や対策費を入れると高くつく。使用済み燃料の処理費は膨大なものだが見通しすら立っていない。それでも再処理に拘るのはやはり核兵器保有技術を担保したいという国家政策からである。(再処理という名目無しには核兵器を作る技術が維持できない。)電力会社単独では最初から原発は成り立たっていない。会社としては現状の原発を動かし続けて利益を得るのが精一杯である。出来れば再処理技術への投資なども止めたいのである。

    二酸化炭素の排出量削減効果は僅かなものであって、むしろ石炭火力を制限するほうが効果的であるから、仮に二酸化炭素が地球環境にとって問題であるとしても、地球環境のためというのは言い訳に過ぎない。逆に原発を推進している国ほど二酸化炭素排出量が増加しているという明確な相関がある。これはいわば擬似相関であって、環境政策に不熱心な国ほど二酸化炭素の削減に不熱心であり、同時に原発の増設に無頓着である、ということにすぎない。

    管首相のときにベトナムに原発を輸出することになったが、これは大変なリスクである。そもそも日本の技術は世界の3グループに分割されてしまっており、日本という単位で技術をまとめることができていない。その上安定してウラン燃料を供給したり使用済み燃料の処理をすることが出来ない。ソフトウェアーを欠いた状態でシステムを輸出しても商売が成り立たないのである。トラブル対応で赤字になることは必定である。

    こういうことは皆判っていながらも、原子力及びエネルギー政策は閉じたグループで決定されていて国民に周知されていない。沸騰水型と圧力型の別け方にしても、各電力会社毎で区分けされていてそれぞれを日立、東芝と三菱が独占しているから、およそ競争が無い。いわば国家が独占禁止法に違反している状態である。人口が減少し、エネルギー需要も減っていく中で、もはや原発は必要も無くなっているのに、依然として推進力が残っているのはこういう閉じた構造があるからである。

    岩波ブックレットというのは500円の冊子である。雑誌の記事をそのまま冊子にした感じで、なかなか面白い。

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