この間市立図書館で借りてきた藤枝守「響きの考古学」(平凡社ライブラリー)を読んだ。こちらは音階の話なので常識的な意味での「音楽」の歴史になっている。5度(振動数比で2:3)を積み重ねていくと基本的なペンタトニック音階が出来る。大抵の民族音楽で使われている。ド−レ−ミ−ソ−ラとなるが、ドとミの間は協和しないくらいに広い。更に積み重ねるとピタゴラスの7音階が出来る。ただし、全音(トノス)は広めで半音(リンマ)は狭めになる。やはり3度は協和しない。1/1, 9/8, 81/64, 4/3, 3/2, 27/16, 243/128, 2/1 で、隣り合う音程は、9/8, 9/8, 256/243, 9/8, 9/8, 9/8, 256/243 となる。これが中世に伝わることになる。

    ところで、古代ギリシャの音階はテトラコードである。テトラコードはどんな民族音楽でも共通している。すなわち、4度と5度の音は必ず含まれる(これらは振動数比が2:3であるから素朴な意味で協和する)。4度の間に2つの音を使うが、その入れ方は感覚的であり、さまざまである。そもそも基準となる楽器がないとはっきりとは決まらない。全音−全音−半音と分割するのがディアトニック、全半音−半音−半音と分割するのがクロマティック、2全音−4分音−4分音と分割するのがエンハーモニックである。最初はペンタトニックであったと言われているが、それは半音−2全音−全音−半音−2全音という変わった物であった。オリンポスの音階と呼ばれ、デルフィの賛歌がそれで構成されている。この半音が分割されてエンハーモニックが出来て最初に流行した。その時に使われた楽器がアウロスという微分音を容易に出せる楽器であった。オレスティスという曲が知られている。どんなものなのか、CDもあるようなので聴いてみようと思う。多分これが、ゲオルギアーデスのいうムジケーなのだろうから。しかしヘレニズム時代になると廃れてしまい、ディアトニックに移行する。(微分音はむしろイスラム文化圏に引き継がれる。)5度の積み重ねによる長3度の不協和性はこの頃気づかれていて、アリストクセノスやプロレマイオスによってそれを改善する方法が考えられていた。しかしそれは中世には伝えられず、ルネッサンスに到ってイスラム経由の文献によって伝わり、純正調として実現するのである。

    グレゴリア聖歌やトロープス(挿入的な旋律の追加)、オルガヌム(並行する説明的な旋律の追加)で使われたのは専ら4度と5度に基づくピタゴラスの音階であった。狭めの半音(リンマ)を含むこの音階は旋律的な要素が強く、宗教的な感情の起伏を表現するのに適していた。一方、協和する長3度の音程は伝統的にケルト人の歌の中で好んで使われていた。やがてイギリス・アイルランドにおいて協和する3度と6度を対旋律として組み合わせるイギリス風ディスカントが流行し、これが大陸に伝わる。長3度の協和性は、それまで旋律としての独立性を保っていたポリフォニーの間を繋ぐことになり、和声的要素として感じられるようになる。この傾向は神秘性とか宗教性とかいうのではなくて、感覚的な快感を刺激したのである。ルネッサンスという時代、更に十字軍の遠征によって知られることとなったプトレマイオスの音階理論も後押しをして、教会音楽の様式が一変して純正調が登場するのである。1/1, 9/8, 5/4, 4/3, 3/2, 5/3, 3/2, 5/3, 15/8, 2/1, 隣り合う音程は、9/8, 10/9, 16/15, 9/8, 10/9, 0/8, 16/15 である。それまで使われていたギリシャ旋法はピタゴラス音階においては意味を持っていたが、長3度とその次に協和性の高い短3度が主役を務めるようになると、今日の長調と短調に淘汰されてしまい、旋法の変化による音楽の進展は新たに転調によって実現されるようになる。

    しかしこの転調については声楽とか比較的音程変化の容易な弦楽器であればよいのであるが、特にバロック時代に到って幅を利かせ始めた鍵盤楽器にとっては具合が悪い。純正調の中にはとても使えないような長3度が存在していたので、声楽や管楽器であれば音程を調節して対応できるが、鍵盤楽器ではそこに中心となる音程を移動できなかったからである。そのためにいろいろな調律が考案され、中全律(ミーントーン)が発明される。これは長3度を協和させるために、5度をある程度犠牲にする、という方式である。5度の誤差は上手い具合にばら撒かれた結果、3和音は独特の色彩を帯びる。転調の自由度が増すと共に適度に不協和音程が含まれるために、各調が個性的な色彩を帯びるようになり、後期バロックの多感スタイル(エマニュエル・バッハのような)によって好まれた。モーツァルトの音楽は基本的にこの中全律であった。しかし、特にドイツにおいては、更に転調の自由度を求めてさまざまなウェル・テンペラメント(程よく妥協された音律)が発明された。バッハ自身も熱心であって、ウェル・テンパード・クラヴィーア曲集はこうして生まれたのである。その表紙の渦巻き文様にその調律法が暗号化されていると指摘したのがレーマンという人で現在賛否両論である。

    今日一般的な平均律は1オクターヴを均質に12等分するので、特別な技術がないと出来ない。まずは完全に5度を調律した後、音叉を使って定量的にずらすのである。何のためにそうするかというと、ピアノという楽器の量産のためである。19世紀半ばのことであった。これ以降、平均律が西洋音楽の教育に使われる。これはむしろピタゴラス音階に近く、長3度の音程が広がっているから、ピアノの和音はやや濁って聞こえる。しっとりと協和したオーケストラの弦の中にピアノが入ると、機械的で緊張感のある異質な音に感じるのはおそらくその為である。平均律の一般化は作曲を観念的にしたと言われ、感覚的な喜びよりはストレスを強調した緊張感にその価値を求める。一方でアメリカにおいてラテン系やアフリカ系のリズムと結びついてジャズやポップスの潮流に繋がる。

    平均律を乗り越えて、協和性を回復しようとした音楽家として、ハリー・パーチという人が居たらしい。そもそも協和する音程は小さな整数比であるから、素数として例えば 2, 3, 5 をとり、それ以上大きな素数を使わないようにすれば、響きの良い音階が出来るはずである。これを5リミットという。具体的には、1/1, 6/5, 5/4, 4/3, 3/2, 8/5, 5/3, 2/1 とする。隣り合う音程間は、6/5, 25/24, 16/15, 9/8, 16/15, 6/5 と上下対称となり、近い平均律でいうと、全半音、半音、半音、全音、半音、半音、全半音、というかなり奇妙な音階である。クロマティックを逆さにしてくっつけた感じになる。11リミットでは29個の音が出来るが、間がかなり空くので、挿入して43個の音にする。CDも残されているようであるので、一度聴いて見たいと思う。彼は音楽の近代化(操作主義)に反撥し、あくまでも身体性に拘ったらしい。みずからの音楽を敢てモノフォニーと呼んでいる。

    ルー・ハリソンという人がその次である。西洋の平均律に限界を感じて、打楽器の為の作曲をするうちにガムランに目覚めて、アメリカにおけるガムラン音楽の創始者となる。謂わばアメリカ版のガムランであり、自作の打楽器に基づく音律を追及する。数多くの純正調を作り出し、それらを駆使することで独特の音楽を作った。2004年に亡くなった。

    ラモンテ・ヤングは幼い頃からの自然音によって音楽に目覚め、やがてインド音楽を学び、西洋の純正調が基本とする 5倍音を抜いた 7倍音を基調とする音律を作った。7/4 の音程が基本となった12音階である。

    後は著者自身のいろいろな活動の紹介である。琴はいろんな調律に便利な楽器なので、よく使われているようである。図書館でCDを調べてみたが、全く無い。買うしかないようであるが、さて。

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