190120
今日は午後から斎藤和志さんのフルート公開レッスンでエリザベト音大に行って来た。駅伝で電車が止まるので、早めに出て、近くの『なか卯』で親子丼を食べて行った。現代音楽のようなので、鑑賞の参考位にしかならないだろう、と思ったのだが、中身は殆どがフルートにおける身体の使い方で、なかなか面白かった。彼は現代音楽が得意な訳ではなくて、古典音楽をやっても自己流と見られて評判が良くないので、自由度の高い現代音楽を演奏する機会が増えただけであるという。

      最近スポーツの世界で注目されている4スタンス理論というのがある。重心をどこで支えるか、ということで、A1は足先の人差し指、A2は足先の薬指、B1は足後ろの内側、B2は足後ろの外側、という分類らしい。手の指についても同様でA1、B1 は人差し指を使うし、A2、B2は薬指を使う。人間が身体を曲げるときの関節部位としては、踝、膝、股関節、鳩尾(腰椎と胸椎の境目)、首の付け根(胸椎と頸椎の境目)、肩、肘、手首の付け根、指の第3関節、指の第2関節。それぞれ左右ある。重力に抗して安定させる軸を作る時、踝から首の付け根までの関節を固定する。左右どちらかを固定するとそれが身体の重心となり、運動の軸になる。体重の移動というのは、この軸の移動である。軸と反対側の関節群の動かし方には、一つ置きのルールがあるので、2通りに別れる、Aタイプの人は、股関節、首の付け根と肩、手首、指の第2関節が動きやすく、Bタイプの人は、膝、鳩尾、肘、指の第3関節が動きやすい。何かを握る時に指で引っ掛けるような人は Aタイプで、しっかり手の平で握る人は Bタイプである。野球で打者の構えとバットの振り方を見るとよく判る。重心の移動が勿論重要なのだが、どの関節を自由にしているか、ということに注目すればよい。

      楽器演奏もスポーツの一種である。フルートでいうと、Aタイプの人は左手の人差し指の付け根と下唇の下で楽器を挟み込んで支えていて、右手は比較的自由であるが、Bタイプの人は右手で楽器を掴むようにして安定化させている。姿勢も Aタイプの人は肘を身体に近づけて、楽器を斜め下に下げて、キー機構を真上に持ってくることで、楽器の内側への回転を抑制しているので、頭部管を差し込む位置が内吹きの位置になる。Bタイプの人は肘を身体から離し、楽器を水平に近くして、胸を張る。頭部管を差し込む位置は外吹きの位置になる。

      良い音を出すためには力を抜くことが大事なので、なるべく骨の重なりだけで体重を支えて、関節の周りの筋肉を緩めるようにするのだが、A、B のタイプによって、どの関節が動きやすいかがあるので、やり方も変えなくてはならない。ちぐはぐになってしまうと変な処に力が入ってしまう。今まで日本では、どちらかというと Bタイプの姿勢が称揚されてきたので、それに合わない人は大成しなかったり、身体を傷めたりしていた。

      斎藤和志さんは典型的なA1タイプなので、Bタイプの金先生には合わなかったらしい。フルートはなるべく身体の真ん中で扱う方が力を必要としないので、頭の方を左に向けて構えると良い。楽器を下げると左手だけで楽器を支えやすくなる。ただし、指揮者を見るのが難しくなるけれども。タンギングについても、Aタイプの人はトゥというタイミングで音が出ると感じているが、Bタイプの人は舌を離す時に音が出ると感じている。

      そもそも横笛というのは神憑りの楽器であって、澄んだ綺麗な音は要求されてこなかった。西洋フルートだけがその例外であった。力強い、倍音の豊富な、むしろノイズの多い音が基本である。その為には、歌口の手前をしっかりと下唇の下の窪みに当てて、息の出る向きについては上唇を被せることで調整してしまう。頬を膨らませるようにして吹くと丁度良い。歌いながら吹くと自然になる。ホーと声を出しながら少しづつ楽器を共鳴させていくとよい。気持ちを正直に出すことから始める。ノイズは気にしない。唇を横に引っ張るのは一番良くない。上下方向に余分な力が必要になってしまって、余計緊張する。リラックスして人をなめたような気分で吹くと良い。お喋りする延長上に自然にフルートが共鳴している感じである。そういう基本の音が出ていれば、そこからノイズを減らしたり、音を小さくするのは楽である。長いディミニュエンドであるが、大事なのは保つということで、階段状に小さくしていけば、滑らかに聞こえる。そもそも音楽の価値は、美しい音とか素晴らしいテクニックを称揚するためにあるのではなくて、共感にある。自分の出す音がどういう気持ちの表出なのか、自分で判っていないと人にも伝わらない。高度な技術をなるべく使わず、客の技術の範囲内で伝える。その為には身体表現や表情も重要な要素であることを忘れてはいけない。

      生徒は4人。ピエルネのソナタ Op.36 はなかなか聴きごたえのある曲だった。最初だったので、殆ど曲の指導は無くて、音の指導だけだった。けれども音さえきちんとすれば、こういう曲は自然にうまく行くという。

      2曲目は、J.A.シュターミッツのロンド・カプリチオーソで、これは高校生が清楚な演奏をした。6拍子のリズムについて、そもそも西洋の器楽曲は舞曲が起源であるから、リズム感が大切になる。全体を2拍子として、身体の重心を右左に動かすことでうまく乗れるだろう。

      3曲目は、福島和夫の『冥』で、これは死者への弔いの音楽である。音も西洋のフルートの音ではなくて、むしろ能管に近い音を要求されている。重心の移動は必要ない。ビブラートも必要ない。ひたすら伸びておどおどしい音。

      4曲目は一柳慧の『忘れえぬ記憶の中に』で、これは神戸の大震災の記憶である。典型的な Bタイプの音楽で、リズムは1拍子。音を機関銃のように吹くので、強弱をつけてはならない。ビブラートをして、一山に一つの音を当てると良い。ハスキーでモワーという感じの音、響きのある音、ノイズを気にしない。声が聞こえる感じ。人が声を震わせる感じ。

      彼の意見では、もはや「現代音楽」というような分野は無いと思った方が良い。現実には、映画やドラマや、ポップスやらで、現代音楽の技法は使われてきており、聴衆もそれに慣れてきている。但し、聴音能力のあるなしで、つまり聴き手の都合で、うまく意味が聞き取れない音楽を「現代音楽」と称して敬遠しているということはあるだろう。

      余興として、彼の持っている木製と金製のフルートのブラインドテストをした。結果はほぼ半々で、判定不能という結果になった。僕のは当たった方である。普通に吹くと差が判らないけれども、思いきり大きな音を出すと判る。管体の振動が大きくなってその音が聞こえるからである。
 
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