それにしても北緯68度である。10時も近くなってようやく顔を見せた朝日が、数時間でそのまま夕日になってしまう。白くそびえ立つフィヨルドの断崖、天を横切るオーロラの、恐ろしいまでの美しさ。これだけでも驚異以外の何物でもない(オルカもオーロラを見るだろうか?)。天候は変わりやすく、オーロラと星空に恵まれた翌朝は吹雪ということもある。あれよあれよというまに日程を消化していく。
とうとう最終日。船が航行しているのは相変わらずフィヨルドの外。かなりの時化に見舞われる。いや、実際はたいした時化ではないのだろうが、私たちの船はこの地方では一般的な、フィヨルド内の航行を前提とした構造で、外洋を航行するように作られていない。しかも進水は1911年という年期の入りようだ。ちょっとした時化でも大きく揺さぶられる。ブリッジの傾斜計は簡単に上限を超えて振り切り、舷側の窓に交互に映るのは鉛色の海面と空。ポットが、鍋が、狭いキャビンの中を騒々しく転げ回る。晴れ男の力もこれまで。船酔いには強い方だが、この揺れの中船室にいたのでは確実に酔ってしまう。この一週間、毎日そうしてきたようにデッキに出た。この地の気温は、日中なら-10度を下回ることは無い。極圏にしては過ごしやすい方だ。着るものを着ていれば、どうにか耐えられる。
手持ちぶさたを紛らわすためもあって、足場を確保しつつ双眼鏡を水平線に向けた。円形の視野も大揺れだ。オルカが見つかるなどとは初めから思っていない。見えるものは、逆巻く波、遠くをゆく漁船、ちらつく雪、灰色の空。しかし、はるか遠方を数十分間凝視するうちに、何か黒い棒状のものが、逆巻く波間に見えたような気がした。波の影かもしれないし、気のせいかもしれない。最終日に逆転劇?そんな作り話のような展開など、あるはずがない。一応、違う方向を走査していた同行者氏と、操舵室でステアリングを握る船長に、何かが見えた、ということを伝え、船首をそちらの方に向けてもらう。 |