NORWAY

オルカを求める航海(1997年11月訪問)



 「いやー全然だめです。この一週間、フィルムもまったく消化してないよ。」
 一週間前からここで取材している水口博也氏は、開口一番そう言った。はるばる北極圏の田舎町までやってきて、たった今待ち合わせ場所であるホテルに着いたばかりだというのに、そりゃないでしょ先生。何やらめまいがしてくる。
 複雑なフィヨルドと小さな島々が点在するノルウェー北極圏沿岸。この海域に定住している500頭のオルカが、冬の間ニシンを追ってロフォーテン諸島沿いから内陸へと続くオフォートフィヨルド、テスフィヨルドに入ってくる。水口氏は昨年(1996年)来、約2週間をこの地で過ごして彼らへの取材を試みている。
 水口氏は常に、自身の取材旅行に一般人数名が同行できるようにしている。筆者はこれまでにも何度か参加しているのだが、今回も同様に便乗させていただくというわけだ。
 ところが今年(1997年11月)は、今世紀最大規模と言われているエル・ニーニョの影響なのか、この海域の海水温が異常に高く、ニシンの群れがなかなかフィヨルドに入って来ない。フィヨルドの外に広がる外洋でオルカを探すのは難しく、しかも、連日の悪天候でとても撮影どころではないという。そういえば、空港からこのホテルまでも吹雪だった。もしクジラ運というのがあるならば、筆者はこれまでかなり恵まれていると自負してきたが、その、根拠のない確信は音を立てて崩れ始めた。

 

本稿は、OSS機関誌NICOLA 1998年春号のために執筆したものを加筆修正したものです。

 

ツアー情報は氏が主催するSphereのWebサイトで見ることが出来ます。なお、ニシンの群がフィヨルド外に集結する傾向が高くなったため、1999年以降現在までノルウェーでの取材活動は行われていません。

●関連情報

Sphere Web Site

 

 

 オルカを探す日々が始まった。一日のほとんどが闇に閉ざされてしまう北欧の冬で、フィヨルドの中でオルカを観察できるのはかろうじて日中というものがある10月末から11月初旬のわずか数週間だけだ。水口氏が取材のためにチャーターしている船は、太陽が出ている限りオルカを求めてフィヨルド内外を航行し、日が暮れると点在する港町に投錨する。ただし、私達乗客は船で寝泊まりし、食事も自炊である。一般向けのオルカウォッチングクルーズもあり、その気になればドライスーツを着てオルカと泳ぐというツアーさえあるのだが、時期が短い上、真冬の北極圏の海になど出て行くのはよほどの物好きだけだろう。カナダのようにオルカ観光が、彼らの生活を脅かすほどになるとはとても思えない。
 私を含めて自称晴れ男が3人いるためか、心配していたほど時化はひどくならず、まずまずの天候に恵まれる。しかし、フィヨルド内でオルカを探索するのをあきらめ外洋に出ているため、肝心のオルカはなかなか発見できず、見付けたとしても、フィーディング中又は移動中の彼らは、なかなか私たちを相手にしてくれない。オルカ達は、はっきりした意図をもって行動している場合人間に関心を示さないか避けようとするようだ。しかも、フレンドリーなのはごく一部の限られたポッドだけだという。

それでも、この海域のオルカが編み出したフィーディングの光景を、何度か間近で目にする機会に恵まれた。
 まず同一方向に向かっていたオルカたちが、いっせいに潜るのが見える。このとき、オルカたちは、何頭かで協力しながらボール状に密集したニシンの群を海面付近に追い立てているはずだ。追い込みが成功すると、海面からは沸き立つかのようにニシンが飛び跳ね出すのが見える。こうして密集させたニシンを、水中のオルカたちは大きな尾ひれではたいて失神させ、やすやすと腹に収めることができるのである。海面には、失神したニシンや、不運にもオルカの餌食となったニシンのうろこが次々と浮かび上がる。
 ここで運良くオルカの餌食にならなかったニシンたちも、まだ 安心はできない。フィーディング現場の真上には、オルカのおこぼれにあずかろうと、おびただしい数の海鳥が、浮かび上がるニシンを狙って群れ飛んでいるのだ。