著作権・大阪東ティモール協会
East Timor Quarterly No. 8, July 2002

巻頭言

日本外交の失敗


 7月19日のNHK「あすを読む」は「メガワティ政権の1年」についてだった。
 嶋津八生解説委員は、インドネシアは、天然資源を日本に供給し、日本の投資先となっている重要な国だという現実を認めつつも、日本の対インドネシア外交には問題があったと述べた。
 「過去の日本の対インドネシア外交を振り返れば、いくつかの失敗をおかしています。インドネシアの政治的安定を期待するあまり、東ティモール住民の独立への闘いの意義を見誤りましたのは、失敗のさいたるものです。」
 まったく、同感だ。
 日本は、インドネシアを責めるだけでは解決に資さないとして、東ティモールについてのいくつもの国連決議に反対し、かといって紛争解決の代案は決して出さなかった。そして、重要なことは東ティモール人の福祉の向上だ、などと問題をすりかえてきた。
 これはつまり、独立ではなく、経済開発が問題を解決する、という論理だ。もっとはっきり言うと、東ティモール人はインドネシア統治下で開発が進めば併合を受け入れるようになる、と言ってきたに等しい。
 結局、これが「見誤り」だった。
 東ティモール人はインドネシアの開発を受け入れなかった。むしろ、インドネシア統治下の発展より、貧しい独立の道を選んだとすら言える。
 悲しいのは、実は、日本人が、民族が抑圧されるなどということを到底理解せず、何でもお金の方が重要じゃないかと思っていることが、はからずもこの「失敗」に表現されてしまっていることだ。
 結局、日本人がそういう民族だということ。自由より経済発展。お金が一番。だから、一度経済が悪化すると、日本人の自信喪失は激しい。ほとんどアイデンティティ・クライシスを起こしてしまっている。
 東ティモール問題を通して見えたのは、実は、日本の悲しい姿だった。
 東ティモールが独立した今、日本はこうしたことを総括しなければならない。
 オーストラリアは、少なくとも、「政策転換」をそれとして総括している。スハルト政権崩壊後のオーストラリア政府の東ティモール政策の転換プロセスについて、その内幕を語る本も出版された。(本号の書評を参考。)
 6月29日、ディリで水道施設改善プロジェクト起工式が行われた際、日本の臨時代理大使は「アジアの友人として日本は、一貫して東ティモールを支援してきた」とスピーチした、と外務省のホームページにあった。
 「一貫して?」
 私は思わず、自分の目を疑った。
 こういうのを「未来志向」と言うのだろうか。過去に目をとざす者は現在もまた見えなくなる、というのはかのワイツゼッカーのことばだが。(ま)


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